谷川俊太郎 × 松本大洋   詩人と漫画家と、絵本。   『かないくん』をつくったふたり。     谷川俊太郎さんが一夜で綴り、 松本大洋さんが二年かけて描いた絵本、 『かないくん』ができあがりました。 絵本をつくるにあたって、 ふたりは直接顔を合わせませんでした。 ぜんぶの作業が終わったこの日、 物語を書いた詩人と、絵を描いた漫画家が、 はじめてのような、旧知のような、 不思議な挨拶を交わしました。 そして、絵本について、お互いのことについて 深く、長く、ことばを交わしました。 谷川俊太郎さんと、松本大洋さん。 わくわくするような顔合わせの対談を たっぷりとお届けします。
 
#2 一夜で綴り、二年かけて描いた。
 

── 2年前、2011年の11月に、
糸井が谷川さんのご自宅におじゃまして、
こういう絵本をつくりたいとお話ししたのが
『かないくん』のはじまりでした。
そのとき、「死」というテーマが出たわけですが
谷川さんはどう受け取られましたか?
谷川 ぼくは、わりと若いころから、
「死」についての詩を書いてるんですよ。
なにか、「死」というのは、
すごく身近な話題という感じがしてね。
「死」についての絵本というのも
前に書いたことがあったものですから、
それとは違うものを書きたいと思いました。
できれば、ちゃんとお話があるものにしたかった。
そう思って書きはじめたんですが、
いつどういうふうに書けたんだか、
もう憶えてないんですよ(笑)。
なんか、わりと苦労しないで
書けたんだろうと思うんですけど。
── そううかがいました。
書きあげたのは一日だったと。
谷川 そうかもしれません。
── 一日で書いて、
しばらく寝かせておいたということで、
原稿を渡されたときに
「じつはずいぶん前に書いてあったんだよ」
っておっしゃってました。
谷川 そうでしたね、たしかね。
── 谷川さんから原稿をいただいて、
絵を誰にお願いしようかということになりました。
そのころ、大洋さんに
『ボールのようなことば。』という
糸井の本の装画をお願いしていたこともあって、
大洋さんの名前が一番に出たんですが、
ご自身の連載(月刊IKKIで連載中の『Sunny』)が
お仕事の中心で、それ以外の仕事をする時間が
すごく限られてると知ってましたから、
おそらく、難しいだろうなと。
それでも、まずはお願いしてみようということで
ご相談したのですが、
やってみたいけどちょっと無理かもしれない、
というのが最初のお返事でしたよね。
松本 はい。
『ボールのようなことば。』は、
文庫本で、絵の点数も少なかったですし、
わりと気楽にできたんですけど、
絵本となると、やっぱり量が多いので。
最初にお話をいただいたときはすごくうれしくて、
できたらいいな、と考えていたんですが、
現実的に、絵本の絵を1冊分、
ぜんぶ描くということになると、
これは漫画の連載と同時にやれる仕事ではない。
絵本の仕事をまったくやったことがない、
という不安もありましたし。
それで、ほんとにやりたかったんですが、
最終的に「やらせていただきます」と
お返事するまでにすごく時間がかかってしまって。
谷川 やっぱり、絵本と漫画って、
そんなに違うんですか?
松本 そう思ったんですが、
結果的に、この絵本に関しては、
おんなじ筋肉を使った感じで描きました。
谷川 ああ、なるほど。
松本 でもやっぱり、やる前は構えてしまいましたね。
こう、みっともない絵を
つくってしまうんじゃないか、
という恐怖がありました。
谷川 漫画と比べると絵本って、
コマが細かく分かれてないから、
そのぶん、1枚1枚の絵に力入れないといけない、
みたいな意識になるのかな。
松本 それはあったと思いますね。
漫画の絵は、純粋に「絵」というよりは、
作品を展開させていくための「部品」として
できあがっていく感じなので。
谷川 ああ、そうか。
松本 あんまり絵だけが際立っても、
