漫画家 土田世紀のこと。
17歳のときに『未成年』でデビューして以来、
途切れることなく数々の傑作を生みだし、
代表作は映画やテレビドラマにもなり、
ファンや作家たちの間では「ツッチー」の
愛称で親しまれた漫画家、土田世紀さん。

いまから7年前の2012年4月、
まだまだこれからという43歳のとき、
肝硬変で突然この世を去ってしまいました。

TOBICHI東京では6月15日から、
土田世紀さんの特別な原画展をはじめます。

それに先がけたこのコンテンツでは、
土田作品の魅力を漫画家の松本大洋さん、
漫画編集者の江上英樹さんに語っていただきました。

土田さんが魂を削りながら残したものを、
ほぼ日なりに探っていこうと思います。
第6回 伝説のエピソード。
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──
担当編集から見て、
『俺節』のときの土田さんって、
どんなタイプの作家でしたか。
江上
作品だけを見ると
「思い込んだら命がけ!」という感じで、
信念を持って描いているようにも見えますが、
実際は意外と迷いながらでしたね。
「もうやめようかな」みたいなことを、
何度か言い出したこともありましたし‥‥。
──
それは連載を?
江上
いや、漫画家を。
──
漫画家を?!
江上
当時は「漫画家をやめて、漁師になる」って、
よく言ってましたから。
「やめて、マグロ漁船に乗る」って。
──
マグロ漁船?! 
選択肢がすごい(笑)。
江上
ツッチーが亡くなってから聞いた話ですが、
奥さまによると、
当時から「もう描きたいものがない」
ということは言ってたそうで。
──
描きたいものがない‥‥。
江上
普通、ないならないで、
描けなくなっていくと思うんだけど、
それでもどんどん描けちゃうところが、
ツッチーのすごいところというか。
「描きたいものがなくても描けてしまう」
ということ自体が、
ある種の悩みだったみたいで。
──
まさに天才の悩み‥‥。
江上
ただ、ツッチーの場合、
どこまで冗談で、どこから真剣なのか
よくわからないところがあって。
来週の原稿をとらなきゃいけないときに、
「俺はマグロ漁船に乗る!」とか言いだすから。
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──
それは困りますね(笑)。
江上
他にも、当時はファックスで
ツッチーとやり取りしてたんだけど、
ネームが来たと思ったら
「いまから海を見に行ってきます」
というメッセージが送られてきたり。
状況から考えると
「これは女の子にフラれたな」という感じで。
──
あぁ(笑)。
江上
そのあとつづけて
「でも、そういうことじゃないので
心配しないでください」って。
たぶん、海に飛び込んだりしませんよ、
という意味なんだろうけど‥‥。
いやいや、こっちとしては、
原稿上がらないだけで十分に心配だから!
──
あはははは。
江上
当時ってケータイもない時代だから、
そういうことになると、
実際に仕事場まで行くしかないんですよ。
いるのかいないのかよくわかんない
ドアをガンガン叩いたりして。
いま思えばなつかしい思い出ですが、
ご近所のみなさまには、
本当にすみませんでしたって感じです(笑)。
──
そういう危機を乗り越えながらも、
『俺節』は3年くらいつづいたんですよね。
江上
『俺節』は9巻ぐらいまでやったのかな。
でも、土田世紀の作品としては、
まだ完全燃焼という感じじゃなかったし、
もっとやれそうな気もした。
でも、次の作品をどうしたいかは、
ツッチーもはっきりとは持ってなくて。
──
『俺節』の次の作品は、
漫画編集者が主人公の『編集王』です。
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江上
ちなみに『編集王』の担当は、
ぼくじゃなくて後輩の編集者なんです。
というのも『俺節』のあとに
ぼくがやりたかった企画は、
自動車工場の「季節工」の話。
いまでいう臨時の「期間従業員」ですね。
──
期間従業員? 
またなぜそんな企画を‥‥。
江上
ルポライターの鎌田慧さんが書いた
『自動車絶望工場』という本があるんです。
自動車工場の季節工として働くというルポもの。
それがかなり悲惨な話なんですが、
読んでみたらものすごくおもしろくて。
それでツッチーにその世界を
マンガにしてほしいと思ったんです。
「次代のヒーローはここにいる!‥‥かも」と。
だから、ツッチーに次回作の取材をかねて
「2人で季節工やろうぜ」って誘ったんです。
──
え、実際に工場で?
江上
そうそう(笑)。
ツッチーもまんざらでもない感じだったんですが、
そのときたまたま同じ編集部の後輩が
「ツッチーの新作のネタがある」と持ってきた。
それが編集者の話だったんです。
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──
その企画を聞いたとき、
江上さんはどう思いましたか。
江上
編集者の話ということは、
つまりは「業界モノ」ですよね。
当時の業界モノのマンガって、
時代的にも汗の香りがしないような、
トレンディ的なものが多かったんです。
でも、そういうものとはちがう、
土田世紀が描く泥臭い編集者の話なら、
それはちょっとおもしろそうだなって。
──
ああ、なるほど。
『俺節』のときと同じように、
時代と逆行する要素があった。
江上
そういう掛け算があった。
まあ、最終的にはツッチーが
「それ、やりたいッス」と言ったんで、
担当を後輩に渡すことにしたんです。
それからずっとあとになって聞いた話ですが、
ツッチーはそのとき
「これで工場に行かなくてすむ」
と思ってたみたいで(笑)。
──
ほんとうはやりたくなかった(笑)。
江上
ツッチー、そういうヤツだから(笑)。
でも、結果的に『編集王』は
テレビドラマにもなったし、
ツッチーの代表作にもなったから、
それはそれで良かったんだけどね。
──
『編集王』のはじまりに、
そんな経緯があったんですね。
江上
ただ、これは好みの問題として
聞いてほしいんだけど、
『編集王』以降のツッチーの作品って、
絵がどんどん整理されていきますよね。
どんどん白くなるというか。
──
たしかに『編集王』以降は、
絵のタッチがすこし変わった気がします。
写真
江上
どんどん線が洗練されていくんです。
それはそれでいいこともあるけど、
それで失われる部分も当然ある。
絵に迷いがなくなっていくけど、
それが手クセに見えなくもない。
もともと絵のうまさが天才的なだけに、
泣いてる顔も、笑ってる顔も、半笑いの顔も、
やろうと思えば手クセでどんどん描けちゃう。
それはツッチーとしては、
ちょっとラクをしてる状態なんですよね。



