平野レミさんと、和田誠さんのことを話そう。 平野レミさんと、和田誠さんのことを話そう。
イラストレーター、映画監督、
グラフィックデザイナー、そしてエッセイストとして、
さまざまな活躍をした和田誠さんが
2019年10月に逝去されました。

糸井重里もほぼ日も、
和田さんにはとてもお世話になりましたが、
思い出を大きく語ることをしませんでした。
ご家族をはじめまわりのみなさんもほとんど、
そうしていたのではないかと思います。

あんなに偉大な仕事を数多くのこし、
憧れている人も感謝している人も山ほどいるのに、
みんなを大袈裟にさせない「和田さん」って
いったいどんな人だったの? 

いま、たっぷり話したいと思います。
平野レミさんといっしょに、和田誠さんのことを。
第4回 この部屋に置かないでね。
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糸井
もしかしたらほんとうは多くの人が
「かたくるしい式には行きたくないな」とか、
「自分のことでみんなに騒いでほしくない」なんて
思っているのかもしれません。



だけど、自分だけの考えではなんともならない。
ほかの人の意向を聞けばやっぱり
「葬式はちゃんと、大々的にやろう」ってことに
なっちゃう。
そういうことはわりと
「しょうがない、しょうがない」で
固まってしまってるんじゃないかな。



でも、和田さんの話を聞くと、
固まっているものなんてひとつもないんじゃないか
と思えます。



平野威馬雄さんといっしょに入ったというお墓にも
とても興味が出てきます。
横浜の外人墓地で、どんなお墓なんですか?
レミ
ええっとね、どう言えばいいのかな、
アーチがあってね、
囲むようにバラが植えられています。
大理石には「平野威馬雄 清子」って刻まれてます。
父と母。
清子という字も、うちの父の字なの。



その下に、もうひとつ別の言葉が
彫ってあるんですよ。
糸井
名前とは別に。
レミ
そう。私が結婚して、
父がはじめて新居に来たとき、
父が「はいよ、これ」って、ポイっと
一枚の色紙を渡してくれました。
「なにこれ?」と訊いても、父は
「いいんだ、なんだっていいんだ」
と応えるだけでした。
「詩なんていうのは、どう解釈したって
かまわないんだ、
いいんだいいんだ、なんだって」
そう言って、くわしい説明はしてくれませんでした。



そこに何が書いてあったかというと、
「風強ければ 神様は靴の踵に棲みたもう」
という言葉でした。
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糸井
風強ければ‥‥
レミ
神様は靴の踵(かかと)に棲(す)みたもう。



年月が経って、父もいなくなったとき、
父からもらったその言葉について、
こういうことかな、と思うようになりました。



結婚したらいろんなことがあって、
いつか悲しいことがあるかもしれない。
もしもそんなときが来たら、
「風強ければ」と思い出せ、と。
風が強ければ、
神様が靴のかかとにいて、君を支えて
倒れないようにしてくれているよ、ってね。
私はそんなふうに解釈したの。
その言葉が、お墓の大理石に彫ってあります。
糸井
へぇええ。
レミ
和田さんが父のお墓に入ることになったので、
その言葉を横っちょにどけて、
父と母の名前の隣に和田誠と入れました。
いつもの和田さんのフォントでね。
和田さんは牡羊座なので、
和田さんが描いた牡羊のマークもつけました。
あと、母もいずれ
このお墓に入りたいと言うので、
父の名前の横に「レミ」の2文字が
並ぶことを想定して、全体を設計しました。
「レミの文字を入れると、
お母さんも死んじゃったみたいだね」
なんて冗談を言いながら、
それを家族で何度も確認して‥‥。
それでもさきほどお伝えした
「誕生日間違い」が起きてしまった。
これはもう、父の仕業ですよ。
結果、みなさんをお呼びしたセレモニーが、
また、できなくなって。
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糸井
すごいなぁ‥‥ほんとうにすごい。
ことごとく大きなセレモニーを
開けなくしてますね。
和田さんは、誰にも取られなかったんだね。
和田さんの魂は誰も持っていけない。
それってちょっと聞いたことがないと思う。
ずっとそういう人だったんでしょうか。
レミ
うん、たぶんそうだと思う。
私達が結婚した頃の住まいは青山あたりで、
ちょうどいまのほぼ日がある場所の
ご近所だったんですよ。
ここから熊野神社に行く途中に、
和田さんの仕事場兼住居がありました。
ある日、私は自分のソックスを、
和田さんの仕事場の角っこに、
丸めて置いといたの、
糸井
変わった女の人ですね。
レミ
あ、ほんと? そう?
そう? そう?
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糸井
(笑)
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レミ
そしたら和田さんは、こう言いました。
「家庭のにおいのするものは、
この部屋に置かないでね」
そのとき、すっごくおっかなくてね。
糸井
おおおお。
レミ
言い方はやさしかったんだけど、
そのとき私は「ああー、きびしいーっ!」と思って
実家にすぐ電話しちゃった(笑)。



