谷川俊太郎 × 松本大洋   詩人と漫画家と、絵本。   『かないくん』をつくったふたり。     谷川俊太郎さんが一夜で綴り、 松本大洋さんが二年かけて描いた絵本、 『かないくん』ができあがりました。 絵本をつくるにあたって、 ふたりは直接顔を合わせませんでした。 ぜんぶの作業が終わったこの日、 物語を書いた詩人と、絵を描いた漫画家が、 はじめてのような、旧知のような、 不思議な挨拶を交わしました。 そして、絵本について、お互いのことについて 深く、長く、ことばを交わしました。 谷川俊太郎さんと、松本大洋さん。 わくわくするような顔合わせの対談を たっぷりとお届けします。
 
#9 かないくん。
 
松本 このお話は、谷川さんの、
実際に経験した話がベースになってるんですか?
谷川 はい。
松本 ああ、そうなんですか。
谷川 だから、ぼく、
かないくんのことは、ずっと残ってて。
── え、名前が、ほんとに?
谷川 うん、「かないくん」。
── わぁ、知らなかったです。
谷川 そうなんですよ。
なくなったあとにね、
クラス全員に鉛筆が届いたんです。
それもすごくよく憶えてる。
── はーー。
谷川 やっぱり子どものころの、
比較的、身近な人の死というのは、
記憶に残るんですよね。
京都にいた祖父がなくなって、
いまみたいに新幹線がないから
東海道線でゴトゴト行ったときのこととかね。
みんなが集まってる部屋とは別の部屋に
寝かされてたわけですよ、祖父の遺骸が。
で、母がぼくに、行って、
あいさつして来い、って言ったのかな、
見てきてごらん、って言ったのかな。
行って、そしたら顔に白い布が
かかってるじゃない。
それをこう持ち上げて、
ちょっとなにげなく触ったんですよね。
死体に。
それの冷たさがね、尋常じゃないわけ。
それでもうすごい怖くなってね、
もう母親のところに
飛んで帰ったの憶えてますけどね‥‥。
大人になってからはね、
お葬式に行ってもそれほど強くは
記憶に残らないんだけど。
子どものころに経験した死は、
とくに、かないくんのことは、憶えてますね。
── といっても、『かないくん』のお話全体が、
谷川さんの経験に即しているわけでは‥‥。
谷川 いや、そうではないです。
そのことが、なんとなく頭にあって、
「かないくん」というタイトルで書きはじめて、
そのうちに自然にこうなったというか。
ぼくは、あんまり最初に
ちゃんと計画しないで書いていくから。
── でも、きっかけは、
ほんとうにいた「かないくん」なんですね。
谷川 はい。
松本 ぼくも、絵を描きながら、
昔、亡くなった友だちのことを
思い出してたんです。
谷川 ああ、そうですか。
松本 中学生のときにひとりと、
高校生のときにひとり、亡くなったんです。
中学のときに亡くなった子は、
学校にひと月ほどしか来てなくて、
顔もうろ覚えだったくらいなんですけど、
絵を描きながら、その子のお葬式に
行ったときのことをすごく思い出しました。
その日、お葬式に行った帰りに
公園にみんなで行ったら、
ひとりの子がすごく叫んでいて。
「こんなことってあるか!」
「まだ13歳だぞ!」みたいな感じで絶叫してて、
それを見たときに、なんていうのかな、
うまく言えないんですけど、その、
あんまり気持ちよくなかったんですよ。
谷川 ああ、うん、そう思うな。
松本 ぼくは、そこで大声出してる子を
あんまり見たくなくて、
その公園を出て行っちゃったんですね。
それを、描きながら思い出したんですよね。
ぜんぜん忘れてたんですけど、
ああ、そういうことがあったなと思って。
思い返してみると、そのとき、ぼく、
ちょっと頭に来たんですね。
それはなんでだったんだろう、
って思ったりとかして‥‥。
なんか、そういうことを、
いろいろ思い出しながら描きましたね。
だから、たぶん、多くの人が、
近しい友だちを亡くして
最初は沈んでた学校のクラスが
だんだんもとに戻っていったりとか、
そういう経験って、あると思うんですね。
ぼくも、描いてるときに
そういうふうに思い出しましたし。
だから、『かないくん』を読んで、
かつて経験した「死」のことを
思い出す人もいれば、
いまちょうどそういうことを
経験してる最中だっていう人もいるんだろうなと。
谷川 うん、そう思います。
松本 谷川さんご自身は、
この話のモデルになったその方が
亡くなったっていうことを、
これまで絶えず思い出していたんですか。
谷川 そうですねぇ‥‥。
あの、まだ子どもだった時期に、
同年代の子が亡くなったっていう経験は
それしかなかったですから、
そういうことで、なんか、
ずーっと記憶には残ってたんですね。
絶えず思い出すという感じではないですけど。
松本 そうですか。
谷川 だって、「かないくん」なんて名前、
いまでも憶えてるんだから。
だから、死んだおかげで
記憶に残っちゃったんですよね、
かないくんは‥‥。
松本 そうですね。


(つづきます)
2014-01-30-THU
 
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