HOBONICHI

NAOMI ITO 水彩画を着る

テキスタイルになった絵について
伊藤尚美さんに訊きました。

水彩画を着るような伊藤尚美さんの服。
どれも印象的で個性的なテキスタイルは
そのままでもうつくしく、着れば、もっと素敵に。
伊藤さんの作品がどんなふうに生まれるのか、
今回のテキスタイルのもととなった、
それぞれの絵についてのお話をうかがいました。

伊藤尚美さんのプロフィール

伊藤尚美

水彩画家・テキスタイルデザイナー。
1994年から大阪・東京・パリで作品の発表をはじめ、
2002年にテキスタイルブランド
「nani IRO」のプロデュースを開始。
ダブルガーゼやコットン、
リネンにのせられたデザインが魅力で、
日本のみならず海外15カ国以上で広く支持されています。
ADC賞、TDC賞、ブルノ国際グラフィックデザイン・
ビエンナーレなど入選多数。
近著に『詩を描く』(ITSURA BOOKS)
『ATELIER to nani IROのソーイングクローゼット』、
『ナニイロの こどもふく』(文化出版局)があります。
現在は故郷の伊賀の自然あふれる土地にアトリエをもち、
日々、制作をつづけています。

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ふと出会う気持ちのいい瞬間を、絵に。

――
伊藤さんの絵をみて、いつも思うんです。
見たものをそのまま描いてらっしゃるんだ、って。
伊藤
本当に目の前の、際立った時に感動したものを
なるべくそのままの鮮度で描きたい
っていう気持ちで描いてるんです。
そういうものが、プリントして布になっても、
残ってたらいいな、とか、そんな感覚ですね。
――
「今、ここ」なんですよね。
今ここで対峙してる世界を描いていらっしゃる。
頭の中のものを描いてるわけじゃないから
あきませんし、すごくなじむんですよ。
自然の中にいるような気持ちになるから。
伊藤
絵を描いているときは、
抽象と具象の間をいったり来たりしながら
自分の中でも楽しんでるんですよね。
それがテキスタイルという姿になると、
絵と比べて、シルク印刷する工程が入ることで
手離れしますから、
自分の中ではすっきりするところがあるからうれしくって。
テキスタイルのおもしろさです。
このコロナの間から地元の友人と、
お花の投げ入れの会をやってるんです。
そのときに、先生にお花について教わったのが、
「はしり」「さかり」「なごり」の3つ。
季節の食材なんかでも、ありますよね。
それってテキスタイルでもすごく感じるなと。
ひとつの同じ服でも、手に取ってくれた人が
「はっ」と新鮮に感じて着る日もあれば、
毎日でも気にいって着ていたいという時期だったり、
久々に手にして、ほっとする日もあったり。
そういう、新鮮な食材とか、花のような、
1年を通して、そういう存在であれたらいいなと思う。
――
今回のラインナップも、
自然の移ろいに馴染むようなアイテムですね。
ひとつひとつのテキスタイルにも、
物語があるように思えます。
それぞれのお話を少しずつ、うかがいたいです。

次々に咲く花からもらった感動を。

Flowers bloom

伊藤
小さなものが大地からグーッと出てくるときの元気、
細かくは目には見えないけれど、
すごく鮮烈な自然の動きみたいなものを描きたい、
そんな思いで作ったのが「Flowers bloom」です。
――
優しげだけれど、生命力がある、
そんな感じの柄ですね。
伊藤
日常の中でも時々、際立ったような瞬間に出会える。
そのみずみずしさを表現したかったんです。
私の住んでいるところは、
周りが自然に囲まれているんです。
アトリエでは、蓮を育てているんですが、
白蓮の瞬間的な神秘の力強さを目の当たりにすることがあって、
そういうときに、「そこを描きたい」という
思いが強くうまれるんです。
花が開いた朝の瞬間とか、
大きな花びらがハラっと落ちるさまとか。
そんなものが作品の一部になってたりします。

