東京の虫を見る人。 写真家・菅野絢子さんの虫写真を、昆虫学者の中瀬悠太先生と眺める。 東京特集
第2回 ハチを操るネジレバネ。
──
そもそも「東京には虫が少ない」
とのことなのですが、
それでも「東京に多い虫」って、
何かいませんか、先生。
中瀬
カブトムシ、とか。
──
あ、へえー。
中瀬
明治神宮のあたり、原宿駅の近くには
樹齢40年とか50年とか、
古いクヌギの木がたくさん生えていて、
何ぺんも切られてるから、
たくさん樹液を出したりしてるんです。

で、そういう木には、
昼間でも、カブトムシがついてますよ。
──
意外でした。東京に、カブトムシかあ。

先生が以前いらした筑波のあたりには、
たくさん、いそうですけどね。
中瀬
はい、多かったです。

研究でカブトムシが必要になることが
あるんですが、そういうときは、
夜中にコンビニに行くと、
店のあかりに寄ってきたカブトムシが
落ちてるんですよ。
──
拾い放題。
中瀬
そう、そのなかから元気そうなのを選んで、
ついでにビールも買って帰るという、
そういうようなことは、よくしてましたね。
菅野
こんど、行ってみようかなあ。
明治神宮とか、原宿のあたり。
──
菅野さんが撮影しているのって、
東京の、どのあたりなんですか。
菅野
多いのは、
中野とか阿佐ヶ谷とかの住宅街です。
中瀬
菅野さんの写真は、
虫と一緒に
人間が写ってるところがいいなって
思うんですけど、
東京って、
人と生きものの距離が近いですよね。

虫はともかくですけど、
スズメにしたって、ハトにしたって。
菅野
たしかに。そうかも。
──
あ、ハート型。 
撮影:菅野絢子
菅野
よく見かけますよ、この虫。
中瀬
エサキモンキツノカメムシ、かな。

この虫、葉っぱの裏側に
ワーッとたくさん卵を塊で産んで、
その上に覆いかぶさって、
卵がかえるまで面倒を見るんです。
──
行動もハートウォーミングですね。
中瀬
そう、卵が熱くなってきたりすると、
羽根をはばたかせて、
涼しい風を送ってあげたりとか。
──
心あたたまりますね。
先生はもちろん昔から虫がお好きで。
中瀬
はい。
──
日々、虫のことを研究されていて、
どういうところが、おもしろいですか。
中瀬
そうですね、やっぱり、
人間とは別の基準で動いているところ。
──
と、言いますと。
中瀬
生きる目的や手段にしても、
われわれ人間とは、ちがってますよね。

たとえば人間の場合って、
何十年もの長い時間をかけて成長して、
生殖をして、
そうやって種を継いでいくわけですが、
虫の場合、早ければ1週間とか、
それくらいの速度で世代を回してたり。
──
つまり、1週間で死んじゃう?
中瀬
ええ、ショウジョウバエなんかが
そうなんですけど、
産卵して2週間めには力尽きてお終い、
というのが、もっとも短いサイクル。
菅野
一週間の生命‥‥。
中瀬
とにかく、さっさと成虫になって、
さっさと卵を産んで、
さっさと死んでいくんです。

そういう生存戦略をとっているんです。
──
それなりの人生なんでしょうか。
たったの1週間だったとしても。
中瀬
どうなんでしょう(笑)。
菅野
はかないって思うのかなあ‥‥ハエも。
中瀬
人間とまったくちがうという意味では、
虫の目って「個眼の集合」なので、
同じ物体を見ても、
絶対に、
人間とは同じようには見えてないです。
──
ああ、おもしろいですね。

ものの見え方が根本的にちがったら、
大げさに言えば、
世界の把握の仕方もちがいますよね。
中瀬
そうですね。だから、行動もちがう。
──
大人の虫になったらゴハンを食べない、
みたいな虫もいるんですよね?
中瀬
ええ、幼虫のときに
「食べる」という行為に特化していて、
成虫になったら、
生殖だけをするという虫は多いです。

つまり成虫に「食べる」を持ち越すと、
生殖のための器官や、
移動するための筋肉などと一緒に、
消化器官を持っている必要があります。
──
ええ。
中瀬
ようするに、手持ちの時間が短いので、
世代を継いでいくための生殖や
危険の回避などと直結しない機能は
バッサリ捨ててしまって、
もっと効率よく目的を果たせるような、
そういう戦略を取っているんです。
──
ゴハンさえ食べずに子孫を残すって、
考えるとものすごいです‥‥虫って。
撮影:菅野絢子
菅野
感情とかも、あるんですか?
中瀬
似たようなものは、あるでしょうね。

ハチなんかは、
見ていると怒ってるような感じとか、
ありますから。
──
ぜんぶで何種類くらいいるんですか?
この地球上に、虫というのは。
中瀬
数千万種いるという推定は出てます。

ただ、発見されていない虫のほうが
多いんじゃないかとも言われてます。
──
え、そうなんですか。すごい。

数だけで言ったら、
人というより虫王国じゃないですか。
菅野
東京でも見つかりますか、新種の虫。
中瀬
ええ、ときどき。

何年か前にも、東京大学の敷地内で
新しいカメムシが見つかって、
知り合いが、キャンパスのなかで、
虫取り網をブンブン振ってましたし。
──
じゃあ、菅野さんも、
そのうち見つけるかもしないですね。
菅野
先生も、見つけたことありますか。
中瀬
あります。京都の北のほうで、昔。
──
それは、何という?
中瀬
ぼくが専門にしているんですけど、
「ネジレバネ」って虫の一種。
──
その虫、先生のご著書で読みました。
なんか、えらいことするんですよね。
菅野
えらいこと?
──
詳しくは先生、お願いします。
中瀬
体長2ミリくらいしかない、
他の昆虫に寄生する虫なんですけど、
オスはふつうなんですが、
メスが、ハチとか
他の虫のお腹の中にひきこもってて、
頭の先端だけ外に出してるんです。
菅野
うわあ‥‥。
中瀬
で、その頭の先端に穴が開いていて、
オスはそこまで飛んできて、
その先端の穴に交尾器をガシッと刺し、
交尾をするんです。
菅野
わ、わ、わ。
中瀬
で、メスのお腹の中で卵がかえったら、
頭の先端の穴から、
ニュニュニューっと、幼虫が出てきて‥‥。
菅野
ハ、ハ、ハチは生きたまま?
中瀬
生きたまま。

というか、お腹の中に住んでいるメスが
寄生しているハチを操って、
自分の都合のいいところへ移動させたり。
菅野
うわあー、うわあー。
──
それって、ハリガネムシみたいに、
脳を乗っ取ってるってことでしょうか。
中瀬
そうらしいんですけど、
複雑なコントロールをしてるみたいで、
実際に何をやっているのか、
まだまだ、わかっていないんですよね。
菅野
わわわわわー‥‥。
<つづきます>
2017-08-24-THU