かっこいい、 草刈さんと周防さん。
第9回 いまぼくの心の中で、割れんばかりの拍手。
糸井 「俺は何もしないよ」という宣言は
簡単にできますもんね。
定点カメラを舞台に据えちゃえば、
舞台中継と同じやり方で
「これなら何もしてません」と
言うことはできます。
でも、それも「意図」なんですよね。
周防 ええ、そうですね。
糸井 じゃあ、周防さんが第2部の撮り方について
あそこまで行ったのには
理由がありますね?
周防 それは15年間の取材に尽きると思います。
糸井 15年間。
周防 バレエは劇場芸術です。
正面に座っているお客さんに向けて
振りつけられてるし、
ダンサーもそっちに向けて踊っています。

一方、映画のカメラは自由です。
だからといって、
「どうだ、こんな画、見たことないだろう」
と、真後ろに入ったりすると‥‥
糸井 だめですね。
周防 ええ、やっぱり違う。
そういうふうにして
バレエを崩したくなかったんです。
でも、正面が基本だからといって
定点で撮っておけば、
ほんとうにぼくらが劇場で観る
バレエになるのかというと‥‥
糸井 ならない。
周防 ならないでしょう?
お客さん、定点で観てないんですよ。
糸井 観てない。意思が働いてますから。
周防 しかも、その意思が働く瞬間に
「あ、いまこんなふうにカット割りした」
ということを
意識させないようにしないといけないんです。
糸井 そうだね。
周防さん、ほんとにすごいね。
周防 だから、自分がお客さんになって、
いま何が見たいかという
その欲望に素直に従うしかない。
「どうだ、すげぇだろう」と、
カメラワークで引っ張るんじゃなくて、
バレエのここが観たいというところに従って
純粋にカメラを動かす。
逆に言うと、その「観たい」がなかったら、
カメラは正面でいいんです。
15年間バレエを観てなかったら、
その境地になってないと思います。
糸井 できないでしょうね。
周防 もうひとつ、これができた理由があって‥‥
それはこのバレエが、チャップリンの映画を
もとにしているということです。
チャップリンの映画は、
サイレント(無声)でスタートしています。
チャップリンが自分で後から音楽をつけています。
音楽とアクション。それって、つまり
バレエと一緒なんですよ。

台詞は字幕で出るけど、
映画の中では
彼らの台詞は聞こえないわけです。
なおかつ、撮り方として、
昔の映画というのは
舞台表現からなかなか自由になれず、
「正面」がある画なんですよね。
糸井 そうなんですよね。チャップリンかぁ。
周防 そしてアクションは、ワンカットの中で
完結させるような動きが多い。
チャップリンは特にそうです。ごまかさない。
そうすると、バレエとチャップリンの表現って
違和感がないんですよ。
劇場で観るバレエと
チャップリンの映画は、見え方がけっこう近い。
だとするとぼくは、
チャップリンの映画から発想して
このバレエを撮ることができるのではないか。
糸井 パチパチパチ(拍手)、おぉー!
いまぼくの心の中で、割れんばかりの拍手。
草刈 (笑)
周防 バレエのシーンで
カメラが真俯瞰に入っているところが
2カットあります。
上から観たほうがきれいだろうという意図も
もちろんあるんですが、
チャップリンも、映画の『ライムライト』で
上からバレリーナを見ているカットがある。
この作品のときには上から入ってもいいんだ、
という気持ちになるし、
上から入ることが、チャップリンの映画に対する
オマージュにもなって、
素直にカメラを持っていけるんです。

細かいカット割りやCGを使う
自己主張でではなくて、
目の前で起きているアクションそのものを
壊さないようにどう撮るか、
そういうことだと思います。
だから、非常に「何もしてない画」が多い
というふうに思います。
糸井 何もしてないかのように、何もしてない画。
周防 はい。
糸井 草刈さん、それを観て
いかがでしたか?
草刈 作品の記録用のビデオは山ほどありますが、
それとは全然違うし、劇場中継とも違います。
でも‥‥映画の撮り方も相談されちゃったし
「粗編集したのを観て」と言われて、
何回も編集につきあってしまったので‥‥。
糸井 あ、そうなんですか。
周防 踊りのチェックをしてもらいましたからね。
要するに、撮る角度って重要なんですよ。
草刈 ステップがどう美しく見えるか、
角度がちょっとでも違うと
ぜんぜんだめなので。
周防 ぼくとしては、編集のリズムで、
こっちのほうがいいと思った画でも、
ダンサーにとっては違うというものもある。
最終的な判断は草刈に頼みました。
草刈 あと、音もずれてたよ。
周防 そうですね。
素人はわかんないんですけど、
草刈やルイジは
とにかく音のずれが気になる。

踊りとして完璧にしあげることは
編集の最後の最後までついてきました。
もちろん本番撮影のときも、
すべてダンサーのOKを取っていました。

ルイジから
「いまの踊りはこのアングルはいやだから、
 あっちの角度のカメラを使ってくれ」
と言われたのもありました。
でも、編集のときに、どう考えても
ルイジが「いやだ」と言った画のほうがいい、
という作品が出てきました。
そういうときには、草刈に相談します。
「ルイジだって、これを観たら絶対
 こっちのほうがいいって言うから、
 これでいいと思うよ」
と後押しをしてもらったりしました。
ダンサーを尊重したいので、
そこで頼るのは草刈しかいなかったんです。
糸井 ルイジさんの判断とずれるというのは
具体的にはどういったことなんですか?
草刈 バレエの動きだけ見ると、
ルイジの判断が正解になります。
例えばポーズ。
止まっている時間が長いポーズは
美しいほうがいい。
でも、映像は、
時間の流れで見ていくでしょう。
私のほうが映像は見慣れてるので、
そこはちょっとは判断できます。
ルイジさんが映画で観たらきっと
こっちがいいと思うだろうし
たぶん忘れてるんじゃないかぐらいの(笑)。
周防 実際ルイジが本編を観たときは、
何の文句も出ませんでした。
忘れてたのかも(笑)。
(つづきます)
2011-07-05-TUE
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HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN