ふと出会う気持ちのいい瞬間を、絵に。
- ――
- 伊藤さんの絵をみて、いつも思うんです。
見たものをそのまま描いてらっしゃるんだ、って。 - 伊藤
- 本当に目の前の、際立った時に感動したものを
なるべくそのままの鮮度で描きたい
っていう気持ちで描いてるんです。
そういうものが、プリントして布になっても、
残ってたらいいな、とか、そんな感覚ですね。 - ――
- 「今、ここ」なんですよね。
今ここで対峙してる世界を描いていらっしゃる。
頭の中のものを描いてるわけじゃないから
あきませんし、すごくなじむんですよ。
自然の中にいるような気持ちになるから。 - 伊藤
- 絵を描いているときは、
抽象と具象の間をいったり来たりしながら
自分の中でも楽しんでるんですよね。
それがテキスタイルという姿になると、
絵と比べて、シルク印刷する工程が入ることで
手離れしますから、
自分の中ではすっきりするところがあるからうれしくって。
テキスタイルのおもしろさです。
このコロナの間から地元の友人と、
お花の投げ入れの会をやってるんです。
そのときに、先生にお花について教わったのが、
「はしり」「さかり」「なごり」の3つ。
季節の食材なんかでも、ありますよね。
それってテキスタイルでもすごく感じるなと。
ひとつの同じ服でも、手に取ってくれた人が
「はっ」と新鮮に感じて着る日もあれば、
毎日でも気にいって着ていたいという時期だったり、
久々に手にして、ほっとする日もあったり。
そういう、新鮮な食材とか、花のような、
1年を通して、そういう存在であれたらいいなと思う。 - ――
- 今回のラインナップも、
自然の移ろいに馴染むようなアイテムですね。
ひとつひとつのテキスタイルにも、
物語があるように思えます。
それぞれのお話を少しずつ、うかがいたいです。
次々に咲く花からもらった感動を。
- 伊藤
- 小さなものが大地からグーッと出てくるときの元気、
細かくは目には見えないけれど、
すごく鮮烈な自然の動きみたいなものを描きたい、
そんな思いで作ったのが「Flowers bloom」です。 - ――
- 優しげだけれど、生命力がある、
そんな感じの柄ですね。 - 伊藤
- 日常の中でも時々、際立ったような瞬間に出会える。
そのみずみずしさを表現したかったんです。
私の住んでいるところは、
周りが自然に囲まれているんです。
アトリエでは、蓮を育てているんですが、
白蓮の瞬間的な神秘の力強さを目の当たりにすることがあって、
そういうときに、「そこを描きたい」という
思いが強くうまれるんです。
花が開いた朝の瞬間とか、
大きな花びらがハラっと落ちるさまとか。
そんなものが作品の一部になってたりします。
- ――
- 「New Morning」のお花は、具象に近いですね。
- 伊藤
- 朝、庭に出ると、昨日は咲いてなかった花が咲いてたり、
何日か前に咲いた花とそれが隣り合わせになって
全然違う景色になってたり、
そんなものを見た時のうれしい気持ちの絵です。
新しい花が咲いて、新しい朝が重なっていくっていう。 - ――
- まさに、次々に咲いてるようすが感じられます。
イタリアのドームの丸い天井に描かれている
お花が降ってくるようなイメージをしました。 - 伊藤
- こういう表現って非現実的に思われがちですけど、
現実の世界にあることなんですよね。
時々しか現れないけど。
春先にポンポンって新しい朝に新しい花が咲いて、
まさにこんな感じの時間が訪れたりする。
その際立ちを本当に淡々と描きたいな、
ってそういう感覚なんです。
目の前にある現実と、うれしかった心の部分を
私、絵だったら描けるかなっていう感じで、はい。
影の部分がすごくきれいな青に見えて、
それがカッコいいっていう思いが残ると、
布にも、青だったり金や銀にして
色をちょっとさしたりしてます。 - ――
- 時間をかけて観察するんですか?
