松本 |
谷川さんは、
「自分は子どものころに苦労がなかった」
っていう言い方をよくされてますよね。
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谷川 |
はい。
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松本 |
ひとりっ子だし、親とも仲は悪くないし、
貧乏でもなかったし、って。
それを読んで、ぼくは、なんていうかな、
わざとそういうふうに言うことにしたのかな、
って思ったんです。
というのは、子どものころって
みんなすごく窮屈に感じている
ものなんじゃないかと思ってたので。
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谷川 |
それは、ぼく、別の言い方で言ってますね。
でも、外側の環境というのは、
ほんとに恵まれてると思ってましたから。
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松本 |
ああ。
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谷川 |
だけど、子ども時代は二度と戻りたくないです。
すごく閉塞感があったので。
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松本 |
そうですか。
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谷川 |
うん。
なんか、どうやっていいんだか、
わかんないっていう、
霧の中にいるような感じだったんですよね。
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松本 |
ああ、そうですよね。
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谷川 |
だから、子ども時代が幸せで、
もういっぺん戻りたい、
なんていう人の話聞くとびっくりするの。
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松本 |
子ども時代に苦労はなかったけど、
戻りたくはない。
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谷川 |
はい。
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松本 |
恵まれていたといっても、
たとえば、お父さま(哲学者・谷川徹三さん)が
著名な人だということなんかも、
人によっては不幸だと感じてしまうことも
あるかと思うんですけど。
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谷川 |
あ、そんなことはぜんぜんないですね、はい。
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松本 |
ああ、そうですか。
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谷川 |
いやまぁ、ある種の反面教師としてね、
反発とかは、当然ありましたけど、
父が有名だから不幸だった、
っていうふうにはあんまり思わなかったな。
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松本 |
いや、きっと、
谷川さんはそうなんだなぁと思って。
詩を読んでいると、なんというか、
屈折したこととか貧相なことは、
決して書かれない。
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谷川 |
うん、そうね、そうそう。
でも、一方でそれが欠点だっていうことも
自分ではよくわかっていて。
だから、おっしゃったように、
「子ども時代は恵まれていて‥‥」
みたいなことを自覚して
書いている部分はあるんですよ。
だから、大洋さんの生い立ちなんか見ると、
逆に劣等感感じるわけ。
(※松本大洋さんが現在月刊IKKIに
連載している『Sunny』は、
親から離れて施設に預けられていた
自分の少年時代をモチーフにしている。
大洋さんご自身のコメントによれば、
「半分は本当で、半分は創作」)
なんか俺はああいう苦労を
ぜんぜんしてない、みたいなさ。
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松本 |
ああー、そうですか。
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谷川 |
俺、父親にね、
「おまえの詩にはドラマがない」
って言われ続けてたの。
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松本 |
へぇー。
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谷川 |
たしかに自分でもね、
ほんとドラマがないんですよね。
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松本 |
でも、その、なんというか、
自分の屈折した感じとか、
「俺の孤独」みたいなものを
高らかに言ってみたりすると、
わりと簡単にドラマチックになりますよね。
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谷川 |
うん、うん。
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松本 |
そういうものが
谷川さんの詩のなかにはないっていうことが、
ぼくは、すっごく、なんていうのかな、
かっこいいと思いましたね。
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谷川 |
かっこいいのかなぁ(笑)。
とにかく、人間関係で実際に
あんまり悩まない人間だったからね。
ぼくのドラマっていうのは、
「宇宙の中で20億光年孤独」
みたいなドラマだから、
人間相手じゃないみたいなところがあってね、
そうするともう、詩でも書くしかない(笑)。
だから、小説なんか、ぜんぜん書けないですね。
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松本 |
人間関係がごちゃごちゃしてて、
みたいなこととは対極にあるというか。
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谷川 |
そうそう。
小説なんかだと、いちいち
描写しなきゃいけないじゃないですか。
なんか着物とか、持ってる物とか、
その人の性格とか。
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松本 |
そうですね。
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谷川 |
そんなめんどくさいことできないよ、みたいな。
その点、漫画はやっぱり、
ディテールを調べたり決めたり
しなきゃいけないんでしょうね。
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松本 |
そうですね。
それを考えるのが、ぼくはたのしいですね。
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谷川 |
ああ、たのしいんだ。
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松本 |
こいつは困ったときに爪を噛む、とか。
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谷川 |
そういうのメモしてたりするの?
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松本 |
そうですね。
メモしたりして、うん。
怒ったときは腕を組むとか、
そういう細かい設定を書いておいて、
人間関係をつくっていく。
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谷川 |
うーん、なるほどね。
やっぱり小説家的なつくり方ですよね、漫画って。
長編小説だもんね、言ってみれば。
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松本 |
そうですね。
方法論でいえば、そうなのかもしれない。
だから、詩にはならないんですね。
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谷川 |
ああ、なるほどね。
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松本 |
あの、ちょっと違う話ですけど、
うちの家族というのは、親戚づきあいが
ほとんどなかったんですね、
父のほうも、母のほうも。
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谷川 |
うん。
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松本 |
だから、「法事」っていうものが
ずっとなかったんですけど、
奥さんと結婚してからは、法事があるんですね。
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谷川 |
奥さん側の。
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松本 |
はい、長野の家族がいっぱいいる家で。
で、法事というものが、
見てて、ぼくは、すごくおもしろくて。
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谷川 |
はははは。新鮮な体験なんだね。
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松本 |
もう映画のように思えて。
それこそ、いろんな人間関係が
あるじゃないですか。
親戚のおじさんとか子どもたちとご飯食べたり、
「あの人がまた酔っぱらいそうだ」って
誰かが心配してたりとか。
そういうのを見てると、やっぱり、
漫画になりそうだなって思うんです。
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谷川 |
うん、うん。
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松本 |
たぶん谷川さんだったら
これを詩的に切り取るんだろうな、とか。
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谷川 |
そうですね、
もう、瞬間しか生きてないですから。
一瞬を一場面で切り取るだけ、みたいなね。
あんたの歴史は知らねぇよ、みたいなことに
きっとなっちゃいますね。
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松本 |
でも、谷川さんの詩をたくさん読んでると、
書いてみたくなるんですよね。
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谷川 |
書いてみてください。
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松本 |
そうですねぇ。
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谷川 |
『法事』みたいな詩を書くと
おもしろいかもしれない。
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松本 |
(笑)
(つづきます) |