谷川俊太郎 × 松本大洋   詩人と漫画家と、絵本。   『かないくん』をつくったふたり。     谷川俊太郎さんが一夜で綴り、 松本大洋さんが二年かけて描いた絵本、 『かないくん』ができあがりました。 絵本をつくるにあたって、 ふたりは直接顔を合わせませんでした。 ぜんぶの作業が終わったこの日、 物語を書いた詩人と、絵を描いた漫画家が、 はじめてのような、旧知のような、 不思議な挨拶を交わしました。 そして、絵本について、お互いのことについて 深く、長く、ことばを交わしました。 谷川俊太郎さんと、松本大洋さん。 わくわくするような顔合わせの対談を たっぷりとお届けします。
 
#3 具象的な絵本。
 
── 『かないくん』の絵を描くのが
松本大洋さんに決まったとき、
谷川さんはどういう感じだったんですか。
谷川 やったぜ! ですよ。
一同 (笑)
── そこをちゃんとうかがったことがなかったので、
聞けてよかったです。
「やったぜ!」なんですね。
谷川 だって、工藤直子(詩人。大洋さんの母)の
息子がすごい、って前々から聞いてたからね。
なんか、フランスでも有名だ、とかさ、
無責任な噂が飛んでたから。
松本 (笑)
谷川 まぁ、そういうことはともかく、
やっぱり、大洋さんの絵って、
ほかのコミックの絵と
ぜんぜん違うとぼくは思うんですよね。
そういう人が絵を描いてくれるっていうことで
どうなるのかなって、
とってもたのしみでしたね。
あと、すぐに絵ができてこなくて、
長く待つのもよかった(笑)。
松本 ああ、すみません(笑)。
谷川 和田誠なんて早いからさぁ、
あっという間にできてきちゃう。
松本 (笑)
── 谷川さんはこれまでに
たくさんの方と絵本をつくってこられましたが、
この『かないくん』という絵本は
これまでの本と比べて違いますか。
谷川 極めて違いますね。
── ああ、そうですか。どういうところが?
谷川 やっぱり絵がぜんぜん違うんですよ。
ほかの絵本と比べると、際立って、
なんていえばいいのかな、
‥‥リアルなんですよね。
絵本って、けっこう
リアルじゃないものが多いんですよね。
大洋さんの絵がものすごいリアリズムで
描かれてるわけじゃないんだけど、
そこにいる感じ、存在する感じが
すごくリアルなんですよ。
たとえば「子ども」にしても、
絵本って、わざと子どもっぽく描いたり、
もう、点と線で表現しちゃったり、
わざと人間を出さなかったり、
ちゃんと描かないことが意外に多いんですよ。
もちろん、抽象的な表現はあっていいんですが、
ここまでリアルに人が存在感をもって
描かれてる絵本って、じつはそんなにない。
松本 ああ、なるほど。
谷川 そういう意味では、『かないくん』は
具象的な絵本なんですよ、ぼくにとっては。
しかも、「講談社の絵本」みたいな
昔のリアリズムともまったく違う
っていうところがいいなぁと思って。
松本 よかったです。
じつは、最初、絵をどうしようか
けっこう悩んでいて、
カリカチュアっぽくというか、
デフォルメした絵にすることも考えたんです。
そういう、崩した絵もぼくは好きで、
実際に描いたりもするので。
ただ、絵本の世界には、
長新太さんとか、和田誠さんもそうですけど、
リアルではない方向性で、すばらしい絵を
描いてらっしゃる方がいっぱいいるので、
そういう絵に半端に影響されて
みっともないものをつくってしまったら
どうしようという不安もあって。
谷川 うん、うん。
松本 そしたら、糸井さんとお会いしたときに、
崩したりデフォルメしたりしないで
ふつうにリアルに描けばいいんじゃないかって
言ってくださって、
それですごくらくになったんです。
そこからは、まぁ、時間はかかりましたけど、
たのしくやれました。
あの、このお話って、
谷川さんは最初から絵本にするつもりで
書かれたわけですよね?
谷川 はい。
松本 だからだと思うんですけど、
すごく描きやすかったです。
なんというのかな、
絵を欲している文章だったから、
すごくやりやすかったです。
── 谷川さんが書かれた原稿は、
ページごとにことばが割り振られてなくて、
その作業も大洋さんが担当されましたよね。
印象深かったのですが、
谷川さんのことばを
大洋さんがページごとに分けた途端、
全体に流れるタイム感のようなものが
大洋さんの作品っぽくなって、
それだけでおふたりの作品が
ひとつに溶けたような気がしました。
谷川 うん、そうですよね。そう思いました。
── その作業は、自然に、すんなりと?
松本 いえ、何回も試行錯誤しました。
その作業をしているあいだは、
毎朝、行きつけの喫茶店に行って、
コーヒーを飲んで、
ことばをいろんな場所で何回も分けて‥‥。
あと、全部の絵を描いたあと、
祖父江(慎)さんが
文字をレイアウトするときに
分け方をちょっと変えてくださって、
そこもいい効果になりました。
── そうでした。
谷川 場面ごとのことばの割り振りは、
すごく新鮮に感じましたね。
ぼくも、なんとなく場面を考えながら
文章を書いていた思うんですけど、
いい意味で、ぜんぜん印象が違いましたから。
松本 谷川さんは最初から自分でことばを
割り振ることも多いとうかがいましたが。
谷川 そうですね。
今回はやりませんでしたけど、
絵本の場合はやることもありますね。
── 『かないくん』では、
ことばの割り振りもなく、
「こういう絵を」みたいな指示も
ほとんどありませんでしたね。
谷川 はい。
テキストを書いたら、やっぱり
絵描きさんがどう反応するかたのしみだから、
あんまり「こうやれ」とは
言いたくないんですよね。
── あと、谷川さん、原稿を渡してから、
けっきょく一文字も直されませんでしたね。
谷川 ねぇ。
書き上げて、そのあとしばらく、
いじったりしてましたが、
お渡ししてからは、そのままでしたね。


(つづきます)
2014-01-22-WED
 
まえへ このコンテンツのトップへ つぎへ
 
感想をおくる ツイートする ほぼ日ホームへ
(c) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN