第4回 肥満が家庭を崩壊させる?

高橋 ちょっと話は変わりますけど、
人間の赤ん坊というのは、非常に幼若ですね。
糸井 幼若というのは‥‥。
高橋 ヒヨヒヨの赤ちゃん。

つまり、親がエサをとってきてあげたり、
いろいろ世話しないと、生きられない。
糸井 なるほど、
生まれてすぐ歩き出せる動物などに比べて、
「幼く若い」‥‥と。
高橋 動物のなかでは、きわめて珍しいんです。
糸井 そうか、そう言われてみれば。
高橋 そのむかし、四本足で歩いていた状態から
進化の過程で
「二足歩行」するようになったわれら人間は
母親の「産道」と「重力の方向」とが
一致することになりました。
糸井 ええと‥‥はい。
二本足で立ってますから、そうですね。
高橋 そのために、赤ちゃんの頭部がまだ小さく、
はたらきが未完成のまま、
産まれるようになっていったんです。
これが「産児の幼若化」の意味するところで。
糸井 つまり、大きな赤ちゃんを産めなくなったと。
高橋 そういうことです。

そして、
そういった幼若な赤ちゃんを育てるには、
父親が「子育てのヘルパー」の役割をつとめる
「一夫一婦制」が、最適なんです。
糸井 一夫多妻だと‥‥。
高橋 他の大型哺乳類では「ハーレム型繁殖」が
基本的な生殖戦略です。

つまり1頭のオスと、数十頭のメスとが
いわゆる「ハーレム集団」を形成します。

その場合、子育てをするのは母親だけになる。
糸井 父親、ひとりですもんね。
高橋 だから、子どもが幼若だとダメなんです。
一夫多妻制の場合には。
糸井 つまり、大きな子どもが産まれてくるわけだ、
他の‥‥なんですか、「大型哺乳類」では。
高橋 進化の過程で言語能力を獲得し、
脳容量が増大したこととも関係するんですが、
人間は、
二足歩行するようになって幼若化した産児を
育てていくために、
例外的に一夫一婦制を採用しているんです。
糸井 なるほど‥‥なるほど。
高橋 ヒト以外で、一夫一婦制をとっている動物に
「鳥類」があるんですけどね。
糸井 ええ。
高橋 それも、飛べないヒナを数カ月で飛べるように、
つまり、短期間で
親鳥と同じような身体にまで育てるためには、
エサを運んだりなど、父親が
「子育てのヘルパー」とならざるをえないから。
糸井 一夫一婦制をとってると。
高橋 この話を聞いたある人がね、
「いやあ、人間より鳥のほうが、ぜんぜん‥‥」。
糸井 仲がいい?
高橋 「倫理的ですな」と、こう言うわけ(笑)。
糸井 「浮気もしないで」と(笑)。
高橋 そうそう。

鳥類の場合には、
遺伝的にうまく組み込まれてるんだろうと
考えられるわけですが‥‥。
糸井 ええ。
高橋 われわれの一夫一婦制には、違反が多い。
糸井 はい、そうですね。
高橋 したがって、遺伝的に組み込まれてるとは、
とても思えませんし、
私自身も個人的にはね、別にこういう‥‥。
糸井 いろんなこと考えてる?(笑)
高橋 いや(笑)、あのう、といいますか、
一夫一婦制じゃなきゃ耐えられないなどとは‥‥。
糸井 先生!(笑)
高橋 いやぁ、客観的にも思えませんからね、
ぼくらの場合は「習慣」なんです。

だから結婚式なんてものを盛大にやるのも、
一夫一婦制を‥‥。
糸井 のっぴきならなくするために(笑)。
高橋 そう。ああして、非常に大きな投資をしている。
糸井 なるほどなぁ。
高橋 つまり、本能的に組み込まれていることと
人間の社会的な習慣が
一致しないことなんてたくさんあるんです。
糸井 ええ‥‥はい。
高橋 たとえば、むかしは
お父さんが食卓に座るまでは、ごはんはおあずけ。

本能的には、そんなこと組み込まれてませんが
結果として
そういう「秩序」をつくっておいたほうが、
「家庭」という小さな社会が
崩壊しにくいだろうという、工夫なんですよね。
糸井 じゃあ、仕事をもつお母さんが増えてるのって、
父親中心の「家庭」という社会に、
かなりの影響を与える‥‥ということですか?

つまり、
エサを取ってきて家族に感謝される役割を
母親も担うことになるから。
高橋 そうだと思います。
糸井 ますます「父親」とか「男」って
「表札」みたいな存在になっていくのかなぁ。
高橋 原始時代、危険のともなう狩りに出ていった父親が、
3日ぶりに帰ってきた、と。
それを見たお留守番のお母さんと子どもは、
大よろこびしますね。
なにしろ、3日ぶりに、エサが食べられるわけです。
糸井 うれしかったでしょうねぇ。
高橋 そういう世界では、お父さんは尊ばれます。
糸井 ええ、ええ。
高橋 でも現代の、紙っぺらの「給料明細」なんてのは、
母親にはともかく、
子どもにしてみたら「エサ」には見えないんです。
糸井 しかも、そんな紙なら、母親ももらってくるし。
高橋 さらに今は、近所にコンビニが乱立しています。

そんなものがない時代には
お金はあっても、
今ほど気軽に、食べ物を買うことができなかった。

だからこそ、むかしの子どもたちは、
千鳥足のお父さんが
ブラさげて帰ってくる折詰のお寿司が、
すごくうれしい「エサ」に見えたわけですよね。
糸井 そうですね。
高橋 でも今は、エサ‥‥つまり給料は銀行振込だわ、
近所にコンビニもあって
食べ物を得るにも、ぜんぜん困らないわで‥‥。
糸井 ええ、ええ。
高橋 ようするに、これまで関係ないようなことを
長々としゃべってきて、
いったい何が言いたかったと申しますと‥‥。
糸井 はい(笑)。
高橋 エサを取ってくる父親の影響力の低下、
いつでも、何でも、好きなだけ食べられる環境、
そういう現代的な条件が重なって、
親子関係や家庭生活が、崩壊していくとしたら?
糸井 ああ‥‥。
高橋 肥満が見られる家庭では
親子関係がうまくいってないんじゃなかろうか、
家族生活が崩壊している家庭では
肥満している人が、多いんじゃないだろうかと、
われわれは、いま、
そういう仮説を、立てているんです。
  <つづきます>
2010-10-13-WED