New Morning

――
「New Morning」のお花は、具象に近いですね。
伊藤
朝、庭に出ると、昨日は咲いてなかった花が咲いてたり、
何日か前に咲いた花とそれが隣り合わせになって
全然違う景色になってたり、
そんなものを見た時のうれしい気持ちの絵です。
新しい花が咲いて、新しい朝が重なっていくっていう。
――
まさに、次々に咲いてるようすが感じられます。
イタリアのドームの丸い天井に描かれている
お花が降ってくるようなイメージをしました。
伊藤
こういう表現って非現実的に思われがちですけど、
現実の世界にあることなんですよね。
時々しか現れないけど。
春先にポンポンって新しい朝に新しい花が咲いて、
まさにこんな感じの時間が訪れたりする。
その際立ちを本当に淡々と描きたいな、
ってそういう感覚なんです。
目の前にある現実と、うれしかった心の部分を
私、絵だったら描けるかなっていう感じで、はい。
影の部分がすごくきれいな青に見えて、
それがカッコいいっていう思いが残ると、
布にも、青だったり金や銀にして
色をちょっとさしたりしてます。
――
時間をかけて観察するんですか?
伊藤
日によって違いますが、
朝、散歩する10分ぐらいだったり。
ゆっくり目を凝らしているわけではなくて、
ふつうの毎朝の積み重ねの中で
あ、昨日のつぼみ、咲いてるわ、みたいな。
――
時間の流れも背景にありながら
伊藤さんの気持ちの中を通したときのものが
絵になってるっていう感じなんですね。
伊藤
そうですね。
車でビューッと家に帰ってきて、
降りたときに振り向いたら夕日、みたいな。
そういう場面ってあるじゃないですか。
――
あります、あります。
伊藤
道端の花に濃い影と対象的に光が当たって、輝いている。
花弁や葉の端っこが細く際立ってキラッとしてる、
その時間にしか見られないようなもの、
そんなのが残せたらいいのにな、みたいな気持ち。
そのドキッとする瞬間っていうのが、残るんですね。
だから絵を描いているときでも、
その記憶を取り出して、色をさすっていう感じです。

小宇宙

――
今回の「小宇宙」は、はじめての手法ですよね。
伊藤
はい。この植物の姿をそのまま残したいなと思って
青写真を作っていったんです。
一個ずつの花びらを取り出してもすごいきれいですし、
何日かしたらなくなってしまう花なんですけども、
これをたくさんたくさん青写真作って並べた時に
めっちゃ広大な宇宙の星々みたい、と思って。
――
花そのものを、何枚もの青写真に。
それを並べ変えながらバランスを取ってひとつに。
大変そうだけど楽しそう。
伊藤
配置のデザインを考えながら、
気がついたら、4、50枚作ったんです。
――
青写真という手法のせいか、
幻想的で、どこかノスタルジックでステキです。

Bear fruits

――
そして、こちらの「Bear fruits」は、
ちょっと素朴な雰囲気がかわいいー。
伊藤
近くにブドウ園があって、
いつも足元に、ナガミヒナゲシだったり、
草花がたくさん咲いてるんです。
その場所と、ブドウの景色です。
デザインとしては、昔の日本の染め抜きとか
フレンチの昔のデッドストックのテキスタイル、
そんなイメージをどこかに残したいと思って。
――
これ、点々で描いた、点描なんですね。
伊藤
割りばしペンに墨つけて一個ずつ点を描いてます。
あえてちょっとにじみみたいなものを入れたり。
一個ずつ手張りで配置を作るので均等じゃないんです。
――
なるほど、規則正しい繰り返しではないんですね。
伊藤
せっかく手で作っているから、
ちょっと抜きを入れたりしてるんですよ。

気持ちをあかるくしてくれる服に。

Lokomaikai

伊藤
これはハワイ語です。「Lokomaikai」。
――
「ロコ」は内側の意味で、、
「マイカイ」は好意や優しさ、
明るさ、楽しそうという意味。
伊藤
コロナの時期、とくに思ったのが、
内面を肥やしていきたいなっていうことでした。
派手ではないけど、身の回りの草花と戯れつつ
お茶にしたり、部屋に飾ったりして、
小さいものをじっくり観察することで、
見えてくるものがあって、相当楽しかったので。
そういうものに対しての感謝もあるし、
よく見ると図案の草花が、円になっていて、
なんか、繋がってる感覚があって。
――
小花が集まって、おおきな円になるんですね。
伊藤
小花の集まり、野草なんですけれども
こうして集まりになると
こんなにも華やかで楽しい。

