── |
‥‥どうして、ここまで面倒なやりかたを?
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大原 |
おみやげ屋さんをやっているお客さんから、
「気仙沼の家庭で食べているような
昔ながらの塩辛は商品にならないのか?」
と聞かれたんです。
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── |
「気仙沼の家庭の塩辛」を
小売りの人からのリクエストで。
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大原 |
そう、塩辛というのは
気仙沼では、家庭でもつくって食べている、
とても身近な食品なんです。
で、その紙の資料に書いてあるように
面倒な工程を経ることでしか
家庭の塩辛の味は、出せなかったんですよ。
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── |
はー‥‥なるほど。
で、メーカーが大量生産している塩辛と
家庭でつくる塩辛とでは、
具体的には、どんな違いがあるんですか?
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大原 |
やはり、いちばんは「添加物の量」です。
家庭の塩辛には、そんなもの入れませんが
大量生産品には入っています。
で、添加物を入れれば入れるほど、
「イカのワタ本来」の味が楽しめなくなる。
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── |
イカのワタ、というのは‥‥。
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大原 |
肝臓。これです。
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── |
うわー‥‥なんだか、虹色に光ってる。
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大原 |
これは、不要な臓や肉片を取ったあと、
薄皮を剥いだ状態。
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── |
へぇ‥‥。
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大原 |
イカの足の根本にくっついてるんですけど。
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── |
あ、イカの肝臓というのは、そんな場所に。
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大原 |
臓や肉片のついたまま、
まるごと使うところが多いと思うんですが
私たちは、
余計なものを入れたくないので
面倒ですけど、こういう状態にしてます。
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── |
めんどくさくても、そうする理由は?
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大原 |
やっぱり、味の問題ですね。
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── |
こうしたほうが美味しいんですか。
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大原 |
私どものイカの塩辛は、
ここのワタが、いちばん重要なんです。
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── |
ここがおいしくないと、ダメ?
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大原 |
ダメです。
ほかの塩辛は
調味料で味を付けているわけですけど、
私どもは
ワタ本来の味を楽しんでほしいので
調味料や添加物を使っていないんです。
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朝田 |
だから、うちの塩辛は
この「ワタ」を
食べてもらってるようなものなんです。
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── |
なるほど、それじゃ本当に大事ですね。
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大原 |
漬け込む前には必ず、
このワタを、そのまま食べてみるんです。
その段階で苦みや渋みがあると、
製品に、そのまま出てきてしまうんです。
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── |
添加物で味を整えていないだけに。
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大原 |
やはり、ワタをそのまま食べると臭いですし、
正直、好きでもありませんが、
イヤでも味わって、確かめておかないと。
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── |
逆に、これなら旨くなるな、というワタも?
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大原 |
ありますね。旨味のあるワタが。
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── |
ちなみに、波座さんの最高級品である
『昔ながらの濃厚熟成塩辛』という商品は
いわゆる、
一般の塩辛的なピンク色をしていませんが、
これは‥‥。
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大原 |
あのピンクは、着色料なんです。
うちの『昔ながらの濃厚熟成塩辛』は
「イカのワタの色のまんま」ですので
すこし黒っぽいんですね。
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── |
つまり、気仙沼の家庭でつくられている塩辛も、
こういう色をしているんですね。
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朝田 |
ピンクに着色する理由は、
見た目の色を
均一にそろえるという意味もあります。
人工的に色をそろえてしまえば、
比較的、
ワタの品質にこだわらずに済みますから。
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── |
逆に言うと、着色しない場合には
品質的にも「ごまかしが効かない」と。
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大原 |
一般的な塩辛製品のワタの量は
「8%から10%くらい」だと思いますが、
うちのは
20%以上入っているので、より黒い。
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── |
ははあ。
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朝田 |
そのぶん、品質管理に苦労するんですが、
うち独自の塩辛を
つくることができていたと思っています。
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大原 |
震災の前までは。
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── |
大原さんが「新しい塩辛を」と
リクエストされたのは、いつごろですか?
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大原 |
1993年ですね。
じつは、そのころ私、
塩辛のつくりかたを知らなかったんです。
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── |
え。
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大原 |
それまで、メカブをやっていたのですが、
塩辛のことは、何にも。
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── |
そうだったんですか。
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大原 |
まあ、でも、そういうリクエストを
いただいたので
何とか気仙沼の家庭の味を表現したいと思って
ほとんど手探りの状態から
新しい塩辛の開発をはじめたんです。
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── |
へぇー‥‥。
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大原 |
イカの乾燥率やワタの品質、熟成時間など
ひとつひとつ試行錯誤でしたが
時間がかかったぶんだけ
いいものができたと、いまは思っています。
ただ‥‥。
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── |
はい。
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大原 |
1997年に水産加工品評会に出してみたら、
水産庁長官賞という賞を
いただいてしまったんですよ。
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── |
すごいじゃないですか。
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大原 |
でも、それからが苦労の連続で。
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── |
と、いいますと?
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大原 |
すばらしい賞のおかげで
多くの人に知っていただけたのは
良かったのですが
品質の維持が、大変だったんです。
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朝田 |
添加物をほとんど使っていない
手作りの品ですから、
味がブレやすかったんですね。
だから、以前に食べたものと
味が違うというご意見もいただきまして。
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── |
なるほど。
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大原 |
その後、原材料や製造工程を見なおして
商品としての品質を高め、
7年くらいかけてようやく完成したのが
『昔ながらの濃厚熟成塩辛』なんです。
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── |
波座さんの、看板商品。
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大原 |
はい。
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── |
資料によると、これの生産量が‥‥。
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大原 |
1日、せいぜい100キロ。
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── |
他の大量生産品ですと?
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朝田 |
1日10トンとか、そういう世界。
<つづきます> |