「いま、そこの横丁でひょいと見てきた」ような江戸の風景。
もしかしたら小倉充子さんって、
江戸時代を覗く望遠鏡や魔法のめがねを
持っているんじゃないの? と思うほど、
いきいきとした「江戸」を描く型染作家です。
神田神保町に生まれ育ち、
好きな落語や歌舞伎、浮世絵などを通して
からだのなかに「江戸・東京」がしみ込んでいた小倉さん。
大学を卒業してから入った江戸型染の世界で
「江戸の技術」を学んだことで、
小倉さんの型染の世界ができあがっていきました。
しかも、そのなかに、いまの東京が見え隠れしたりする、
古典にしばりつけられることのない自由な作風は、
ほかのだれもまねできない、独特なものなんです。
やさしいタオル初登場となる小倉さんのこと、紹介します。
小倉充子さんのプロフィール
おぐら・みつこ/江戸型染作家。
1884年より続く、
神田神保町の大和屋履物店に生まれる。
東京藝術大学・大学院美術研究科
デザイン専攻修了。大学院卒業後は、
染色家・西耕三郎さんのもとで「江戸型染」の技術と
江戸文化を学んだのち、「小倉染色図案工房」として独立。
現在は、着物、手ぬぐい、下駄の花緒、暖簾など、
バラエティ豊かな型染作品を生み出している。
図案、型紙づくり、染めまで、ほぼ一貫して手作業。
小倉さんの「江戸型染」の世界は、
「ほぼ日」に2009年に掲載されたコンテンツも、
あわせてどうぞ。
■公式ウェブサイト
版画が好きなんです。
だから原画を起こすのは、木版を使うことが多いです。
木版なら、彫ると、そこが型紙の抜けるところになるので、
黒いところはできるだけ全部つなげるようにして、
そこで型染めの型について、頭の整理ができるんです。
筆で描くときも、同じ要領で、
黒い紙に白い絵の具で線を残しながら描きます。
それをもとに、型紙を彫っていきます。
木版の線の表情が好きなので、
彫刻刀は、あえて、ちょっと雑な線の出る、
かまぼこ型のものを使います。
もちろん切り出し刀などを使えば、
木版でもかなり細かな線が出せますが、
線がきれいになりすぎてしまうのは好みではない。
ただし、それだと、
細かな表現をするには限界があるので、
筆を使って、その感じを出しながら描くこともあります。
やさしいタオルでは、相当細かくなると思ったので、
最初から筆を使いました。
下絵は思いつきでたくさん描きます。
よく「江戸の風景が見えてるの?」なんて
言ってもらうんですが、そんなわけがない(笑)、
もちろんイメージはあるけれど、
資料を使いますよ。
浮世絵が一番多いかな。
「あれを描きたい。すると資料はあれだな」って、
そこは頭に入っています。
勝手に自由な世界として描いてはいるものの、
時代考証というとおおげさですが、
つじつまというのかな、
場所がここで、季節はいつで、
人物の職業は何で、だから着ているものはこうで、
髪形はこうで、何を食べていて、みたいなことは
理由があるようにしています。
もちろんそれを大きくアレンジもしてしまうけれど。
今回、バスタオル、シャワータオル。フェイスタオル、
ハンドタオルの4つの大きさをつくらせてもらいましたが、
最初に思いついたのはシャワータオルです。
矩形を見た瞬間にまずこれをやりたいと思った。
この長さ、もうこれは蕎麦にしよう! と。
だから「笊蕎麦」です。
ね、長さが生きるでしょう?
笊蕎麦は、蕎麦屋さんののれんを
つくったことがあって、そこに描いたことがあるんです。
それをアレンジして、浴衣もつくって。
好きなモチーフなんですね。もちろんお蕎麦も大好きです。
夕方のまだ明るいうちから
蕎麦屋で一杯、なんて、‥‥至福ですよね!
