昨年(2017年)末、私たちほぼ日スタッフが
驚くことがありました。それは、
「糸井重里が小説の解説を書いた」という
出来事でした。
ほぼ日以外で糸井が長い原稿を書くことは
かなりめずらしいので、
「これはすごいことだ」と思いました。
しかもそれは、
エッセイでもボディコピーでもなく解説です。
解説した小説のタイトルは『鳩の撃退法』。
理由はおそらく──、糸井は、
この作品を書いた佐藤正午さんに、
ほんとうに会いたかったから、
なのではないでしょうか。
対談は、佐藤さんの住む佐世保で行われました。
※この対談は『鳩の撃退法』の物語の筋には
ふれないようまとめました。
(そもそもふたりとも『鳩の撃退法』のストーリーについては
話しませんでした)
これから作品を読む予定のみなさまも、ぜひごらんください。
佐藤正午さんのプロフィール
佐藤正午(さとうしょうご)
1955年長崎県佐世保市生まれ、佐世保市在住。作家。
1983年『永遠の1/2』ですばる文学賞受賞、
2015年『鳩の撃退法』で山田風太郎賞受賞、
2017年『月の満ち欠け』で直木賞受賞。
第6回 書き出し。
2018-01-20-SAT
- 糸井
- ふだんの暮らしのなかでは
「芸術」なんて読みたくないときだらけですよ。
「芸術」よりも、慰めがほしいとか、
スカッとしたいとか、むしゃくしゃしするとか、
そんなことばっかりです。
でも、ぼくはそれを肯定する人間です。
むしゃくしゃ、いいぞ! と言います。
長い小説はむしゃくしゃしていたんじゃ
読めないですよね。
そこがとにかくまぁ、壁としてあると思う。
- ほぼ日
担当者 - でも、『鳩の撃退法』は、
最初の10行読むと、とまらないですよ。
- 佐藤
- それはちょっとおおげさです。
- 担当編集
の方 - おそらく小説を読み慣れてるんじゃないですか?
けっこうハードルが高いほうだと思います。
- 糸井
- ピントが合うまでの時間がどうしても
必要なんですよね。
話はちゃんと読めるんですが、ピントが合わない。
バチーンと合ってからどんどんおもしろくなるんです。
10行はおおげさだと思うけど、
ぼくは4枚ぐらいだったかなぁ。
4枚ぐらいめくってると、
「何これ!」とうれしくなりました。
佐藤さんの書き出しは、
ピントを合わせないように書いてるんでしょうか。
書き出しは、他人に出会う
インターフェースの部分ですよね。
自分のために書いているという佐藤さんは、
そこをどう思ってるんですか?
- 佐藤
- そう言われてみると、どう思ってるんでしょうね。
書く前からおおまかなことは
決めているわけだけど‥‥。
- 糸井
- だいたい、タイトルが、
どう結末つけるんだ、みたいなタイトルですよね。
- 佐藤
- そうですよね。
- 担当編集
の方 - これ、最初は雑誌の連載だったんですよ。
途中で「あ、すごくいいタイトルだな」
と思いました。
- 糸井
- いいタイトルですよねぇ。
書き出しのほうは、どう考えて、
どういう意識で書いているんでしょう?
- 佐藤
- うーん‥‥。
まず、弾みをつけないと先へ進めないですね。
そこから流れていかなきゃいけないので、
入口を大事に掘っていくという意識があります。
それは‥‥「他人」のことを
やっぱり考えてないですね。
- 糸井
- ねぇ。
まったく自分の話ですよね(笑)。
- 佐藤
- ええ。
だから、人が読んで、
それをどう思うかということが、
書き出すときの自分の頭にあるのかな、と
考えてしまいました。
- 糸井
- でも、ないはずはないと思うんですよ。
なかったらおかしいです。
- 佐藤
- うん。
ないことはない。
しかし、物語を書いてるときは、
多くの読者を望むとか、
そういうことは考えないですね。
- 糸井
- うん、うんうんうん。
そこが気持ちのいいところですね。
- 佐藤
- 書いてる人、みんな考えてないでしょう、それ。
- 糸井
- 考えすぎるぐらい考えてるんじゃないですか?