そうやって、和田さんは
仕事と家庭を分けてたんだと思う。
いまの会社にも
「おいでおいで」とは言わなかったし、
仕事のことはうちに絶対持ち込まなかった。



帰ってくれば、いつも「いいお父さん」。
茶碗洗ったり、ゴミ出しも、
枯れ葉のおそうじも、いつもやってくれた。
たまに子どもの幼稚園の送り迎えもして、
私が「ありがとう」なんて言うと、
「家庭はひとつのものなんだから、
誰がやろうといいんだ、
ありがとうなんて言うことないよ」
って。そういうふうな和田さんだったの。



でも、仕事場には私を連れてかないし、
仕事の話も一切しない。
糸井
そうかぁ。
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レミ
和田さんと結婚して6か月ぐらい経ったときに
私が書いた日記が
ついこのあいだ見つかったんです。
「今日から日記書こう!」なんていって、
新婚の私が書いてんですよ。



「結婚とは一心同体になるもんだと思っていたら、
とんでもなかった、大間違いだ。
仕事のときの和田さんのまわりには
ものすごい壁があって、
私はどうしても入れない。
和田さんはそんな世界を自分で持ってるんだから、
私も自分の世界を持たないと大変だ」
糸井
うわぁ、若いときのレミさんが、
そんなふうに。
レミ
そうですよ。
それでね、おっかしいの、
日記というのはずっと書くもんでしょ。
三日坊主っていうけど、
その日記帳を見たら、
私ほんとに3日でやめてるのね。
写真
糸井
(笑)重大なことを1回だけ書いて! 
レミ
夫婦は一心同体じゃなかった、
それだけをとにかく書きたかったんでしょうね。
あれにはびっくりしちゃったなぁ。
糸井
和田さんと暮らしはじめてすぐにわかって、
自分もそうしようと思ったんですね。
レミ
そうなんです。
結婚したての頃の私は、料理もやってなくて、
ただの「和田誠さんの女房」だったんです。



その頃、取材で
「和田さんにいつもどんなお料理を作ってますか」
なんて、よく質問されました。
いつもこんな料理を出してます、と、
ふだんのメニューを紹介していました。



それを聞いて、なんとなくみなさんが
「レミさんの料理は簡単でうまい」
なんて言ってくれちゃって。
それがきっかけだったんですよ。
そこからこんなふうになっちゃった。



自分も世界を作らなきゃ、と思ってたんだけど、
「こうするといいよ、ああするといいよ」って
和田さんがずいぶん助けてくれました。
私の文章をいつも直してくれたり。
包まない餃子のことを
「怠慢餃子」って名前にしようと思ったら、
中華風に「台満餃子」って直してくれたりね。
和田さんが考えてくれたレシピ名はたくさんあって、
便利で便利で、ありがたかったですねぇ。
写真
(明日につづきます)
2020-09-04-FRI
和田誠さんの「ほぼ日手帳2021」
2021年のほぼ日手帳のラインナップには
和田誠さんのイラストレーションをデザインした
カバー「時を超える鳥」と
weeks「星座を抱いて」が仲間入りしています。



「時を超える鳥」は、
和田さんが1977年より描きつづけている
「週刊文春」の表紙絵の第1作。
コンセプトは「表紙は読者へのおたより」です。
写真
「星座を抱いて」は、
2002年11月7日号の表紙絵。
和田さんが400年前の星座図を参考に
描いたものだそうです。
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和田誠さんのほぼ日手帳について、
くわしくは「ほぼ日手帳2021」のページ
ごらんください。

また、40年以上にわたって描かれている
「週刊文春」の表紙絵の初期作品をあつめた画集
『特別飛行便』も、ほぼ日ストアで販売しています。
※『特別飛行便』は完売いたしまして、再販売はございません。
(9月2日追記)
和田誠さんの
メッセージカードが届きます。
このコンテンツへの感想や、
和田さん、レミさんにむけたメッセージを
ぜひ「往復はがき」でお寄せください。
返信はがきに和田誠さんのスタンプ
(生前にご自身で作られたものと、
今回のために和田さんのイラストレーションで
和田さんのご家族とほぼ日が作成したもの、
ふたつのスタンプを捺します)
の返信はがきをお送りいたします。
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※往復はがきとは、
往信と返信がつながったはがきです。
必ず「往信」と「返信」の両方の宛先をご記入ください。
返信の宛先が未記入の場合、
スタンプを捺したはがきはお手もとに返ってきません。
ポストに投函するときには、
往信の宛名が外側になるようにふたつ折りにしてください。
往信はがきの裏面には、ぜひコンテンツの感想や
和田さん、レミさんへのメッセージをお書きください。
<ご注意>返信はがきの裏面には何も書かないでください。



※いただいたはがきの内容は、
平野レミさん、ご家族、ほぼ日が拝見します。
ほぼ日刊イトイ新聞で内容を公開することがあります。
返信はがきに記載された個人情報は、
はがきを返信するためにのみ使用します。



※返信はなるべくはやめに
お出しするようにいたしますが、
みなさまからいただく数によっては
時間をいただくことがあります。
また、郵便事情等による不配につきましては、
責任を負うことはできかねます。
どうぞご了承ください。
往信の宛先:

107-0061

東京都港区北青山2-9-5-9階

株式会社ほぼ日

平野レミ様



返信の宛先:

ご自身の住所、お名前



締め切り:

2020年10月7日消印有効