糸井 | じゃあ、大橋さん、昔の自分が描いたものを 自分がアートディレクションして、 もう一回作り直すなんてことは あり得ないんですか。 |
大橋 | あり得ないです。 |
糸井 | そこは横尾さんとはぜんぜん違いますね。 横尾さん、昔の絵を 一つの自然物として捉えて、 自分で今、模写してる(笑)。 |
大橋 | えー、そんなぁ。 |
糸井 | あの人はそこの‥‥。 |
大橋 | 不思議な人ですね(笑)。 |
糸井 | 何度も模写して、いろんなふうに。 |
大橋 | 不思議‥‥。 |
糸井 | 要するに、もう 対象物になっちゃってるんでしょうね。 |
大橋 | なるほどね、自分の作品が変わってるからね。 |
糸井 | そう。それが模写したらどうなってるんだろう。 で、あの人正直に‥‥ 正直なんだけどウソもつくんですけど(笑)、 「もう何も考えることがないからさ」って。 「アイディアなんか無理よ。ぜんぜん」 って言い切るんですよ。 で、いつもぼくはどう取っていいか、 わかんないじゃない。 「いや、そんなことないですよ」 って言うのもなんか軽率だし、 「そうですね」って言うわけにもいかない。 もう、ただ聞いてるしかないんですけど。 で、とうとう、この間は、 他人に模写させてましたよ。 他人に同じ絵を模写させて、 それをざーっと並べて自分の作品にしてましたよ。 |
大橋 | へぇーっ。 |
糸井 | いや、その気持ちも 横尾さんを見てるとわかる気がする。 大橋さんはだから、 そこのところに絶対に行かないんだっていうのが、 今日はっきりしましたね。 そうすると、今、受け手としては、 わぁ、いいじゃないっていう自分が 満足してくれないってことなんですね。 |
大橋 | 受け手としては、 「いいんじゃない」とは‥‥ 「それでよかったね」っていうふうに思うんです。 |
糸井 | 「それでよかったね」‥‥。 |
大橋 | その時は描けました。 でも、今はもう描けませんっていうのも いっぱいあるわけです。 それはそれでよかったね、 と思うんですけれども、 今の自分とは、もともと切り離してるっていうか、 一切、そっちに戻るとか、 そっちを見直すということの考えはないんです。 |
糸井 | 昔、拙いっていうことは、 逆にいうと、今できることが どんどん増えているんだよって いうことでもあるわけですね。 |
大橋 | いや、「拙い時期がある」んですね。 |
糸井 | 「拙い時期がある」? |
大橋 | 「ああ、拙いな」と思う時期があって、 でも「うわぁ、上手」っていう時期もあるんですよ。 その時にはもう本当に両方とも、 もう戻れないし、 今何かそれを何かしたいっていう気持ち、 もういっぺんリニューアルさせるとか、 それを一つのテーマにして 新しい仕事を作るとかっていう気持ちはないんです。 あれはあれだって思ってしまうんですね。 だから「拙かったね」で終わりなんです。 「上手かったね」で終わりなんです。 |
糸井 | 昔の写真をアルバムを見て、 その時の自分はどうであろうが、 その時期の自分でしかないんだから、 その写真は直せないですものね。 写真にちょっと近いなって。 |
大橋 | そうですね。 |
糸井 | 写真って人工着色とかしたら おかしいですものね。 |
大橋 | おかしいですよね、ちょっと‥‥。 |
糸井 | で、今の自分が手に入れたものっていうのは、 自分で今わりとわかってらっしゃるんでしょうか。 |
大橋 | 自分の手に入れたもの? |
糸井 | 絵を描く自分として。 |
大橋 | ぜんぜんわかっていません。 |
糸井 | ああ、そうなんですか。 ぼくは評論家じゃないんだけど、 「こんなに抜けられるんだ!」みたいな、 そこはものすごく羨ましいです。 |
大橋 | そうですか。 |
糸井 | なんだろう、料理人にたとえると、 魚が1尾あったよっていう時に 煮てもいいし、焼いてもいいし、 やっぱりちょっと刺身で食おうかっていって、 お刺身をほんの二切れ、三切れ出す、 ほらそこに薬味あるからさ、 みたいな感じのことって、 仮にすごく大事なお客さんが ひとり、そこにいた時は、 そんなお刺身って出せないじゃないですか。 だけど、平気で出せる人いますよね。 |
大橋 | いますよね。 |
糸井 | その刺身がいちばん喜ぶだろうなっていう気持ちと、 オレが出したいんだという気持ちと、 二切れ、三切れ以上は要らないんだよ、 っていう思い切りは、 若い時にはできないですよ。 大橋さんの絵もそうだし、 字もそうなんですけど。 |
大橋 | えー、字ですか、はい。 |
糸井 | 自分の文章を大橋さんの字で 書き直してもらいたいと思うときがある。 |
大橋 | ええ、そんな! ひどいですよ。 |
糸井 | ぜんぶ、今のお刺身2切れじゃないけど、 「そういうの、私、だってできないから」 みたいに、それになるまでに どんだけ絵描いたんだと思って。 |
大橋 | いや、でも、「これでいい」なら、 こういう形でたくさんの絵を並べてもらって 見てもらうことは、 銀座で1度、やりましたけども、 またちょっと違う並べ方なので、 改めて自分の時代みたいなものとかを 見ることができたんです。 でも、ちょっとどっか 自分でもないようなところがありまして。 で、そうですね‥‥見ていただくことについては、 それこそ本当にお客さんにお刺身2切れ、 というようなものについて、 出してはいるんですけれども、 でも、自分自身ではすごく他人事みたいな‥‥ うまくお話ができなくてごめんなさい。 |
糸井 | 通じてます。 |
大橋 | いや、すみません。 |
糸井 | とっても勉強してやってることじゃなくて、 自然にやってるんですよ、 ただやってるんですよ、 っていうことですよね。 |
大橋 | そうですね。 |
糸井 | 男が要求されてるタイプの仕事って、 なんだろうな、「こういう時はどうするんですか」 みたいな質問に囲まれてるみたいなところがあって。 「だってあっちに煮魚ほしいっていう人がいたら どうするんですか」って言われたり、 あるいは「本当に衛生面で大丈夫でしょうね」 って聞かれたり、 あるいは「無理だったんですかぁ?!」 っていう人がいたり。 ぼくはそこから逃げ出したかったんで、 「オレはそれは考えない」 っていうほうに行ったんですけど、 でもやっぱり、自然にできてる以上に、 「こう言われたらこう返そうかな」 とか考えちゃうんで、 その分だけ何かもったいない気がするんですよね。 もっと次の料理するところに振り向けたほうが、 本当は、世のため人のためですよね。 |
(つづきます) |