その
2
今のほうが自分らしい。
2
- ――
- ここで花屋修行をすることになった、
とのことですが、
実際に働かれてみて、いかがでした?
- 前田
- 大変でした。
私はとにかく世間知らずだったので、
一からいろんなことを教えてもらいました。
段ボールの梱包に1時間近くかかって怒られたり、
レジの打ち間違えで高価な商品を
ひと桁安く売っちゃったり、
もう数え切れないほどの失敗を‥‥。
- オーナーさん
- だって、カッターの使い方も
知らなかったんですよ。
- 前田
- そうなんです。
自分もアナウンサーという仕事をしていて、
なんでも知った気でいたんですけど、
実際はカッターも使えないし、
生地の扱いもわからない。
収入印紙も知らないし、
領収書さえわからない、という感じで、
「私ってなんにも知らないんだな」と思いました。
- オーナーさん
- だけど、失敗してる姿もおもしろかったですよ。
なんでもやりたがるし、すっごい前向きだし、
チャレンジャーだなと。
- ――
- チャレンジャー。
- オーナーさん
- そう。うちの店、
お花のワークショップを
いろいろやっているんですけど、
それも全部まえっちのせい。
「せい」っていっちゃいけないか(笑)。
- ――
- (笑)
「まえっち」って呼ばれてたんですね。
- オーナーさん
- 最初は私
「ワークショップなんてやっても‥‥」
なんて言って反対してたんですよ。
でもだんだんやっていくうちに、
「じゃあみんな、
まえっちについていこうか」って。
- ――
- すごい。
周囲を引っ張るような存在になって。
- 前田
- いえいえ、引っ張るなんてとんでもない。
怒られてばかりでした。
でも、アナウンサーも10年目になると、
怒られることが少なくなって、
ある程度ちやほやもされます。
そんな環境が一変して、
本気で怒ってくれる人がいて、
それがやっぱりうれしかったです。
あと私、ペーパードライバーだったんですけど、
がんがん配達にも行かされて、
運転もできるようになりましたね。
- ――
- 行った先で「あ、前田さんだ!」って
気づかれたりは‥‥?
- 前田
- 全然気づかれなかったです。
花や緑を納品しに行っても、
「はいはい。業者はあっち!」みたいな感じで。
- オーナーさん
- でも、徐々に気づいた方もいて、
お店にファンが来たこともありましたけどね。
- ――
- あの、花屋さんってやっぱり、
表向きは素敵なイメージですけど、
実際はなかなかハードだと聞いたことがあります。
- 前田
- それはもうその通りです。
けっこう重労働ですし、
夏は1日20ヵ所以上は蚊に刺されていました。
冬は冬で、指があかぎれで傷だらけ。
荒れた手でレジに立つのが
恥ずかしくなるほどでした。
- ――
- アナウンサー時代の
暮らしとは全然違いますよね。
後悔は全然なかったんですか?
- 前田
- なかったです。
たのしくて仕方なかったんです。
辞めて数ヶ月経ったあるとき、
ふと思ったんですよ。
泥だらけで這いつくばって雑草抜きながら、
「あれ? 数ヵ月前まで
私はハイヒール履いてワンピース着て
メイクしてテレビで笑ってたよな」って。
なんかそのギャップがおかしくて、
自分でもちょっと笑えてきました。
でも、雑草を抜きながら、
「前とは全然違う。
でも、今のほうが自分らしい気がする」
と思ったんです。
手は傷だらけで、セーターには
とげが刺さって穴が開いていたりして、
みすぼらしい姿で過ごしてるんですけど、
その格好も、まあ悪くないなと。
- ――
- こちらのお店では
何年くらい修行なさったんですか?
- 前田
- 約3年です。
妊娠したらつわりがひどくて、
続けるのが大変になってしまったので、
いったん区切りをつけようと思って辞めました。
それでも、お花のアレンジを頼みたいと
言ってくれる友達が何人かいたので、
「自分が修行したことを忘れないために」
という感じで引き受けていたら、
少しずつ声がかかるようになって、
今は、パーティーやウェディングの
装飾をさせていただいたり、
「世界の花屋」プロジェクトに関わったり、
花にまつわるあらゆる取り組みをしています。
- ――
- 前田さんのインスタグラムで
これまでの作品を拝見してたとき、
すごくのびのびした感じがするなと思いました。
お花を扱うときに、
心がけてることってありますか?
- 前田
- まだまだ勉強中ではあるんですけど、
自分の作品のテーマが
「自然を感じられること」ということなんですね。
私がイギリスで庭の仕事をしていたときに
学んだことですけど、
たとえばダリアを束ねるとしても、
ダリアっていろんな背丈のハーブや
草花と一緒に自然な感じで生えているのが
すごくきれいなので、
そういう草花と組み合わせて、
自然の風景を切り取ったような
雰囲気にしたいなと思っています。
- ――
- たしかにダリアだけをブーケにするより
そのほうがいい気がしますね。
- 前田
- 不自然に詰め込むのではなく、
どこか自然の息づかいが
感じられるものを作りたいと思っています。
- ――
- お客さんにこういうお花を知ってほしい、
というようなものってありますか?
- 前田
- イギリスに暮らしていたとき、
アフリカから来たちょっと変わった植物や花が
市場で普通に売られていて、
いつもの暮らしに溶け込んでいることに
衝撃を受けたんです。
たとえばプロテアという独特の咲き方をする
花をみたときも、
「こんな花があるんだ。あれと合わせてみたい」とか、
「この花が育った背景には何があるんだろう」とか、
想像力が膨らんでたのしかったんですね。
世界の農園には
さまざまな花が育てられているので、
その地域に思いを馳せてほしいなと思います。
- 前田
- それから、海外だけでなく、
日本の農家の方とも
いつもお話をさせていただいているので、
生産者とお花を飾る人の距離が縮まるような手助けが
できたらと思っています。
- ――
- 農家さんに会いに行かれているんですか?
- 前田
- はい。家族で旅行に行くときは、
必ずその土地のお花の生産者さんと
会う時間を作っています。
最近は大分の農家さんのところにうかがいました。
お花を買ってくれる人の裾野を
広げたいという話を私がしたら、
生産者さんの方も同じことを思ってらして、
畑を見ながら2時間くらい話し込んじゃったり。
- ――
- すごいですね。
気持ちで動いている感じがしますね。
- 前田
- そうですね。
その農家さんは、
震災や大雨などの自然災害で、
ビニールハウスがダメージを受けてしまって、
ようやく直したのでこれからが再スタートだと
おっしゃってました。
そういう話を聞くと、せっかく今まで
伝える仕事をしてきたのだから、
私にできることがきっとあるはずだと思っています。
(つづきます)
2017-11-07 TUE
取材協力:自由が丘 ブリキのジョーロ