谷川俊太郎 × 松本大洋   詩人と漫画家と、絵本。   『かないくん』をつくったふたり。     谷川俊太郎さんが一夜で綴り、 松本大洋さんが二年かけて描いた絵本、 『かないくん』ができあがりました。 絵本をつくるにあたって、 ふたりは直接顔を合わせませんでした。 ぜんぶの作業が終わったこの日、 物語を書いた詩人と、絵を描いた漫画家が、 はじめてのような、旧知のような、 不思議な挨拶を交わしました。 そして、絵本について、お互いのことについて 深く、長く、ことばを交わしました。 谷川俊太郎さんと、松本大洋さん。 わくわくするような顔合わせの対談を たっぷりとお届けします。
 
#5 死ぬとどうなるの。
 

谷川 いま、どのくらいのペースで仕事してるんですか?
松本 いまは、月刊連載をずっとやっていて、
6ヵ月間描いて、3ヵ月間休むという感じです。
連載を休んでいる3ヵ月の間は、
単行本用のカラーや連載の描きためをしたり、
今回の絵本のような仕事とか
そういう作業をやってますね。
谷川さんは、毎日書いてらっしゃるんですか?
谷川 うーん、創作する仕事よりも、
その周囲の事務仕事のほうに追われてますね。
松本 へぇー。
谷川 だから、それを逃れるために、
詩を書いてるみたいなところあるんですよ。
そういう意味では、
詩を書くのが昔と違ってたのしくなってきた。
松本 昔は詩を書くのが苦しかったんですか?
谷川 うん、やっぱり、
「子ども養うために書かなきゃ」
みたいな意識がどこかにあったんだけど、
いまはもう、子ども独立したし、
そういう意味ではたのしく書いてますね。
松本 はー、そうですか。
谷川 この絵本は「死」がテーマなんですけど、
自分が死ぬなんて考えます?
松本 子どものころのほうが、よく考えてたと思います。
こう、一回、そういう考えにとらわれると、
ずうっと考え続けてしまって。
いまなら、テレビを見たり、誰かと話したりして
頭を切り替えることができますけど、
子どものころって、一度とらわれると、
つかまれ続けてしまうので。
谷川 うん、うん。
松本 だから、この絵本を描いているときに、
死ぬことにとらわれていた
子どものころのことを、
すごく思い出してました。
谷川 そのころは、死ぬことが怖かった?
松本 怖かったですね。
だから、友だちがわーってみんなで
たのしく盛り上がってるようなときに、
ぼく、わざとひどいことを言ったりするんです。
「おまえら、いつか死ぬんやぞ」って。
谷川 ああー。
松本 「おまえら全員死ぬんや」って。
「おまえのおかんもおとんもみんな死ぬんや」
って言って、みんなを泣かせるんですよね。
谷川 思うだけじゃなくて、実際にそう言ってたの?
松本 はい。
自分の漫画にも描いたことがあるんですけど、
みんなが大笑いしてるのに
自分だけ死ぬのが怖くて、悲しくて、
みんなも巻き込みたくなるんです。
谷川 うん。
松本 何回やったかわかんないです。
そうすると、だいたいみんな
「おかんも死ぬ」って言うと泣くんです。
「おまえも死ぬ」っていうよりも。
谷川 本人よりも。
松本 はい、「おかん」のほうが。
谷川 ぼくはまさに、自分が死ぬよりも
お母さんが死ぬことのほうが怖かったんです。
だから、夜中にそっと障子開けて、
母が生きてるかどうか確かめたりしてた。
松本 へぇー。それ、すごいなぁ。
ぼくが憶えているのは、あるとき、
死ぬことにとらわれてしまって、
うちの母親に訊いたことがあるんですよ。
「人間はいつか死ぬんでしょ?」って。
そしたら、「死なない」って言ったんですよ。
谷川 ああ、直子さんだったら
そう言うかもしれないね。
松本 え? 死なないのか、みたいな(笑)。
谷川 (笑)
松本 でも、みんなに確認すると、
いや死ぬよ、って言うし、なんかでも、
ほんと、一縷の望みじゃないけど、
それを信じようとしてましたね。
うちの母はけっこうきっぱり
「死なない」って言いましたから。
「誰も死なない。
 お母さんも死なないし、
 おまえも死なない」って。
それを必死に小学校3年生ぐらいまで
信じようとしていた。
谷川 森崎和江さん(詩人)なんかは、
ぜんぜん違って、自分の子どもが
「死ぬのが怖い」って言ってきたときに、
抱きしめて一緒に泣くんですよね。
そういう答え方もあるけど、
でも、直子さんは決然と、
「死なない」って断言しちゃうんだね。
松本 そうですね。
でも、すぐにそう言ったわけではなくて、
やっぱり、悩んだんだと思うんです。
その答えが出るまでに、
しばらくかかったという記憶がありますから。
最初は、黙っちゃって。
谷川 ああ。
松本 ところがあるとき、怒ったように
「死なない」って言いはじめた。
谷川 考えてたんだろうね。
松本 そうですね。
だから、『かないくん』の絵を
描いていて思ったんですが、
ときどき、死ぬことを考えるというのが、
なんか、ちょっといいな、っていうか。
さびしくはなるんですけど、いいなと思って。
谷川 うん。
松本 この絵本がそういう感じの本になるといいなって、
描きながら思いましたね。
ただ、やっぱり、谷川さんの意図というか、
谷川さんが死について考えたことを
どういうふうにこの物語のなかに
表したのかということは、
漠然としかわかってなくて‥‥。
谷川 それはぼくだって、そうですよ(笑)。
明確にわかってなんかない。
松本 そうですか。
谷川 やっぱり、死に対する感覚っていうのは、
若いときから、徐々に変わってきてるんです。
こう、揺れながら。
なんか、もしかすると、死んだら、
前に死んだ友だちに会えるんじゃないかとか、
そういうふうに感じてた時代もあるんだけど、
いまは別にそう考えないんですよね。
むしろいまは、死んだあとがたのしみみたいな。
だから、好奇心ですね、いま一番強いのは。
松本 あー、そうですか。
谷川 うん。自分の書いたものを振り返ってみると、
「死」っていうのは、若いころから
テーマとまではいかないけど、
けっこう頻繁に出てきてるんですよね。
たぶん、「死」がないと、
生きてることの全体像がとらえられない
みたいな気分はあったんだと思う。昔っから。
松本 そうですね。
谷川さんの詩はまえから読んでいたんですが、
この仕事をいただいてから、
あらためてまた読ませていただいたんです。
すると、死のことが書かれているものが
けっこう、初期の頃から多くて。
谷川 そうなんですよね。



(つづきます)
2014-01-24-FRI
 
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