さよならアルネ   2002-2009 and beyond... Arne
Arne30-表紙

第7回 こんなに抜けられるんだ!
糸井 じゃあ、大橋さん、昔の自分が描いたものを
自分がアートディレクションして、
もう一回作り直すなんてことは
あり得ないんですか。
大橋 あり得ないです。
糸井 そこは横尾さんとはぜんぜん違いますね。
横尾さん、昔の絵を
一つの自然物として捉えて、
自分で今、模写してる(笑)。
大橋 えー、そんなぁ。
糸井 あの人はそこの‥‥。
大橋 不思議な人ですね(笑)。
糸井 何度も模写して、いろんなふうに。
大橋 不思議‥‥。
糸井 要するに、もう
対象物になっちゃってるんでしょうね。
大橋 なるほどね、自分の作品が変わってるからね。
糸井 そう。それが模写したらどうなってるんだろう。
で、あの人正直に‥‥
正直なんだけどウソもつくんですけど(笑)、
「もう何も考えることがないからさ」って。
「アイディアなんか無理よ。ぜんぜん」
って言い切るんですよ。
で、いつもぼくはどう取っていいか、
わかんないじゃない。
「いや、そんなことないですよ」
って言うのもなんか軽率だし、
「そうですね」って言うわけにもいかない。
もう、ただ聞いてるしかないんですけど。
で、とうとう、この間は、
他人に模写させてましたよ。
他人に同じ絵を模写させて、
それをざーっと並べて自分の作品にしてましたよ。
大橋 へぇーっ。
糸井 いや、その気持ちも
横尾さんを見てるとわかる気がする。
大橋さんはだから、
そこのところに絶対に行かないんだっていうのが、
今日はっきりしましたね。
そうすると、今、受け手としては、
わぁ、いいじゃないっていう自分が
満足してくれないってことなんですね。
大橋 受け手としては、
「いいんじゃない」とは‥‥
「それでよかったね」っていうふうに思うんです。
糸井 「それでよかったね」‥‥。
大橋 その時は描けました。
でも、今はもう描けませんっていうのも
いっぱいあるわけです。
それはそれでよかったね、
と思うんですけれども、
今の自分とは、もともと切り離してるっていうか、
一切、そっちに戻るとか、
そっちを見直すということの考えはないんです。
糸井 昔、拙いっていうことは、
逆にいうと、今できることが
どんどん増えているんだよって
いうことでもあるわけですね。
大橋 いや、「拙い時期がある」んですね。
糸井 「拙い時期がある」?
大橋 「ああ、拙いな」と思う時期があって、
でも「うわぁ、上手」っていう時期もあるんですよ。
その時にはもう本当に両方とも、
もう戻れないし、
今何かそれを何かしたいっていう気持ち、
もういっぺんリニューアルさせるとか、
それを一つのテーマにして
新しい仕事を作るとかっていう気持ちはないんです。
あれはあれだって思ってしまうんですね。
だから「拙かったね」で終わりなんです。
「上手かったね」で終わりなんです。
糸井 昔の写真をアルバムを見て、
その時の自分はどうであろうが、
その時期の自分でしかないんだから、
その写真は直せないですものね。
写真にちょっと近いなって。
大橋 そうですね。
糸井 写真って人工着色とかしたら
おかしいですものね。
大橋 おかしいですよね、ちょっと‥‥。
糸井 で、今の自分が手に入れたものっていうのは、
自分で今わりとわかってらっしゃるんでしょうか。
大橋 自分の手に入れたもの?
糸井 絵を描く自分として。
大橋 ぜんぜんわかっていません。
糸井 ああ、そうなんですか。
ぼくは評論家じゃないんだけど、
「こんなに抜けられるんだ!」みたいな、
そこはものすごく羨ましいです。
大橋 そうですか。
糸井 なんだろう、料理人にたとえると、
魚が1尾あったよっていう時に
煮てもいいし、焼いてもいいし、
やっぱりちょっと刺身で食おうかっていって、
お刺身をほんの二切れ、三切れ出す、
ほらそこに薬味あるからさ、
みたいな感じのことって、
仮にすごく大事なお客さんが
ひとり、そこにいた時は、
そんなお刺身って出せないじゃないですか。
だけど、平気で出せる人いますよね。
大橋 いますよね。
糸井 その刺身がいちばん喜ぶだろうなっていう気持ちと、
オレが出したいんだという気持ちと、
二切れ、三切れ以上は要らないんだよ、
っていう思い切りは、
若い時にはできないですよ。
大橋さんの絵もそうだし、
字もそうなんですけど。
大橋 えー、字ですか、はい。
糸井 自分の文章を大橋さんの字で
書き直してもらいたいと思うときがある。
大橋 ええ、そんな!
ひどいですよ。
糸井 ぜんぶ、今のお刺身2切れじゃないけど、
「そういうの、私、だってできないから」
みたいに、それになるまでに
どんだけ絵描いたんだと思って。
大橋 いや、でも、「これでいい」なら、
こういう形でたくさんの絵を並べてもらって
見てもらうことは、
銀座で1度、やりましたけども、
またちょっと違う並べ方なので、
改めて自分の時代みたいなものとかを
見ることができたんです。
でも、ちょっとどっか
自分でもないようなところがありまして。
で、そうですね‥‥見ていただくことについては、
それこそ本当にお客さんにお刺身2切れ、
というようなものについて、
出してはいるんですけれども、
でも、自分自身ではすごく他人事みたいな‥‥
うまくお話ができなくてごめんなさい。
糸井 通じてます。
大橋 いや、すみません。
糸井 とっても勉強してやってることじゃなくて、
自然にやってるんですよ、
ただやってるんですよ、
っていうことですよね。
大橋 そうですね。
糸井 男が要求されてるタイプの仕事って、
なんだろうな、「こういう時はどうするんですか」
みたいな質問に囲まれてるみたいなところがあって。
「だってあっちに煮魚ほしいっていう人がいたら
 どうするんですか」って言われたり、
あるいは「本当に衛生面で大丈夫でしょうね」
って聞かれたり、
あるいは「無理だったんですかぁ?!」
っていう人がいたり。
ぼくはそこから逃げ出したかったんで、
「オレはそれは考えない」
っていうほうに行ったんですけど、
でもやっぱり、自然にできてる以上に、
「こう言われたらこう返そうかな」
とか考えちゃうんで、
その分だけ何かもったいない気がするんですよね。
もっと次の料理するところに振り向けたほうが、
本当は、世のため人のためですよね。
  (つづきます)

2009-12-22-TUE


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