それで漫画として心を打つものになるかっていうと
そうじゃない気もするので。
谷川 うん、うん。
松本 でも、絵本ということになると、
少しは「絵で見せたい」と思ってしまう。
かといって下手に構えたくもないし、という感じで
やっぱり、はじめる前は難しかったですね。
谷川 大洋さんの絵って、なんか、
タブロー(絵画作品)として見ても、
すごくいいと思うんだけど、
一枚の絵として売ったりなんかしないんですか。
松本 したことはないですね。
絵を描くことは、そうですね、
ここ10年くらいで、
やっとたのしくなってきた感じです。
やっぱり、漫画の部品として描いてきたので。
谷川 「漫画の部品」なんですね。
松本 はい。
でも、結果的に、描きはじめたら、
いい緊張感をもって描けました。
── 結果的に足かけ2年がかりの仕事になりました。
よく憶えているんですが、
大洋さん、仕事をお願いしたときに、
「ぼくが引き受けるとしたら2年かかります」って
最初におっしゃってたんですよ。
谷川 あ、ちゃんとわかってたんだ。
── はい。で、実際、そのとおりに。
実質的には、谷川さんの原作を
読んでいただいてから1年8ヵ月くらい。
松本 実際に手をつけてからは、
谷川さんのお話に寄り添っていく感じだったので、
助けられたといいますか、
あまり長さを感じなかったんですけど。
谷川 ご自分のマンガのときも、
それぐらい時間がかかるんですか。
松本 うーん、感覚的には、漫画よりもかかりましたね。
漫画のほうは、準備して、連載をはじめて
お話が転がりはじめてしまうと
どんどん進んでいく感じがあるので。
谷川 準備する段階でどこまで準備するの?
つまり、プロット的には終わりまで考えてしまう?
松本 だいたいのあらすじを書いて、取材をして、
その段階で大筋は決めてますね。
最後の結末までは、はい。
谷川 結末まで。
松本 そうですね。
谷川 それが何年間の連載、
みたいなことを頭に入れてやるんですか。
松本 そうですね。だいたい、3、4年。
谷川 完全に長編小説的な準備をしてるんだな。
松本 でも、予定どおりにはいかなくて、
最近は、5巻ぐらいで終わらせればいいものを、
8巻にしてしまったりとか。
その、準備がたいへんなので、
歳を取ってくると、そういう傾向に。
谷川 え、歳を取ってくると、って、どういうこと?
松本 名残惜しくなるんですよね。
キャラクターたちと。
谷川 ああーー。
松本 だから、いま描いてる(『Sunny』の)子たちとも、
連載終わると、もう別れちゃうので‥‥。
このへんでもうやめたほうがいい、ってわかっても、
少し伸ばしちゃうっていう傾向にあります。
谷川 そうすると最初に考えたプロットとは
違うプロットになっていくの?
それとも、それがだんだん伸びていくの?
松本 伸びていくんです。
終わりは同じなんですけど。
谷川 ああ、ああ。
松本 話を増やしていってしまって、
少しでも別れを伸ばす感じになって。
だから、この『かないくん』も、
じつはすごく名残惜しかったですね。
谷川 そうですか(笑)。
松本 (表紙を見ながら)‥‥かない。
── そう、大洋さん、ラフを重ねるうちに、
「かないくん」のことを
途中から呼び捨てするようになったんですよ。
谷川 「かない」って(笑)?
── はい。打ち合わせしてると、
「このページの、かないがちょっと‥‥」
とかって、呼び捨てになって。
松本 そうなんですよね(笑)。
谷川 2年がかりで描いてると
そうなるのかもしれないね。
俺なんか書きっぱなしで申し訳ないな(笑)。
── いえ、谷川さんは
これを書くまでに82年かかっているともいえます。
谷川 ははははは。
いや、赤ん坊のときに詩は書いてませんから、
ま、60年くらいでしょ。
一同 (笑)


(つづきます)
2014-01-21-TUE
 
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