- 伊藤
- 日によって違いますが、
朝、散歩する10分ぐらいだったり。
ゆっくり目を凝らしているわけではなくて、
ふつうの毎朝の積み重ねの中で
あ、昨日のつぼみ、咲いてるわ、みたいな。 - ――
- 時間の流れも背景にありながら
伊藤さんの気持ちの中を通したときのものが
絵になってるっていう感じなんですね。 - 伊藤
- そうですね。
車でビューッと家に帰ってきて、
降りたときに振り向いたら夕日、みたいな。
そういう場面ってあるじゃないですか。 - ――
- あります、あります。
- 伊藤
- 道端の花に濃い影と対象的に光が当たって、輝いている。
花弁や葉の端っこが細く際立ってキラッとしてる、
その時間にしか見られないようなもの、
そんなのが残せたらいいのにな、みたいな気持ち。
そのドキッとする瞬間っていうのが、残るんですね。
だから絵を描いているときでも、
その記憶を取り出して、色をさすっていう感じです。
- ――
- 今回の「小宇宙」は、はじめての手法ですよね。
- 伊藤
- はい。この植物の姿をそのまま残したいなと思って
青写真を作っていったんです。
一個ずつの花びらを取り出してもすごいきれいですし、
何日かしたらなくなってしまう花なんですけども、
これをたくさんたくさん青写真作って並べた時に
めっちゃ広大な宇宙の星々みたい、と思って。 - ――
- 花そのものを、何枚もの青写真に。
それを並べ変えながらバランスを取ってひとつに。
大変そうだけど楽しそう。 - 伊藤
- 配置のデザインを考えながら、
気がついたら、4、50枚作ったんです。 - ――
- 青写真という手法のせいか、
幻想的で、どこかノスタルジックでステキです。
- ――
- そして、こちらの「Bear fruits」は、
ちょっと素朴な雰囲気がかわいいー。 - 伊藤
- 近くにブドウ園があって、
いつも足元に、ナガミヒナゲシだったり、
草花がたくさん咲いてるんです。
その場所と、ブドウの景色です。
デザインとしては、昔の日本の染め抜きとか
フレンチの昔のデッドストックのテキスタイル、
そんなイメージをどこかに残したいと思って。 - ――
- これ、点々で描いた、点描なんですね。
- 伊藤
- 割りばしペンに墨つけて一個ずつ点を描いてます。
あえてちょっとにじみみたいなものを入れたり。
一個ずつ手張りで配置を作るので均等じゃないんです。 - ――
- なるほど、規則正しい繰り返しではないんですね。
- 伊藤
- せっかく手で作っているから、
ちょっと抜きを入れたりしてるんですよ。
気持ちをあかるくしてくれる服に。
- 伊藤
- これはハワイ語です。「Lokomaikai」。
- ――
- 「ロコ」は内側の意味で、、
「マイカイ」は好意や優しさ、
明るさ、楽しそうという意味。 - 伊藤
- コロナの時期、とくに思ったのが、
内面を肥やしていきたいなっていうことでした。
派手ではないけど、身の回りの草花と戯れつつ
お茶にしたり、部屋に飾ったりして、
小さいものをじっくり観察することで、
見えてくるものがあって、相当楽しかったので。
そういうものに対しての感謝もあるし、
よく見ると図案の草花が、円になっていて、
なんか、繋がってる感覚があって。 - ――
- 小花が集まって、おおきな円になるんですね。
- 伊藤
- 小花の集まり、野草なんですけれども
こうして集まりになると
こんなにも華やかで楽しい。
- ――
- こちらの「Lei nani」はハワイ語で「美しい花輪」。
- 伊藤
- ある美術館の庭の一角で、花の景色を見たときに、
そのままを描きたいな、と思ったんです。
このテキスタイルの名前がまだ決まってない時に
ハワイ島に家族で行って、
この生地の、ためし刷りの布で作ったカバンを持って行ったんです。
マーケットで買い物していて、
たまたま果物の横に置いたときに、
カバンなんですけどレイみたいだなと思って。
それでこの名前になったんです。
ハワイのレイ、花輪って、
友達や大切な人と贈りあったりするんですけど、
この服を着るときに、この柄に思いが、
ちょこっとのってたら素敵だなと思って。 - ――
