生活のたのしみ展

前田有紀さんと 世界の花々。

11月15日からはじまる「生活のたのしみ展」では、
世界中の花々を並べた
とくべつな花屋さんがオープンします。
店長は、元アナウンサーの前田有紀さん。
ケニアで育った大輪のバラ、
アフリカやイスラエルからきた
めずらしい草花が並ぶ予定です。
‥‥でも、いったいなぜ
アナウンサーを辞めて、花屋さんに?
前田さんが3年間修行していたという
自由が丘の花屋「ブリキのジョーロ」さんで
そのあたりのこと、うかがってきました。

その
2
今のほうが自分らしい。

――
ここで花屋修行をすることになった、
とのことですが、
実際に働かれてみて、いかがでした?
前田
大変でした。
私はとにかく世間知らずだったので、
一からいろんなことを教えてもらいました。
段ボールの梱包に1時間近くかかって怒られたり、
レジの打ち間違えで高価な商品を
ひと桁安く売っちゃったり、
もう数え切れないほどの失敗を‥‥。
オーナーさん
だって、カッターの使い方も
知らなかったんですよ。
前田
そうなんです。
自分もアナウンサーという仕事をしていて、
なんでも知った気でいたんですけど、
実際はカッターも使えないし、
生地の扱いもわからない。
収入印紙も知らないし、
領収書さえわからない、という感じで、
「私ってなんにも知らないんだな」と思いました。
オーナーさん
だけど、失敗してる姿もおもしろかったですよ。
なんでもやりたがるし、すっごい前向きだし、
チャレンジャーだなと。
――
チャレンジャー。
オーナーさん
そう。うちの店、
お花のワークショップを
いろいろやっているんですけど、
それも全部まえっちのせい。
「せい」っていっちゃいけないか(笑)。
――
(笑)
「まえっち」って呼ばれてたんですね。
オーナーさん
最初は私
「ワークショップなんてやっても‥‥」
なんて言って反対してたんですよ。
でもだんだんやっていくうちに、
「じゃあみんな、
まえっちについていこうか」って。
――
すごい。
周囲を引っ張るような存在になって。
前田
いえいえ、引っ張るなんてとんでもない。
怒られてばかりでした。
でも、アナウンサーも10年目になると、
怒られることが少なくなって、
ある程度ちやほやもされます。
そんな環境が一変して、
本気で怒ってくれる人がいて、
それがやっぱりうれしかったです。
あと私、ペーパードライバーだったんですけど、
がんがん配達にも行かされて、
運転もできるようになりましたね。
――
行った先で「あ、前田さんだ!」って
気づかれたりは‥‥?
前田
全然気づかれなかったです。
花や緑を納品しに行っても、
「はいはい。業者はあっち!」みたいな感じで。
オーナーさん
でも、徐々に気づいた方もいて、
お店にファンが来たこともありましたけどね。
――
あの、花屋さんってやっぱり、
表向きは素敵なイメージですけど、
実際はなかなかハードだと聞いたことがあります。
前田
それはもうその通りです。
けっこう重労働ですし、
夏は1日20ヵ所以上は蚊に刺されていました。
冬は冬で、指があかぎれで傷だらけ。
荒れた手でレジに立つのが
恥ずかしくなるほどでした。
――
アナウンサー時代の
暮らしとは全然違いますよね。
後悔は全然なかったんですか?
前田
なかったです。
たのしくて仕方なかったんです。
辞めて数ヶ月経ったあるとき、
ふと思ったんですよ。
泥だらけで這いつくばって雑草抜きながら、
「あれ? 数ヵ月前まで
私はハイヒール履いてワンピース着て
メイクしてテレビで笑ってたよな」って。
なんかそのギャップがおかしくて、
自分でもちょっと笑えてきました。
でも、雑草を抜きながら、
「前とは全然違う。
でも、今のほうが自分らしい気がする」
と思ったんです。
手は傷だらけで、セーターには
とげが刺さって穴が開いていたりして、
みすぼらしい姿で過ごしてるんですけど、
その格好も、まあ悪くないなと。
▲留学時代の一枚。
――
こちらのお店では
何年くらい修行なさったんですか?
前田
約3年です。
妊娠したらつわりがひどくて、
続けるのが大変になってしまったので、
いったん区切りをつけようと思って辞めました。
それでも、お花のアレンジを頼みたいと
言ってくれる友達が何人かいたので、
「自分が修行したことを忘れないために」
という感じで引き受けていたら、
少しずつ声がかかるようになって、
今は、パーティーやウェディングの
装飾をさせていただいたり、
「世界の花屋」プロジェクトに関わったり、
花にまつわるあらゆる取り組みをしています。
――
前田さんのインスタグラムで
これまでの作品を拝見してたとき、
すごくのびのびした感じがするなと思いました。
お花を扱うときに、
心がけてることってありますか?
前田
まだまだ勉強中ではあるんですけど、
自分の作品のテーマが
「自然を感じられること」ということなんですね。
私がイギリスで庭の仕事をしていたときに
学んだことですけど、
たとえばダリアを束ねるとしても、
ダリアっていろんな背丈のハーブや
草花と一緒に自然な感じで生えているのが
すごくきれいなので、
そういう草花と組み合わせて、
自然の風景を切り取ったような
雰囲気にしたいなと思っています。
――
たしかにダリアだけをブーケにするより
そのほうがいい気がしますね。
前田
不自然に詰め込むのではなく、
どこか自然の息づかいが
感じられるものを作りたいと思っています。
▲前田さんが束ねた草花。
――
お客さんにこういうお花を知ってほしい、
というようなものってありますか?
前田
イギリスに暮らしていたとき、
アフリカから来たちょっと変わった植物や花が
市場で普通に売られていて、
いつもの暮らしに溶け込んでいることに
衝撃を受けたんです。
たとえばプロテアという独特の咲き方をする
花をみたときも、
「こんな花があるんだ。あれと合わせてみたい」とか、
「この花が育った背景には何があるんだろう」とか、
想像力が膨らんでたのしかったんですね。
世界の農園には
さまざまな花が育てられているので、
その地域に思いを馳せてほしいなと思います。
▲迫力のあるプロテアの花。
前田
それから、海外だけでなく、
日本の農家の方とも
いつもお話をさせていただいているので、
生産者とお花を飾る人の距離が縮まるような手助けが
できたらと思っています。
――
農家さんに会いに行かれているんですか?
前田
はい。家族で旅行に行くときは、
必ずその土地のお花の生産者さんと
会う時間を作っています。
最近は大分の農家さんのところにうかがいました。
お花を買ってくれる人の裾野を
広げたいという話を私がしたら、
生産者さんの方も同じことを思ってらして、
畑を見ながら2時間くらい話し込んじゃったり。
――
すごいですね。
気持ちで動いている感じがしますね。
前田
そうですね。
その農家さんは、
震災や大雨などの自然災害で、
ビニールハウスがダメージを受けてしまって、
ようやく直したのでこれからが再スタートだと
おっしゃってました。
そういう話を聞くと、せっかく今まで
伝える仕事をしてきたのだから、
私にできることがきっとあるはずだと思っています。
▲農家の方と一緒に。

(つづきます)

2017-11-07 TUE

取材協力:自由が丘 ブリキのジョーロ