Lei nani

――
こちらの「Lei nani」はハワイ語で「美しい花輪」。
伊藤
ある美術館の庭の一角で、花の景色を見たときに、
そのままを描きたいな、と思ったんです。
このテキスタイルの名前がまだ決まってない時に
ハワイ島に家族で行って、
この生地の、ためし刷りの布で作ったカバンを持って行ったんです。
マーケットで買い物していて、
たまたま果物の横に置いたときに、
カバンなんですけどレイみたいだなと思って。
それでこの名前になったんです。
ハワイのレイ、花輪って、
友達や大切な人と贈りあったりするんですけど、
この服を着るときに、この柄に思いが、
ちょこっとのってたら素敵だなと思って。
――
それを知ってると、レイをかけてる気分になりそう。
ほかの人からは分からない、自分だけの満足でも、
力づけてくれるような気がしますね。
伊藤
お洋服の色って、
「服用」ということばがあるように
色が肌に触れることから、
薬の代わりになるって言われるんですよ。
心に対する薬効がある、って。
私は普段、黒を着ることが多いんですが、
もし今の気持ちにこういう黄色がぴったりきたら、
それは無意識に求めてるものなのかもしれない
と思い、取り入れます。
開放的になりたい、あらたな気持ちの朝とか、
ただただ、なにもない自分のための休みの日とか、
今日水浴びするぞ、ぐらいの時にもぜひ。

GRACE

――
「GRACE」は、シンプルな柄ですね。
伊藤
これは日常の中で、カーテンが波打ってるところに光が、
朝日なのか夕日なのか、当たったときの感じです。
――
私にはステンドグラスから射す光に見えます。
見る人によって、いろいろに感じられそうですね。
伊藤
そうなんです。
思い浮かべるものが変わって、
抽象画はそれがとてもいいと思います。
柄としてそんなに主張していないのが、
ほかと違いますよね。
私は、めちゃ好きな柄なんです。

komorebi///

――
「komorebi///」は、あかるい雰囲気です。
伊藤
これ、ずいぶん昔のものを復刻したんです。
木漏れ日、揺れてる感じを布の上に残したくて、
柄自体は大柄で派手なんですけど、
あんまり音のない時間を描いています。
とても静かな時間の景色なのに、対象的に
目に見えてるものはとても華やかっていうような、
そんな世界です。
――
かなり以前のものなんですか、絵としては。
伊藤
これ多分10年ぐらい前だと思います。
――
長く愛されてる柄なんですね。

Seventone

伊藤
「Seventone」っていうのは、
絵そのものは水墨画の抽象画です。
実際は目の前で草が揺れてる様を描いてるんです。
描いてると、葉っぱと葉っぱが触れたり、
実のようなものがあたったりして
カラカラと鳴って音楽みたいに聞こえるんですよ。
それでタイトルはセブントーン、音符になりました。
――
シュッとした線が印象的です。

生活に、色そのものも取り入れてみたい。

無地のリネン。裾には色のアクセントが。

――
そして無地ですね。
今回もきれいな色、いいリネンです。
無地のものを作り始めたのはどんなところから?
伊藤
長年テキスタイルの絵、柄を描いている中で
自分の暮らしを見返してみたときに
色だけを取り入れるっていうものも
提案できたらうれしいなと思って。
色を愛でる、っていうことを。
布と色の出会いもあるので、
白には白でいろんな白があるんですよね。
この白も染めてもらって作った白なんです。
――
素敵な色がそろいました。
伊藤
絵はどちらかというと、
感覚がのったものに近いんですが、
これは、もっともっと素材に近いもの。
でも、そんなに絵と離れてるわけではない、うん。
ここには無地だからこその陰影が生まれてくるので
手に取ったときに美しいなと思うもの、
そういう色を選びました。
――
そして、今回の無地には裾にアクセントが。
伊藤
無地なんですけど裾の部分だけ、
布端を糸で始末する部分に別色を入れたんですよね。
――
こんなに細いのにすごい効果的ですよね。
伊藤
縁の色糸との組み合わせがいいんですよね。
――
別色だけじゃなくて、黒には黒、とか。
これもかっこいいですね。
伊藤
はい。黒には黒にしてよかった。
黒のつややかさはすごいドラマチックで。
この黒を活かすのがいいんじゃないかと。
無地のものって、色だけに集中できるから、
これが着たい、って手が伸びやすいかなと思うんです。
――
布の質感も、柔らかいのにハリがあって。
これも迷っちゃいますね。
伊藤
そうですね。
私も着るのがたのしみです。
――
絵柄のものも、無地も、
ここでしか出会えない服ができました。
次回は、かたちのお話をうかがいます。

(つづきます)

2023-06-26-MON