- それを知ってると、レイをかけてる気分になりそう。
ほかの人からは分からない、自分だけの満足でも、
力づけてくれるような気がしますね。 - 伊藤
- お洋服の色って、
「服用」ということばがあるように
色が肌に触れることから、
薬の代わりになるって言われるんですよ。
心に対する薬効がある、って。
私は普段、黒を着ることが多いんですが、
もし今の気持ちにこういう黄色がぴったりきたら、
それは無意識に求めてるものなのかもしれない
と思い、取り入れます。
開放的になりたい、あらたな気持ちの朝とか、
ただただ、なにもない自分のための休みの日とか、
今日水浴びするぞ、ぐらいの時にもぜひ。
- ――
- 「GRACE」は、シンプルな柄ですね。
- 伊藤
- これは日常の中で、カーテンが波打ってるところに光が、
朝日なのか夕日なのか、当たったときの感じです。 - ――
- 私にはステンドグラスから射す光に見えます。
見る人によって、いろいろに感じられそうですね。 - 伊藤
- そうなんです。
思い浮かべるものが変わって、
抽象画はそれがとてもいいと思います。
柄としてそんなに主張していないのが、
ほかと違いますよね。
私は、めちゃ好きな柄なんです。
- ――
- 「komorebi///」は、あかるい雰囲気です。
- 伊藤
- これ、ずいぶん昔のものを復刻したんです。
木漏れ日、揺れてる感じを布の上に残したくて、
柄自体は大柄で派手なんですけど、
あんまり音のない時間を描いています。
とても静かな時間の景色なのに、対象的に
目に見えてるものはとても華やかっていうような、
そんな世界です。 - ――
- かなり以前のものなんですか、絵としては。
- 伊藤
- これ多分10年ぐらい前だと思います。
- ――
- 長く愛されてる柄なんですね。
- 伊藤
- 「Seventone」っていうのは、
絵そのものは水墨画の抽象画です。
実際は目の前で草が揺れてる様を描いてるんです。
描いてると、葉っぱと葉っぱが触れたり、
実のようなものがあたったりして
カラカラと鳴って音楽みたいに聞こえるんですよ。
それでタイトルはセブントーン、音符になりました。 - ――
- シュッとした線が印象的です。
生活に、色そのものも取り入れてみたい。
- ――
- そして無地ですね。
今回もきれいな色、いいリネンです。
無地のものを作り始めたのはどんなところから? - 伊藤
- 長年テキスタイルの絵、柄を描いている中で
自分の暮らしを見返してみたときに
色だけを取り入れるっていうものも
提案できたらうれしいなと思って。
色を愛でる、っていうことを。
布と色の出会いもあるので、
白には白でいろんな白があるんですよね。
この白も染めてもらって作った白なんです。 - ――
- 素敵な色がそろいました。
- 伊藤
- 絵はどちらかというと、
感覚がのったものに近いんですが、
これは、もっともっと素材に近いもの。
でも、そんなに絵と離れてるわけではない、うん。
ここには無地だからこその陰影が生まれてくるので
手に取ったときに美しいなと思うもの、
そういう色を選びました。
- ――
- そして、今回の無地には裾にアクセントが。
- 伊藤
- 無地なんですけど裾の部分だけ、
布端を糸で始末する部分に別色を入れたんですよね。 - ――
- こんなに細いのにすごい効果的ですよね。
- 伊藤
- 縁の色糸との組み合わせがいいんですよね。
- ――
- 別色だけじゃなくて、黒には黒、とか。
これもかっこいいですね。 - 伊藤
- はい。黒には黒にしてよかった。
黒のつややかさはすごいドラマチックで。
この黒を活かすのがいいんじゃないかと。
無地のものって、色だけに集中できるから、
これが着たい、って手が伸びやすいかなと思うんです。 - ――
- 布の質感も、柔らかいのにハリがあって。
これも迷っちゃいますね。 - 伊藤
- そうですね。
私も着るのがたのしみです。 - ――
- 絵柄のものも、無地も、
ここでしか出会えない服ができました。
次回は、かたちのお話をうかがいます。
(つづきます)
2023-06-26-MON