第5回 できない=方法がない。

──
おもしろいので、もうすこし、
心理学とスポーツの関係性について
聞かせていただけますか。
西條
そうですね‥‥たとえば、
ガチガチに緊張している人に向かって
「緊張するな!」と言うのはご法度です。
──
いかにも言ってしまいそう‥‥なぜですか。
西條
その言葉をかけることで
かえって「緊張」にフォーカスさせてしまう。

「緊張するな」と言われたら
「いま、自分は緊張しているのかどうか」
が気になって
どんどんプレーに集中できなくなります。
──
まさしく「逆効果」であると。
西條
同じように「集中しろ」という言葉も、
集中する方法を熟知して
自分をコントロールできる人には
有効かもしれないけど、
その他大勢の、
集中する方法をマスターしていない人には
意味がないですよね。

「勝て!」と言っているようなものです。
──
無理な注文だってことですね。
西條
それに、必死な形相で
何度も「集中しろ、集中しろ!」なんて言われたら
「俺、そんなに集中できてないんだ‥‥」
と自信をなくしてしまいます。
──
じゃあ、どうすればいいんですか?
西條
何より「現状肯定」だと思います。

仮にサーブが入らなかったとしても、
少しでもいいところを見つけて
「いいよ、いいよ!
 さっきより、よくなっているよ!」
と、声をかけてあげる。

「その調子! 次は入るよ!」

で、入ったら
「いいね! どんどん集中できてきてるよ!」
といった感じで。
──
そうすることで
本来の実力を引き出してやるわけですか。
西條
あと、マッチポイントのような場面では
勝っているにも関わらず、
緊張してしまうことってありますよね?
──
あ、それ、見ている側も同じです。

自分の応援しているチームや選手が
マッチポイントを取ったら、
逆に追い詰められてる感じがしたり。
西條
甲子園の高校野球なんかでも
9回裏の守備で
「あと一球、あと一球」とか言ってたら
ホームラン打たれちゃったり。
──
極端な場合には
それまでノーヒットノーランだったのに
サヨナラ負けしたりとか。
西條
マッチポイントを取っているということは、
自分の実力が相手より上で、
試合をリードしてきた結果ですから
基本的には、
「いつもどおりにプレーすれば勝つ」はず。
──
勝ってるってことは「相手より強い証拠」だと。
西條
なのに「いつもどおりに」ができなくなる。

それは「あと一球」と思った時点で
「いつもどおり」じゃなくなってるから。
──
ああー‥‥精神状態が。なるほど。
西條
1ポイントは1ポイントなのに、
わざわざ
「最後の1ポイント」という「特殊な得点」に
仕立て上げているんです。
──
自らすすんで。なるほどー。
西條
そういうときは
「あと10ポイント取ってやる」と思って
プレーするのがいいと思います。
──
「最後の1ポイント」を、
「ただの1ポイント」に戻してやるんですね。
西條
ぼくは、このことを
世界のホームラン王・王貞治選手の逸話から
学んだんです。

王さんも
「あと1本打てばホームランの世界記録」
というところで、
ぜんぜん打てなくなってしまったらしいんです。
──
へえ、そうなんですか。
西條
でもそこで、合気道の師匠に
「あと1本と思うからダメなんだ。
 あと100本と思え」
と言われたその日に「ポーン」と打って
記録を達成したそうです。
──
「気の持ちよう」って、あるんですね。
西條
どんな考えを持つかによって、
結果がまったくちがってくるということの
たいへん、いい例だと思います。

実際、ぼくたちも、マッチポイントでは
「ここから10ポイント取るよ!」
と、選手に声をかけていましたから。
──
たしかに、甲子園などで
「9回裏」の雰囲気って独特ですもんね。

勝っているチームのピッチャーが
異様な感じに「のまれ」ちゃったりとか。
西條
「いつもどおりやろう」と思いながら
自分の心のなかで
「特殊な状況」にしちゃってるんです。

これはスポーツの試合にかぎらず、
高校・大学受験などでも
「いつもどうりやれば大丈夫だ、受かる」
と口では言いながら
やたら鉛筆の先を尖らせたり、
ふだんは持たないハンカチを持ったり。
──
朝からトンカツ食べたり‥‥。
西條
ぜんぜん「いつもどおり」じゃない。
──
テストにめちゃくちゃ備えてる。
西條
朝からそんなもの食べたら
試験中に胃もたれして大変ですよ(笑)。

チームの監督や両親など応援する人が
「いつもどおり!」と
必死の形相で声かけしている時点で
「いつもとちがう、特別なシーンなんだ」
と刷り込んでいるようなものです。
──
おもしろいなと思ったのは
身体的な動きが心に影響するんですね。

行動がいつもどおりじゃない‥‥とか。
西條
そうですね。そして、その心の状態が
「身体のパフォーマンス」へ返ってくる。
──
さっき、西條さんに教えていただいた
「雑念を振り払うために、頭を振る」
というのは、それを逆手に取って
身体の動きのほうから、
心をコントロールするやりかたですね。
西條
そう、おもしろいのは、
多くの選手に「敗因は何?」と聞くと
「精神的な要因」を挙げるのに、
ふだんの練習は技術的なことばかりで、
メンタル面のトレーニングを
技術面ほどには、やってないことです。
──
なぜでしょうか?
西條
まず「あいつは肝っ玉が据わっている」とか
「ノミの心臓」と言われるように
「精神の強さ」というのは「生まれつき」で
鍛えられる「技術」だと
思っていないからじゃないでしょうか。
──
あー、たしかに。無意識のうちに
「天賦のもの」だと思い込んでいたかも。
西條
だから、これからの指導者たる人は
みずから「メンタルトレーニングの方法」を学んで、
教えることが必須だと思います。

とくに、中学校や高校の部活動では、
安易な精神論を振りかざしたり、
集中できないことを
生徒のせいにしたりせずに、
きちんと「方法」を教えてほしいですね。
──
理知的に熱くなれ、と。
西條
まさに。

「Cool Head, Warm Heart」って
本当はそういう意味なんじゃないかと。
──
なるほど。
西條
それに、
「原理的に不可能」というケースを除けば、
「できないこと」というのは、
たいてい「実現するための方法がない」
ということですから。
──
「できない=方法がない」。
西條
はい。
──
方法さえ見つかれば、できる?
西條
そうです。
<つづきます>
2014-09-26-FRI