糸井 | どっかからやっぱり勉強家になったり、 仕事をもっとうまくやろうと思って、 上に立とうとか思うと、 なんか勉強しちゃうんですよ、やっぱりね。 |
大橋 | そうですか。私は勉強家じゃなかったです。 |
糸井 | ぼくもなんですよ。 勉強になりそうな時、気をつけるんですね。 |
大橋 | そうですか、わかるんですか、自分で。 |
糸井 | ぼくはぼくで、やっぱり男って、 やっぱりその‥‥離陸したがるんですよ。 地上でずーっと同じとこに停まってるよりは、 飛んでっちゃいたいところがあって、 人がどう思おうが、 もっとおもしろいところに 突っ込んでっちゃった、 みたいなことが好きだったりするんですね。 |
大橋 | えー、そうなんだ。 |
糸井 | そうすると、 先に飛んでる人が見えるんですよ。 離陸してるけど、 ちっとも楽しそうじゃないっていう人とか、 あるいは、そんなところで 競い合ってても誰もうらやましくないぞ、 っていう世界があるんですね。 よく例でぼく話すんですけど、 オーディオマニアの人のところを 訪ねていったことがあって。 部屋中に、自分が音楽を聴くための オーディオ装置があって、 いろいろ説明してくれるんですよ。 よくわかんないんですけど、 押入れの中にはこういう布団を入れてとか、 いろんなことをして、 部屋中を音楽を聴くための いちばんいい環境にしてるんです。 でもよく聞いてみると、 音楽はどうでもいいんですね。 装置がいいんですよ。 つまり、この部屋で聴く音が いちばんいいんだっていうことが、 もう離陸しちゃった人たちの発想なんですよ。 だからレコードもあんまり持ってないんですよ。 その人が 「音を吸収するようなものを 置きたくないんでこうしてます」 みたいなことをおっしゃったんで、 「ていうことは、聴いてる自分も いないほうがいいんですか」 って訊いたんですよ。 本気で訊いたんですよ。 そうしたら、「もちろんです」って! |
大橋 | えーっ、そうなんですか! |
糸井 | 見事でしたね、 男の幸せってちょっとそういうところがあって、 「もともとなんだっけ?」がなくなっちゃう。 で、自分でもそれはね。 |
大橋 | あります? 少しは。 |
糸井 | いちばん少ない人間だと思うんですが、 夜、ひとりで何かやってる時は そういう世界に入ることがあります。 ジャムおじさんになっちゃったらもう。 もともとは、あんなに頑張る必要は なかったと思うんです。 食べる程度に作ればいいんですから。 今ショウガおじさんですけど。 |
大橋 | ええ、ショウガおじさん‥‥ふふふ。 |
糸井 | 2キロ近くのショウガを、 刻む必要、ないじゃないですか。 だけど、あげるあてもないのに 2キロ刻んでる自分って、 もうすでに「喜ぶ人」じゃないんですよね。 そういうふうに 「あっ、もう違うところに行っちゃったな」 っていうのを自分で気をつけるんです。 で、「ショウガの効用」みたいな本も 手に入れるんですけど、 そういうの読んでると、要らないって思うんです。 「あ、引き返さなきゃな」って思うことで、 ぼくは大勢の人と一緒に遊ぶっていう広場から 離れないようにしてるんですね。 大橋さんが、ずっと受け手の側で、 前衛にも行かなかったし、 「あの人の絵って最近わかんない」 って言われなかった理由は、 やっぱり「私、好きだったから」っていう。 |
大橋 | そうですね。 おままごと。 すごく本当にそう思いますね。 |
糸井 | 一生、おままごと。 |
大橋 | そうですよね。 |
糸井 | ちっちゃい時もそうだったんですか。 |
大橋 | ちいさいとき、けっこう好きだったんです。 |
糸井 | ひとり遊びで? |
大橋 | うん、そうですね。 今でもやっぱり、 みんなとどこかにっていうのは 苦手なタイプですね。遊ぶときも。 絵も、白いこの紙の中で ひとりでやる作業ですから。 |
糸井 | そうですね。 |
大橋 | あの大きなモニュモニュを考える時も、 誰かに相談もしないし、 勉強もしないんです。 きっとここからピンクのものが出てくると いいだろうというところで、 じゃあ、いっぱい要るねと。 で、作っても作っても いっぱいにならないので、 こちらの学芸員さんからボランティアの方に お願いしてもらって作ったんですけれども。 |
糸井 | ひとりじゃできないタイプのことを、 最初にひとりで考えたんですね。 そこへ、いわば、部屋に入った時に 驚いている自分っていうか、 喜んでる自分が主人公ですよね。 |
大橋 | そうです。これでいいかな、みたいな、 これで満足みたいなところは ずっとひとりですから。 |
糸井 | できあがった場所に原点があるんですよね。 作り始めた場所にあなたがいるんじゃなくて、 できあがった場所にあなたがいるんですね。 |
大橋 | そうかぁ。そうですよね。 |
糸井 | そうなんです。そこが、 そのおままごとたる所以というか、 受け手たる所以というか。 とても助かるのは、 できあがりを想像できて始まってるんですよ。 |
大橋 | そうかしらね。 |
糸井 | 「うわぁ、こんなのあったらいいだろうな」 から始まってる。 |
大橋 | そうです、そうです。 |
糸井 | それは強いですよね。 |
大橋 | いや、よくわかんないんですけど。 |
糸井 | きっとやってるうちに、 どうなっちゃうかわかんない、 っていう面がまた出てきて。 |
大橋 | そうです。その時に、 「あ、同じだぞ」みたいなので 修正をするんですけど。 |
糸井 | でしょうね、で、最初に想像してた できあがりのイメージの自分と 会話が始まるわけですよね。 |
大橋 | そうですね。 |
糸井 | で、それはイヤだとか、 私はもっとこうしたいんだって、 それはどうだろうって、 そういう自問自答があって、 「これでどうだ」になるわけですよ。 うわぁ、もうその創作の現場に いるような気がする。 |
大橋 | そうですか。でも、おままごとですから。 |
糸井 | そうですね。ひとりできっと 「お父さん、ごはんができましたよ」ですよね。 |
大橋 | そうです、ひとりでぜんぶ。 「はい、こっちに行って、お父さん、こうして」 みたいな。 |
糸井 | 最後にジャッジするのは受け手の自分なんですね。 |
大橋 | そうですね。 |
糸井 | いやぁ、おままごとっていうキーワードで、 今日のぼくの仕事の7割が終ったような。 |
大橋 | いや、ホント、私すごくすっきりしました。 |
糸井 | 千代紙って思ったんですよ。 千代紙、お手玉、おはじき。 それがぜんぶキャンバスになって、 画材があって、 これは無限のおままごとの道具だよっていう。 (つづきます) |