谷川俊太郎 × 松本大洋   詩人と漫画家と、絵本。   『かないくん』をつくったふたり。     谷川俊太郎さんが一夜で綴り、 松本大洋さんが二年かけて描いた絵本、 『かないくん』ができあがりました。 絵本をつくるにあたって、 ふたりは直接顔を合わせませんでした。 ぜんぶの作業が終わったこの日、 物語を書いた詩人と、絵を描いた漫画家が、 はじめてのような、旧知のような、 不思議な挨拶を交わしました。 そして、絵本について、お互いのことについて 深く、長く、ことばを交わしました。 谷川俊太郎さんと、松本大洋さん。 わくわくするような顔合わせの対談を たっぷりとお届けします。
 
#4 ぼくはよく憶えてます。
 
── 谷川さんの原作を持って、
絵のお願いに行ったとき、
大洋さんからうかがって驚いたのは、
「ずいぶん昔に谷川さんに会ってるんです」
というお話でした。
松本 おそらく、谷川さんは
憶えてらっしゃらないと思うんですが、
うちの母親(詩人の工藤直子さん)と
谷川さんが古くからの知り合いで、
何度か家にいらっしゃったことがあるんです。
谷川 そうらしいですね(笑)。
正直、そのときに彼がいたかもどうかも
はっきりしてないんです。
最初がどうだったかというのも、
ちょっとはっきりしなくて。
── 30年くらいの話ですものね。
松本 ぼくがかなり明確に憶えているのが、
世田谷区の東松原にあるマンションに
母とぼくが越してきたとき、
谷川さんがお祝いに来てくださったんです。
谷川 あ、ほんと?
松本 で、朝から、準備しているみんなが
すごくいそいそしてるんですよね。
谷川さんが来るっていうことで。
谷川 え、そうかなぁ(笑)。
松本 ぼくは正直、存じ上げなかったので、
その、みんながそうなってる状況が
ちっともわかってなかったんですが。
── 大洋さんが何歳ぐらいのときですか。
松本 中3の終わりか、高1のはじまりぐらいです。
谷川さんが来られて、
マオカラーの服を着てらっしゃって、
みんながはしゃいでいたのをよく憶えてます。
それからもときどき、谷川さんはいらっしゃって
ぼくもお会いさせていただいているんです。
なぜよく憶えているかというと、
うちの母はあまり友人を家に招かないんですね。
だから、谷川さんとか佐野(洋子)さんは
すごく例外的な存在だったんです。
谷川 そうでしたね。
松本 それで、ぼくはときどき谷川さんと
お会いしているんですけど、
印象的だったのは、谷川さんから
なんにも訊かれなかったことです。
たまにうちに来る人って、いちおう、
「いまクラブなにやってるの?」とか
「好きな子はいるの?」とか
儀礼的にでも、なにか訊いてくるんですよ。
でも、谷川さんにはなにも訊かれなかった。
谷川 ぼく、社交的じゃないからなぁ、あんまり。
一同 (笑)
松本 でも、なんていうのかな、
疎外されてるとか、邪魔にされてるとか、
そういう感じではないんです。
そういうことをそつなくこなすような
感じの方ではないんだなっていうのが
なんとなく伝わってくるというか。
それはそれで気持ちがいいというか。
かといって、質問されるのが
不愉快なわけではないんですけど。
だから、何度かお会いしているけど、
谷川さんときちんと会話した記憶というのが
ぼくにはなくて。
谷川 まぁ、当時、自分にも
年頃の男の子がいましたからね、
とくにめずらしがらなかったのかも
しれないんですね(笑)。
── あるいは、
表層的な会話をしてもいやだろうなと
大洋さんに気を遣ってらっしゃったとか。
松本 そうですね。
いや、だからこうして、
いま、ちゃんとお話しができて、うれしいです。
谷川 いや、ぼくもです。
松本 (笑)
谷川 いまはむしろ、
いろいろ訊きたいことがあるんだけど、
まぁ、話したくないこともあるでしょうし(笑)。
松本 うーん(笑)。
谷川 ぼくは大洋さんのお父さんにも
お会いしているから、ご両親のこととか、
子ども時代のこととかもお訊きしたいけど、
あんまりプライベートな話になってもね。
松本 まぁ、個人的には話したいです。
谷川 じゃ、(周囲の人たちに)ちょっとみんな、
いったん外に出てもらえる?
一同 (笑)
松本 あの、うちの父親は、谷川さんのことを
「自分の知っているなかで一番セクシーな男性だ」
って言ってました。
あんまり、人のことをセクシーだとか
言わない人なんですが。
── へぇー。
谷川 え、ぼくは大洋さんのお父さんのことを、
すごく色っぽい人だなと思いますよ。
ちなみに、佐野洋子もそう思ってたみたい。
松本 ああ、そうですか。
うーん、まぁ、かっこよかったですよね。
谷川 すごくかっこよかった。
松本 そうだ、今日、オリーブを持ってきたんですよね、
谷川さんに。
谷川 オリーブ。
松本 おそらくぼくが一番最後にお会いしたとき、
谷川さんはお気に入りのオリーブを持って
うちにいらっしゃったんですよ。
それで、母にオリーブを渡しながら、
オリーブは星の数ほどあるけれども、
ほんとにおいしいオリーブっていうのは少なくて、
これはそのひとつだっておっしゃった。
谷川 うーん‥‥
どこのオリーブだったんだろうなぁ(笑)。
松本 イタリアだったと思います。
谷川 イタリー。
松本 ただ、当時、オリーブって
そんなにメジャーじゃなかったですよね。
20年以上前のことですから。
谷川 あのころは、そうですね、
いまほど人は食べてなかったね。
松本 今日持ってきたのは、
小豆島のオリーブなんです。
谷川 ああ、うれしいです。
松本 いまでもオリーブはお好きですか?
谷川 好きですね、はい。
だいたい常備してて、
切らさないようにしてますけど、
とくにこれでなきゃいやだ、
みたいなことはないんですよ。
適当に買うものですから、
当たり外れはありますけどね。
松本 ぼくはあれ以来、オリーブを見るたびに、
いつも谷川さんを思い出してるんですよ。
谷川 (笑)
── けっこう憶えてますね、大洋さんは。
いろんなことを。
松本 ぼくはよく憶えてます。
谷川 ぼくほんとに記憶力薄弱だから、
はじめて聞く話みたいでさ、
逆に、すごくおもしろいです。
あ、そんなことあったんだ、みたいな。
松本 そういうものかもしれないですね。
ぼくはよく憶えてます。
はじめてうちにいらっしゃるっていうときに、
うちの父がはしゃいでいたこととか。
父がこういうふうにはしゃぐんだな、
と思ったのを憶えていて。
谷川 なんで、そんなにはしゃいだんだろうね。
松本 ミーハー的なものだったかもしれないですけど、
たぶん、みんな、好きだったんだと思いますね、
谷川さんのことが。
谷川 (笑)


(つづきます)
2014-01-23-THU
 
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