第10回 被災地支援にどう役立ったのか。

──
対立は回避すべきものとはいえ、
「無理やり仲良くする必要はない」と聞いて
ホッとする人も多いと思いますが
でも「棲み分けよう」と言ってもいられない
シビアなケースだって、ありますよね。
西條
あるでしょうね。

そのことは、構造構成主義が
とくに「医療現場で取り入れられている」ことと
関連があると思います。
──
聞かせてください。
西條
医療現場では「チーム医療」が大切だと、
よく言われることです。

これは、お医者さん、看護師さん、
理学療法士さん、作業療法士さん、
薬剤師さんなど
さまざまな分野の専門家がチームを組んで
治療に当たるものですが‥‥。
──
ええ。
西條
同じ「医療」に携わっているとはいえ、
それぞれ学問体系もちがうし、
専門によって、関心も少しずつズレているので、
ぶつかることが多いらしいんです。
──
へぇー‥‥。
西條
そうすると、ひとつのチームとして
うまく機能しなくなっちゃいますよね。

医療者の側の軋轢で
患者さんの病状に影響が出ては困るので
「棲み分けて」ではなく、
できる限り、仲良くやる必要があります。
──
患者的にも
「先生がた、仲良くしてくださいよ!」って
思いますよ。
西條
とは言っても、犯人は誰でもないですから
仲良くやる「方法」を
構造構成主義の理路を応用して考えようと。

それを先頭に立って進めているのが、
先ほどもお名前の出た、京極真さんなんです。
──
どうしたら
うまくチームを運営できるか‥‥という部分に
構造構成主義が取り入れられている?
西條
そうですね、現場の信念対立を解消して
チーム医療を促進するための
理論的、方法論的なツールとして
構造構成主義が、活用されているんです。
──
なるほど。では、東日本大震災でも
さまざまな対立が見られると思うんですが
構造構成主義は、
そういった問題を「前に進める」ためにも
有効なんでしょうか。
西條
はい。たとえば‥‥そうですね、
「震災遺構をめぐる信念対立」について。
──
被災した建築物を残すべきか、壊すべきか、
という議論のことですね。
西條
そのような「賛成か、反対か」の場合、
「まあまあ、ケンカしないで仲良くやろうよ」
と言ってみたところで
「賛成の人」と「反対の人」とでは
互いに肯定し合うのは、難しいですよね。
──
はい。
西條
互いが互いの考えを受け入れることができない、
というステージに立ったままでは
どれだけ議論したって、解決できないです。
──
かえって対立が先鋭化しそう。
西條
構造構成主義では、次のように考えます。

まず「価値判断の基点」となっているのは、
個々人の「関心」である。

つまり「よい/わるい」「賛成/反対」
といった価値判断は、
すべて、その人の「関心や目的」に応じて
立ち現れている‥‥と。
──
相手の価値判断のひとつ手前にある「関心」に
注目してみるんですね。
西條
そう。で、そうした個々人の「関心」って
何によって生じると思いますか?
──
その人の‥‥固有の経験、とか?
西條
そう。経験、とくに何かの「きっかけ」です。
──
関心のさらに手前が「経験」ですか。
西條
そこで、
「その価値判断の根本にある関心は何か?
 そして
 その関心が生まれたきっかけは、何か?」
と降りて考えていくんです。

言い換えれば
「自分と異なる価値判断をしている人は、
 どのようなきっかけから
 どのような関心を持って
 そのように判断しているのだろう?」
と問いを立ててみる。
──
そうすると?
西條
たとえば、Aさんは
ある震災遺構の保存に「反対」しています。

Aさんは
家族が、役所や学校などの建物で被災して
亡くなったという経験をしており、
建物を見ると辛いから
「解体すべきだ」と考えているんです。
──
はい。
西條
一方、保存に「賛成」しているBさんは、
家族を失ったことが
「過去の教訓を活かせなかった」ことに
起因していると考え、
悲劇を繰り返さないためにも
「建築物を残すことで未来の命を守りたい」
という「関心」を持つようになり、
「保存すべきだ」と考えています。
──
ええ。
西條
お互い、本当に辛い経験から
「賛成/反対」の基準が生まれていますから、
なかなか容易には妥協できないでしょう。

でも、少しだけ意識を向けてほしいのは
賛成の人も反対の人も、
どちらも<物語>を持っているということ。

そこを理解することが、非常に大切です。
──
物語‥‥ですか。
西條
相手の<物語>に思いを致すことで、
自他の価値判断の「相対化」につながります。

そうすれば、
少なくとも単純素朴な信念対立の状態からは
抜け出すことができると思うんです。
──
それまで絶対的だと感じていた
自分と相手の価値観をいちど「相対化」して
解決の糸口を探ると。
西條
相手の<物語>を理解できれば
相手は「絶対悪」ではなくなるんですよ。
──
対話の可能性を模索するってことですね。
西條
先ほど「教養」についての話題が出たので
ついでに言っておくと
最近、よく思うのは
「民主主義の機能は人々の教養に比例する」
ということ。
──
ほう。
西條
つまり「そもそも何のために」といった、
みんなが
「本質を問い質す思考」をする社会では、
理不尽な出来事って、格段に減ると思うんです。
──
具体的には、どういうことですか?
西條
たとえば、被災地の「防潮堤」問題についても
「復興の本質とは何か?」
「防災の本質とは何か?」
と問い質せば、おのずと方向性が見えると思う。
──
復興や防災の本質。‥‥何でしょう。
西條
復興の本質について言えば、
ぼくは、ひとつには「人口」だと思います。

さらに言うなら、
「人々が
 その土地に残りたいと思える魅力」を
備えられるかどうか、ということ。
──
人口と、その土地の魅力‥‥というのは
まさに表裏一体の関係ですね。
西條
防潮堤を「復興の一環」ととらえるならば
それを建設することで土地の魅力が増し、
そこに住む人や訪れる人が
増えていかなければならないはずです。
──
それが「復興の、目指すべき本質」であると。
西條
「防潮堤の建設で一時的に潤ったけれど
 30年後、
 住む人がいなくなってしまった」
という未来を望む人って、いないでしょう。
──
ええ。
西條
また、たくさんの津波被害を出した
石巻市の大川小学校のことを調査するなかで
「津波が来た!」
と聞いてもピンとこずに逃げなかった人って
たくさんいたのですが
「津波を<見て>逃げなかった」という人は
ひとりもいないんです。
──
見えたら‥‥逃げますもんね。
西條
つまり、津波を「見えるようにしておくこと」は
50年後、100年後に
「そんな津波がくるなんて、とても信じられない」
と思っている人でも「逃げる」ために
「本質的に」重要だということが、わかると思います。
──
なるほど。

本質を問い直す考え方がふつうの「教養」になれば
より「本質的」な意思決定をすることができる、と。
西條
どこまで実現されているかについては
議論の余地はありますが
考えかたとしての「男女平等」って
少なくともぼくらの世代では
「一般教養」以前の
「当たり前の感覚」になってますよね。
──
ええ、おおっぴらに異を唱える人って、
なかなかいないと思います。
西條
少なくとも、
「21世紀は男尊女卑だ」と主張する人は
軽蔑されてしかるべきだし、
誰からも結婚してもらえませんよ(笑)。
──
たしかに。
西條
でも、ほんの数十年前までは、
別に「当たり前」じゃなかったんです。

ぼくらの教養の水準が変わったんです。
──
そうして社会は、徐々に変わっていく。
西條
そう思います。

※参考‥‥この回で西條さんが話した考えかたの詳細は
西條・池田・京極編
思想がひらく未来へのロードマップ
所収の鼎談に詳しく載っています。
<つづきます>
2014-10-03-FRI