── |
『かないくん』の絵を描くのが
松本大洋さんに決まったとき、
谷川さんはどういう感じだったんですか。
|
谷川 |
やったぜ! ですよ。
|
一同 |
(笑)
|
── |
そこをちゃんとうかがったことがなかったので、
聞けてよかったです。
「やったぜ!」なんですね。
|
谷川 |
だって、工藤直子(詩人。大洋さんの母)の
息子がすごい、って前々から聞いてたからね。
なんか、フランスでも有名だ、とかさ、
無責任な噂が飛んでたから。
|
松本 |
(笑)
|
谷川 |
まぁ、そういうことはともかく、
やっぱり、大洋さんの絵って、
ほかのコミックの絵と
ぜんぜん違うとぼくは思うんですよね。
そういう人が絵を描いてくれるっていうことで
どうなるのかなって、
とってもたのしみでしたね。
あと、すぐに絵ができてこなくて、
長く待つのもよかった(笑)。
|
松本 |
ああ、すみません(笑)。
|
谷川 |
和田誠なんて早いからさぁ、
あっという間にできてきちゃう。
|
松本 |
(笑)
|
|
── |
谷川さんはこれまでに
たくさんの方と絵本をつくってこられましたが、
この『かないくん』という絵本は
これまでの本と比べて違いますか。
|
谷川 |
極めて違いますね。
|
── |
ああ、そうですか。どういうところが?
|
谷川 |
やっぱり絵がぜんぜん違うんですよ。
ほかの絵本と比べると、際立って、
なんていえばいいのかな、
‥‥リアルなんですよね。
絵本って、けっこう
リアルじゃないものが多いんですよね。
大洋さんの絵がものすごいリアリズムで
描かれてるわけじゃないんだけど、
そこにいる感じ、存在する感じが
すごくリアルなんですよ。
たとえば「子ども」にしても、
絵本って、わざと子どもっぽく描いたり、
もう、点と線で表現しちゃったり、
わざと人間を出さなかったり、
ちゃんと描かないことが意外に多いんですよ。
もちろん、抽象的な表現はあっていいんですが、
ここまでリアルに人が存在感をもって
描かれてる絵本って、じつはそんなにない。
|
松本 |
ああ、なるほど。
|
谷川 |
そういう意味では、『かないくん』は
具象的な絵本なんですよ、ぼくにとっては。
しかも、「講談社の絵本」みたいな
昔のリアリズムともまったく違う
っていうところがいいなぁと思って。
|
松本 |
よかったです。
じつは、最初、絵をどうしようか
けっこう悩んでいて、
カリカチュアっぽくというか、
デフォルメした絵にすることも考えたんです。
そういう、崩した絵もぼくは好きで、
実際に描いたりもするので。
ただ、絵本の世界には、
長新太さんとか、和田誠さんもそうですけど、
リアルではない方向性で、すばらしい絵を
描いてらっしゃる方がいっぱいいるので、
そういう絵に半端に影響されて
みっともないものをつくってしまったら
どうしようという不安もあって。
|
谷川 |
うん、うん。
|
|
松本 |
そしたら、糸井さんとお会いしたときに、
崩したりデフォルメしたりしないで
ふつうにリアルに描けばいいんじゃないかって
言ってくださって、
それですごくらくになったんです。
そこからは、まぁ、時間はかかりましたけど、
たのしくやれました。
あの、このお話って、
谷川さんは最初から絵本にするつもりで
書かれたわけですよね?
|
谷川 |
はい。
|
松本 |
だからだと思うんですけど、
すごく描きやすかったです。
なんというのかな、
絵を欲している文章だったから、
すごくやりやすかったです。
|
── |
谷川さんが書かれた原稿は、
ページごとにことばが割り振られてなくて、
その作業も大洋さんが担当されましたよね。
印象深かったのですが、
谷川さんのことばを
大洋さんがページごとに分けた途端、
全体に流れるタイム感のようなものが
大洋さんの作品っぽくなって、
それだけでおふたりの作品が
ひとつに溶けたような気がしました。
|
谷川 |
うん、そうですよね。そう思いました。
|
── |
その作業は、自然に、すんなりと?
|
松本 |
いえ、何回も試行錯誤しました。
その作業をしているあいだは、
毎朝、行きつけの喫茶店に行って、
コーヒーを飲んで、
ことばをいろんな場所で何回も分けて‥‥。
あと、全部の絵を描いたあと、
祖父江(慎)さんが
文字をレイアウトするときに
分け方をちょっと変えてくださって、
そこもいい効果になりました。
|
── |
そうでした。
|
谷川 |
場面ごとのことばの割り振りは、
すごく新鮮に感じましたね。
ぼくも、なんとなく場面を考えながら
文章を書いていた思うんですけど、
いい意味で、ぜんぜん印象が違いましたから。
|
松本 |
谷川さんは最初から自分でことばを
割り振ることも多いとうかがいましたが。
|
谷川 |
そうですね。
今回はやりませんでしたけど、
絵本の場合はやることもありますね。
|
── |
『かないくん』では、
ことばの割り振りもなく、
「こういう絵を」みたいな指示も
ほとんどありませんでしたね。
|
谷川 |
はい。
テキストを書いたら、やっぱり
絵描きさんがどう反応するかたのしみだから、
あんまり「こうやれ」とは
言いたくないんですよね。
|
── |
あと、谷川さん、原稿を渡してから、
けっきょく一文字も直されませんでしたね。
|
谷川 |
ねぇ。
書き上げて、そのあとしばらく、
いじったりしてましたが、
お渡ししてからは、そのままでしたね。
(つづきます) |
|