ツッチーの「ラクしたい」という気持ちは、
実は『俺節』のときにもすでにあります。
でも『俺節』のときはまだ、
その「ラクしたい」という気持ちもあれば、
逆に、もうめちゃくちゃ描き込むところもあった。
──
両極端な部分がせめぎあっていたんですね。
江上
この1話目の扉絵もそうですよね。
描き込みの量が尋常じゃない。
「どんだけ時間かけてんだよ!」って。
──
これを見たとき、ほんとびっくりしました。
熱量がこっちにまで伝わってきます。
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江上
しかもこの原画、四角い紙じゃないんです。
──
え、どういうことですか?
江上
これ、なんの紙かよくわからない。
──
「なんの紙かよくわからない」(笑)!
江上
なんか、台形っぽいかたちの紙で、
どこで切った紙なのかよくわからないんです。
ふつう、新連載の1話目の扉絵って、
ものすごく気合入るところですよね。
──
ええ、ええ、そうだと思います。
江上
そこに、どこで切ったかもわからない
台形の紙をつかう人なんています? 
ツッチーはそういうこと、全然気にしない。
──
まさに大物ですね(笑)。
江上
1話目のこのシーンもそう。
漫画では、こういった部分の文字って、
トレーシングペーパー(トレペ)を上にのせて、
そこに文字を描くんです。
──
ああ、歌詞の部分だけトレペに。
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江上
でも、ツッチーはトレペをつかわず、
「なにかの銀紙の裏」に歌詞を書いて、
それを原稿に直接ペタッと貼ってたんです。
──
「なにかの銀紙の裏」(笑)。
なんですか、それ?
江上
あとで聞いたんですか、
それ、タバコの銀紙だったんです。
──
タバコ?!
江上
タバコの銀紙の裏に歌詞を書いて、
それをテープで画稿に貼りつけてた。
銀紙もすごいけど、原稿にテープ直張りって、
「それはダメでしょう!」って(笑)。
──
ちなみに、いままでそんな人って‥‥。
江上
いない、いない(笑)。
だれもそんなことしないですよ。
──
ですよね。はぁぁ‥‥。
江上
その無頓着な感じとか、
気まぐれな感じもツッチーっぽいんです。
まあ、だから両極端というか、
振り幅がすごいというか。
そういうエピソードも含めて、
やっぱりすごい作家でしたね。
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(つづきます)
土田マンガ2作品、
第1話をまるごと公開します。
未成年

第1話「残暑」
※特別原画バージョン
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1986年に『残暑』というタイトルで
「モーニング」に掲載された作品です。
この読み切りが第1話となり、
その後『未成年』という名前で連載がスタート。
高校三年生の最後の夏休みに描いた、
土田世紀さんの原点ともいうべきデビュー作品。
「特別原画バージョン」で公開します。



『愛蔵版 未成年』のご購入は、
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雲出づるところ

第1話「コウノトリは新たな命を運ぶ」
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©️土田世紀『雲出づるところ』小学館クリエイティブ刊
講談社「モーニング」にて連載され、
2002年に全2巻の単行本となった後期の代表作。
生きているときでしか考えることができない
「死」というテーマについて、
土田世紀さんが正面から描いたある家族の物語です。
初期の頃の作品とはちがい、
作者の哲学的なメッセージが込められています。
愛する2人の前に立ちはだかる過酷な運命。
その序章ともいうべき第1話をおたのしみください。



『愛蔵版 雲出づるところ』のご購入は、
こちら(Amazon)からどうぞ。
2019年6月15日(土)より、
TOBICHI2で
『土田世紀 飛びこむ原画展』を
開催します。
土田世紀さんのデビュー作『未成年』と、
後期の傑作『雲出づるところ』の復刊を記念して、
TOBICHI2(東京・青山)で原画展を開催します。
『未成年』『雲出づるところ』の原画を中心に、
他の作家さんによるトリビュート作品も展示。
代表作の第1話をスライドで鑑賞する
小さな上映館もご用意します。
また、TOBICHI常設ショップでは、
土田世紀さんのグッズや本、おいしいお菓子も販売。
土田世紀さんの熱い思いがあふれる会場に、
ぜひ飛びこみにきてください。



『土田世紀 飛びこむ原画展』
日程:2019年6月15日(土)~6月30日(日)

場所:TOBICHI2

時間:11:00~19:00 入場無料



イベントの詳細は、
TOBICHIのページをごらんください。
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