糸井 | 「俺は何もしないよ」という宣言は 簡単にできますもんね。 定点カメラを舞台に据えちゃえば、 舞台中継と同じやり方で 「これなら何もしてません」と 言うことはできます。 でも、それも「意図」なんですよね。 |
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周防 | ええ、そうですね。 | ||
糸井 | じゃあ、周防さんが第2部の撮り方について あそこまで行ったのには 理由がありますね? |
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周防 | それは15年間の取材に尽きると思います。 | ||
糸井 | 15年間。 | ||
周防 | バレエは劇場芸術です。 正面に座っているお客さんに向けて 振りつけられてるし、 ダンサーもそっちに向けて踊っています。 一方、映画のカメラは自由です。 だからといって、 「どうだ、こんな画、見たことないだろう」 と、真後ろに入ったりすると‥‥ |
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糸井 | だめですね。 | ||
周防 | ええ、やっぱり違う。 そういうふうにして バレエを崩したくなかったんです。 でも、正面が基本だからといって 定点で撮っておけば、 ほんとうにぼくらが劇場で観る バレエになるのかというと‥‥ |
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糸井 | ならない。 | ||
周防 | ならないでしょう? お客さん、定点で観てないんですよ。 |
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糸井 | 観てない。意思が働いてますから。 | ||
周防 | しかも、その意思が働く瞬間に 「あ、いまこんなふうにカット割りした」 ということを 意識させないようにしないといけないんです。 |
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糸井 | そうだね。 周防さん、ほんとにすごいね。 |
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周防 | だから、自分がお客さんになって、 いま何が見たいかという その欲望に素直に従うしかない。 「どうだ、すげぇだろう」と、 カメラワークで引っ張るんじゃなくて、 バレエのここが観たいというところに従って 純粋にカメラを動かす。 逆に言うと、その「観たい」がなかったら、 カメラは正面でいいんです。 15年間バレエを観てなかったら、 その境地になってないと思います。 |
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糸井 | できないでしょうね。 | ||
周防 | もうひとつ、これができた理由があって‥‥ それはこのバレエが、チャップリンの映画を もとにしているということです。 チャップリンの映画は、 サイレント(無声)でスタートしています。 チャップリンが自分で後から音楽をつけています。 音楽とアクション。それって、つまり バレエと一緒なんですよ。 台詞は字幕で出るけど、 映画の中では 彼らの台詞は聞こえないわけです。 なおかつ、撮り方として、 昔の映画というのは 舞台表現からなかなか自由になれず、 「正面」がある画なんですよね。 |
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糸井 | そうなんですよね。チャップリンかぁ。 | ||
周防 | そしてアクションは、ワンカットの中で 完結させるような動きが多い。 チャップリンは特にそうです。ごまかさない。 そうすると、バレエとチャップリンの表現って 違和感がないんですよ。 劇場で観るバレエと チャップリンの映画は、見え方がけっこう近い。 だとするとぼくは、 チャップリンの映画から発想して このバレエを撮ることができるのではないか。 |
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糸井 | パチパチパチ(拍手)、おぉー! いまぼくの心の中で、割れんばかりの拍手。 |
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草刈 | (笑) | ||
周防 | バレエのシーンで カメラが真俯瞰に入っているところが 2カットあります。 上から観たほうがきれいだろうという意図も もちろんあるんですが、 チャップリンも、映画の『ライムライト』で 上からバレリーナを見ているカットがある。 この作品のときには上から入ってもいいんだ、 という気持ちになるし、 上から入ることが、チャップリンの映画に対する オマージュにもなって、 素直にカメラを持っていけるんです。 細かいカット割りやCGを使う 自己主張でではなくて、 目の前で起きているアクションそのものを 壊さないようにどう撮るか、 そういうことだと思います。 だから、非常に「何もしてない画」が多い というふうに思います。 |
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糸井 | 何もしてないかのように、何もしてない画。 | ||
周防 | はい。 | ||
糸井 | 草刈さん、それを観て いかがでしたか? |
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草刈 | 作品の記録用のビデオは山ほどありますが、 それとは全然違うし、劇場中継とも違います。 でも‥‥映画の撮り方も相談されちゃったし 「粗編集したのを観て」と言われて、 何回も編集につきあってしまったので‥‥。 |
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糸井 | あ、そうなんですか。 | ||
周防 | 踊りのチェックをしてもらいましたからね。 要するに、撮る角度って重要なんですよ。 |
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草刈 | ステップがどう美しく見えるか、 角度がちょっとでも違うと ぜんぜんだめなので。 |
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周防 | ぼくとしては、編集のリズムで、 こっちのほうがいいと思った画でも、 ダンサーにとっては違うというものもある。 最終的な判断は草刈に頼みました。 |
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草刈 | あと、音もずれてたよ。 | ||
周防 | そうですね。 素人はわかんないんですけど、 草刈やルイジは とにかく音のずれが気になる。 踊りとして完璧にしあげることは 編集の最後の最後までついてきました。 もちろん本番撮影のときも、 すべてダンサーのOKを取っていました。 ルイジから 「いまの踊りはこのアングルはいやだから、 あっちの角度のカメラを使ってくれ」 と言われたのもありました。 でも、編集のときに、どう考えても ルイジが「いやだ」と言った画のほうがいい、 という作品が出てきました。 そういうときには、草刈に相談します。 「ルイジだって、これを観たら絶対 こっちのほうがいいって言うから、 これでいいと思うよ」 と後押しをしてもらったりしました。 ダンサーを尊重したいので、 そこで頼るのは草刈しかいなかったんです。 |
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糸井 | ルイジさんの判断とずれるというのは 具体的にはどういったことなんですか? |
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草刈 | バレエの動きだけ見ると、 ルイジの判断が正解になります。 例えばポーズ。 止まっている時間が長いポーズは 美しいほうがいい。 でも、映像は、 時間の流れで見ていくでしょう。 私のほうが映像は見慣れてるので、 そこはちょっとは判断できます。 ルイジさんが映画で観たらきっと こっちがいいと思うだろうし たぶん忘れてるんじゃないかぐらいの(笑)。 |
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周防 | 実際ルイジが本編を観たときは、 何の文句も出ませんでした。 忘れてたのかも(笑)。 |
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(つづきます) | |||
2011-07-05-TUE |