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新しいイカの塩辛をつくろうというとき、
いちばん苦労した点は、どこでしたか。
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大原 |
気仙沼の塩辛は、ワタに身を漬け込む前に
イカを乾燥させるのがポイントなんです。
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それは、旨みを凝縮させるために?
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大原 |
そうです。
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── |
一般の家庭でも、乾燥させてるんですか?
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大原 |
ええ、しっかり「陰干し」にしています。
私たちも、ベストの乾燥率がわかるまで、
試行錯誤の日々でした。
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── |
乾かせばいいってもんでも、ない?
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大原 |
乾かしすぎてしまうと、
「歩留まり」が悪くなってしまうんです。
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── |
「歩留まり」というと‥‥?
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大原 |
つまり、あまりに水分を抜きすぎると
かさが減ってしまい
一瓶あたりに使用するイカの量が
えらく多くなってしまって
原料コストが、上がってしまうんです。
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── |
なるほど。
まず、商品として成り立たせなければ
食べてもらえませんものね。
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朝田 |
もちろん、必要以上にかさを増やそうとは
思っていませんが。
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── |
最適な乾燥率にたどりつくまでに
時間がかかったと。
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大原 |
さらにいえば、
一度に乾燥させる重量によっても、
季節によっても、
同じ乾燥機にかけているのに
仕上がりが、少しずつ異なるんです。
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── |
それは、面倒ですね‥‥。
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大原 |
ですから、いちばん苦労したのは
いかに「乾燥の具合を揃えるか」です。
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── |
イカだけに。‥‥とか言って。
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大原 |
‥‥ははは。
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── |
すす、すみません、失礼しました。
それでは、どのようにして
同じ仕上がりに近づけていくんですか。
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大原 |
毎日、ノートに記録していったんです。
「今日の仕込みは何キロで、
乾燥率は何%だった」
というデータを、取り続けました。
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── |
へぇー‥‥。
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大原 |
あとは「目と勘」ですね。
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── |
データと、職人としての経験と。
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大原 |
はい、そのふたつを活かして
乾燥率の誤差が「5%以内」に収まるよう、
見極めています。
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── |
5%ですか。
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大原 |
私たちがつくっている塩辛は
経験とか勘、手作業の要素が多いので
必ずしも
「1+1」が「2」にならないんです。
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── |
その見極めをできるようになるまでが‥‥。
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大原 |
「7年」でした。
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── |
試行錯誤を、7年も。
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大原 |
前にお話したとおり、
塩辛の作りかたを知りませんでしたから、
上司や地元の漁師のかたから
話を聞いて、
いろいろと試しては失敗したんです。
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朝田 |
大原さんは、
なかでも、やはり「品質を維持すること」に
ご苦労をされて。
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── |
今日も明日も
「同じように美味しく」つくることに。
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大原 |
美味しい塩辛を「1回だけ」つくることは
そんなには難しくないんです。
でも、それを毎日毎日、同じように、
安定的に製品化することが
ものすごく大変なことだったんです。
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── |
そのことに、7年かかったと。
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大原 |
はい。
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── |
ちなみに、乾燥には
どれくらいの時間がかかるんですか?
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大原 |
通常、7時間くらいです。
ただ、いろいろな要因が重なって
うまくいかないことも、ままあります。
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── |
なるほど。
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大原 |
だから、いま乾燥率は何%くらいだなと
目で見ただけで、わかるようにならないと
うちの塩辛はつくれないです。
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── |
そのあたりが、
簡単には真似できない職人技の部分ですね。
もう一度、手のかかっている工程のことを
ざっと教えてください。
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大原 |
国産の真イカを手作業で下処理して
1枚1枚、並べて乾燥し、一夜干しにします。
それを裁断し、ワタに漬け込みます。
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── |
漬け込む。
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大原 |
ワタを満たした樽に
裁断したイカの身を入れていくんです。
このとき、
なるべく空気に当てないようにします。
添加物を加えていないので
空気に当たると酸化してしまうんです。
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── |
なるほど、なるほど。
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大原 |
その後は、冷蔵庫のなかで保存します。
樽と会話をしながらなので
期間はまちまちですが
だいたい「30日から45日」くらい寝かせて
熟成させていきます。
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── |
じゃあ、熟成度合いによっては
「もう1日だけ浸け置こう」とかの判断も?
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大原 |
ありますね。
熟成の仕方は、毎回、違いますから。
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── |
そうやって毎日、熟成の具合が異なるなかで
新しい樽に漬けていくわけですが
日ごと、樽ごとに
品質にブレが生じていた場合って
出来上がりのときに、分かるんですか?
つまり「30日から45日後」とかに。
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大原 |
いえ、その日の温度や湿度、素材によって
ブレは、どうしても生じてしまいますので、
はやい段階で
いくつかの樽をいっしょにして撹拌し、
同じ仕上がりになるように熟成させるんです。
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── |
それは、つまり「ブレンド」ですか。
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大原 |
まあ、かっこ良く言えば(笑)。
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朝田 |
ブレンデッドウィスキーの考えかたとは
また少し違うとは思いますが
品質を安定させるための「ブレンド」です。
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── |
まさに、大原さんの
手と目と経験でつくる塩辛、なんですね。
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大原 |
こんなめんどくさいことは
他ではたぶん、やってないと思いますね。
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── |
熟成の具合を見ながら、
樽の中身を混ぜ合わせるなんてことは。 |
朝田 |
乳酸菌の数も、すごく多いんですよ。
ご存知とは思いますが、
整腸作用などもある有益な菌の数が。
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── |
へぇー‥‥。
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朝田 |
ただ、有益であれ何であれ
一定以上の菌数を超えた商品は扱わないと
自主規制してらっしゃる小売店もあるので、
そこまで菌が多くならないよう、
抑えているくらいです。
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── |
お聞きしていると、
気仙沼の家庭の味を再現しようと
取り組まれた結果、
家庭じゃつくれないような塩辛が‥‥。
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大原 |
まあ、家じゃ「45日」も寝かせませんからね。
少なくとも「熟成」に関しては、まあ。
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── |
そして、同時に
ものすごく「めんどくさい塩辛」になった。
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大原 |
私たちのようにつくれば、
絶対おいしいと、わかっているんです。
でも、実際にやるとなると、
ものすごく手間隙のかかる作業だから‥‥。
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── |
みんなやらない?
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大原 |
そう。
<つづきます> |