高橋 | ちょっと話は変わりますけど、 人間の赤ん坊というのは、非常に幼若ですね。 |
糸井 | 幼若というのは‥‥。 |
高橋 | ヒヨヒヨの赤ちゃん。 つまり、親がエサをとってきてあげたり、 いろいろ世話しないと、生きられない。 |
糸井 | なるほど、 生まれてすぐ歩き出せる動物などに比べて、 「幼く若い」‥‥と。 |
高橋 | 動物のなかでは、きわめて珍しいんです。 |
糸井 | そうか、そう言われてみれば。 |
高橋 | そのむかし、四本足で歩いていた状態から 進化の過程で 「二足歩行」するようになったわれら人間は 母親の「産道」と「重力の方向」とが 一致することになりました。 |
糸井 | ええと‥‥はい。 二本足で立ってますから、そうですね。 |
高橋 | そのために、赤ちゃんの頭部がまだ小さく、 はたらきが未完成のまま、 産まれるようになっていったんです。 これが「産児の幼若化」の意味するところで。 |
糸井 | つまり、大きな赤ちゃんを産めなくなったと。 |
高橋 | そういうことです。 そして、 そういった幼若な赤ちゃんを育てるには、 父親が「子育てのヘルパー」の役割をつとめる 「一夫一婦制」が、最適なんです。 |
糸井 | 一夫多妻だと‥‥。 |
高橋 | 他の大型哺乳類では「ハーレム型繁殖」が 基本的な生殖戦略です。 つまり1頭のオスと、数十頭のメスとが いわゆる「ハーレム集団」を形成します。 その場合、子育てをするのは母親だけになる。 |
糸井 | 父親、ひとりですもんね。 |
高橋 | だから、子どもが幼若だとダメなんです。 一夫多妻制の場合には。 |
糸井 | つまり、大きな子どもが産まれてくるわけだ、 他の‥‥なんですか、「大型哺乳類」では。 |
高橋 | 進化の過程で言語能力を獲得し、 脳容量が増大したこととも関係するんですが、 人間は、 二足歩行するようになって幼若化した産児を 育てていくために、 例外的に一夫一婦制を採用しているんです。 |
糸井 | なるほど‥‥なるほど。 |
高橋 | ヒト以外で、一夫一婦制をとっている動物に 「鳥類」があるんですけどね。 |
糸井 | ええ。 |
高橋 | それも、飛べないヒナを数カ月で飛べるように、 つまり、短期間で 親鳥と同じような身体にまで育てるためには、 エサを運んだりなど、父親が 「子育てのヘルパー」とならざるをえないから。 |
糸井 | 一夫一婦制をとってると。 |
高橋 | この話を聞いたある人がね、 「いやあ、人間より鳥のほうが、ぜんぜん‥‥」。 |
糸井 | 仲がいい? |
高橋 | 「倫理的ですな」と、こう言うわけ(笑)。 |
糸井 | 「浮気もしないで」と(笑)。 |
高橋 | そうそう。 鳥類の場合には、 遺伝的にうまく組み込まれてるんだろうと 考えられるわけですが‥‥。 |
糸井 | ええ。 |
高橋 | われわれの一夫一婦制には、違反が多い。 |
糸井 | はい、そうですね。 |
高橋 | したがって、遺伝的に組み込まれてるとは、 とても思えませんし、 私自身も個人的にはね、別にこういう‥‥。 |
糸井 | いろんなこと考えてる?(笑) |
高橋 | いや(笑)、あのう、といいますか、 一夫一婦制じゃなきゃ耐えられないなどとは‥‥。 |
糸井 | 先生!(笑) |
高橋 | いやぁ、客観的にも思えませんからね、 ぼくらの場合は「習慣」なんです。 だから結婚式なんてものを盛大にやるのも、 一夫一婦制を‥‥。 |
糸井 | のっぴきならなくするために(笑)。 |
高橋 | そう。ああして、非常に大きな投資をしている。 |
糸井 | なるほどなぁ。 |
高橋 | つまり、本能的に組み込まれていることと 人間の社会的な習慣が 一致しないことなんてたくさんあるんです。 |
糸井 | ええ‥‥はい。 |
高橋 | たとえば、むかしは お父さんが食卓に座るまでは、ごはんはおあずけ。 本能的には、そんなこと組み込まれてませんが 結果として そういう「秩序」をつくっておいたほうが、 「家庭」という小さな社会が 崩壊しにくいだろうという、工夫なんですよね。 |
糸井 | じゃあ、仕事をもつお母さんが増えてるのって、 父親中心の「家庭」という社会に、 かなりの影響を与える‥‥ということですか? つまり、 エサを取ってきて家族に感謝される役割を 母親も担うことになるから。 |
高橋 | そうだと思います。 |
糸井 | ますます「父親」とか「男」って 「表札」みたいな存在になっていくのかなぁ。 |
高橋 | 原始時代、危険のともなう狩りに出ていった父親が、 3日ぶりに帰ってきた、と。 それを見たお留守番のお母さんと子どもは、 大よろこびしますね。 なにしろ、3日ぶりに、エサが食べられるわけです。 |
糸井 | うれしかったでしょうねぇ。 |
高橋 | そういう世界では、お父さんは尊ばれます。 |
糸井 | ええ、ええ。 |
高橋 | でも現代の、紙っぺらの「給料明細」なんてのは、 母親にはともかく、 子どもにしてみたら「エサ」には見えないんです。 |
糸井 | しかも、そんな紙なら、母親ももらってくるし。 |
高橋 | さらに今は、近所にコンビニが乱立しています。 そんなものがない時代には お金はあっても、 今ほど気軽に、食べ物を買うことができなかった。 だからこそ、むかしの子どもたちは、 千鳥足のお父さんが ブラさげて帰ってくる折詰のお寿司が、 すごくうれしい「エサ」に見えたわけですよね。 |
糸井 | そうですね。 |
高橋 | でも今は、エサ‥‥つまり給料は銀行振込だわ、 近所にコンビニもあって 食べ物を得るにも、ぜんぜん困らないわで‥‥。 |
糸井 | ええ、ええ。 |
高橋 | ようするに、これまで関係ないようなことを 長々としゃべってきて、 いったい何が言いたかったと申しますと‥‥。 |
糸井 | はい(笑)。 |
高橋 | エサを取ってくる父親の影響力の低下、 いつでも、何でも、好きなだけ食べられる環境、 そういう現代的な条件が重なって、 親子関係や家庭生活が、崩壊していくとしたら? |
糸井 | ああ‥‥。 |
高橋 | 肥満が見られる家庭では 親子関係がうまくいってないんじゃなかろうか、 家族生活が崩壊している家庭では 肥満している人が、多いんじゃないだろうかと、 われわれは、いま、 そういう仮説を、立てているんです。 |
<つづきます> | |
2010-10-13-WED |