じっさい、こんな長い笊蕎麦はないのかもしれないけれど、
じつはね、北斎も描いているんですよ、こういう長い蕎麦。
『北斎漫画』で、座って、そばちょこ持って、
床にざるが置いてあるんだけど、
背伸びして引っ張るくらいの長さなんです。
ほんとうにあったわけじゃなくて、
面白がって描いたのだとは思いますけれど。
フェイスタオルは、絵草紙にしたかったんです。
子どものための絵草紙って、
わりとこういう市松に絵柄があって、
物語というよりも、
ひとつひとつがトピックになっているものがある。
江戸の終りに流行したおもちゃ絵や
立版古(たてばんこ)のような、
そんな感じをイメージしています。
それこそ北斎も手がけていたりするんですよ。
描いたのは、江戸に、東京の道具を混ぜ込んで、
「江戸東京道具づくし」です。
東京といっても、現代ではなく、ちょっと昔の光景ですね。
お風呂の桶、花見弁当、羽釜、ガス窯、キセル、酒樽、
かんざし、炭火でウナギを焼いているところ、トースター、
茶釜と抹茶、長火鉢にはとっくり妖怪。
ほら、江戸の話では、
道具を長く使うと魂が宿って妖怪になるでしょ、
そんなのも、入れてみました。
行灯(あんどん)には油を舐める猫又。
唐子の針山、コテ、竹尺、
このあたりは江戸から東京へも伝わっている道具たちです。
そして扇風機とうちわ。
ハンドタオルは、色が迷彩っぽいでしょう?
以前、お客さまが
「江戸だけど迷彩っぽい浴衣がほしい」って、
注文をくださったときに、
大和絵の「すやり霞」という、
絵のなかに大胆に雲を配置することで
遠近や時間の経過、場面転換など
何にでも使えちゃう便利な表現があるんですね、
それをアレンジした、いわば江戸迷彩。
描いたのは動物たちによる
「江戸の軽業(かるわざ)」です。
これは完全にフィクション。
玉乗りしてる一本足の下駄のクマが米俵担いでたり、
コウモリがコウモリ傘をぐるぐる回してたり、
ネコが輪っかでクルクルしてたり、
イヌが綱渡りしていたり。
バスタオルで気に入っているのは、
あえて出したかった版画的な色のズレを、
とてもかっこよく出してもらえたところ。
そして、絵のテーマは、「江戸の興業」。
ほら、最近、大規模な、
温泉テーマパークみたいなものがあるでしょう?
あれが江戸時代にあったら‥‥、っていうことなんです。
同じ建物のなかで、いろんな興業が行われて、
お風呂もあれば休憩所もある、そんなイメージです。
まず入り口近くに、相撲。
そっぷ型とあんこ型の力士がいて、お客様がいます。
別のフロアでは歌舞伎。
お弁当、お茶、お酒をたのしみながら観劇してます。
お見合いをしている人もいるから、探してみてくださいね。
演目は「助六」。役者のイメージは、
助六は片岡仁左衛門! 私の中の助六は一人なんです。
揚巻は、玉様(坂東玉三郎)か、七ちゃん(中村七之助)。
そんな思いを込めましたが、あくまでもイメージです。
このあたりでは、落語をやってます。
これはね、幕末から明治の名人、三遊亭圓朝です。
そして、落語を聞いているのは、
全部ね、古典落語に出てくる人たち。
「頭山(あたまやま)」、「狸賽(たぬさい)」、
空見てるのは「かぼちゃ屋」の与太郎。
それから「王子の狐」と
「鰻の幇間(たいこ)」を一緒くたに。
「牡丹灯籠」からはお露さん。
さらに「大工調べ」で、大家に啖呵切ってるところ。
キセル持ってるのは「あくび指南」、
泥棒が「花色木綿」。
それから与太郎の「道具屋」。
もうほんとうに好きなものを詰め込みましたよ。
さあそこから一個上がると、3階になります。
ここには、ハンドタオルになった
動物の軽業チームが芸をしていますね。
メンバーが増えて、象が参加しています。
3階にはお風呂もあって、
湯屋から上がると夕涼みができる。
そして、湯屋にはイケメン五人衆がいます。
これはね、白浪五人男の感じで、
でも、裸だと描き分けが非常に難しくて、
日本駄右衛門ぐらいしかわからないかな。
ふう、われながら、よく描きました。
(小倉さん、ありがとうございました!
あたらしい、やさしいタオルの世界が
またひとつ生まれたような気がします。)