- 佐藤
- 書いてる最中にですよ?
- 糸井
- あるだろうと思いますね。
こういう時代だから、
なおさら考えてるんじゃないでしょうか。
小説をよく読む人としての佐藤さんが、
他人の小説を読んだときに、
書き出しで感心したことが何度もあるでしょうし、
「これは売れたんだよな」という小説が
どういう書き出しだったかも知ってるはずで、
知識としてはいっぱいあるんですよね。
- 佐藤
- はい。
- 糸井
- にもかかわらず、書くときは
誰がどう読むかを忘れる。
知っていることとやることを
切り離せるのがすばらしいですね。
- 佐藤
- きっと忘れるんでしょうね。
- 糸井
- カッコいいなぁ。
そうです、まさに「忘れる」ですね。
充分知ってるんですもんね。
それはもう、書き手が没頭してるんだろうなぁ。
- ほぼ日
担当者 - でも私は、『鳩の撃退法』の書き出しは、
すばらしいと唸りました。
10行でその世界に入りましたから、
私のピントは最初からピタッと合っていたと思います。
- 糸井
- うん、そういうことはあり得ると思う。
なぜなら最初から「読む」と決めていた
読者だったんですよ。
「この小説はおもしろいんだろうか」と
探っている読者じゃない、というのがポイントです。
ほかの誰かが「おもしろかったと言ったこと」が
長編を読む行為に、じつに大切になってくるんです。
ピントが合う速度がぜんぜん違うと思います。
薦められて読んだ読者のほうが得ですよ。
- ほぼ日
担当者 - そして、書き出しから、
作者の言葉の選び取り方が信用できて、
そこからはワーッと最後まで読んでしまいました。
- 佐藤
- 「ワーッ」というのはうれしいんですけど、
あの小説はぜんぜん急いでないんですよ。
- 糸井
- あ、そうですね。
急いでないですね。
- 佐藤
- かなり悠然と書き出してます。
あんな小説になるとは思えない書き出しです。
自分でもわかってなかったのかもしれない。
とにかく編集部から「好きなだけやってくれ」と
やらせてもらえたので。
- 糸井
- 収集がつかなくなっちゃう恐れはなかったんですか?
- 佐藤
- ありました。
いま思えばほんとうに、
あんな書き出しでいいんだろうか、という作品です。
さっきも編集の方が言いましたが、
あれは雑誌の連載だったんですよ。
- 糸井
- すごいと思う。
単行本の読者は、結末までに残された
ページの分量がわかるわけです。
物語を読んで出てくる疑問が、
解決していくことも期待してるし、
しなくてもいいという思いもあるし、
あんなことは、はじめてかもしれないです。
- 佐藤
- 読んでる時間を楽しんでもらえたなら、
やっぱりうれしいです。
- 糸井
- 楽しかったです。
- 佐藤
- ああ、これを書いといてよかった。
おかげで糸井さんの目に留まった。
きっと、一生縁はなかったと思うんですよ。
- 糸井
- 確かにそうですよね。
ぼくは佐藤正午という人を
「青年作家」のような箱の中に入れていました。
『永遠の1/2』が映画化されたから、
読みもしないで、そう思っていました。
- 佐藤
- わかります、はい。
- 糸井
- 「ああ、あの人だな」と思って読みはじめたら、
イメージと文字がぜんぜん違うから
「どうしていままで読まなかったんだ」
「ぜんぜん知らなかったよ!」
と思いました。
やっぱりほんとうにすげぇなと思っちゃったから、
まだ、そのほかの作品を読んでないんですよ。
ジャーッと「全部読んだよ!」と
言いたいんですけどね。
- 佐藤
- 全部は、いいです。
『鳩の撃退法』を読んでくれたんだから。
糸井重里に読ませたんだから、
あれが最高傑作ということかもしれないな。
(つづきます。次は最終回)