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「‥‥」の先を察しない東ロボくん
2018-05-16-WED
いよいよ話は「AIの限界」に近づいてきました。
コンピュータにとって、
いったい何が難しいのでしょうか?
新井
2010年に出した
『コンピュータが仕事を奪う』という本は、
正しく受け止められなかったんです。
本屋さんでは、SFの棚に置かれたし(苦笑)。
早野
どういう人たちが正しく受け止めなかったんですか?
AI推進派? 反対派?
新井
どっちも。
AIを推進したい人は「せっかく上げ調子なんだから、
『仕事を奪う』みたいなマイナスなこと言うな」って。
早野
反対派は?
新井
2010年は景気が悪かったから、
「景気が悪いときに嫌な話聞かせるな」って
言ったんです。
「就職氷河期に、こんな不愉快なタイトル見たくない」
という意見もありましたね(苦笑)。
糸井
でも、あの本は数学をどう使うかの話です。
それなのに、受け止められなかったんですね。
新井
数学だけだと「机上の空論」みたいに言われるんです。
いや、数学が近代科学をつくってきたんだと、
こっちとしては思うわけですが、
「遠い」とか「ビジネスは関係ない」って思われました。
本当にまずいと思った。
早野
うん、うん。
新井
それなら、私が一生懸命やって、
ちゃんとそれなりの大学に入るAIをつくったら
仕事を奪われちゃうんだって、
みんな信じるかなあって思ったんです。
早野
それが、東ロボ・プロジェクトのスタートですね。
でも、ご本によると、
プロジェクトをはじめるときからすでに、
東大には入らないと思っていたんですよね?
新井
そうです。入らないと信じてはじめました。
だって、「本当にAIが東大に入ったら世も末」だから。
お願いだから東大入らないでくれ、
みたいな気分でした。
糸井
入らないようにつくったわけじゃなくてね。
新井
精一杯やって、その結果、
入らないでくれって思いました。
今の東大生のレベルが下がらないでくれって、
祈るような気持ちでした。
糸井
へぇ。
新井
でも、東ロボくんが、
(マークシートではなくて記述式の)東大模試の
数学で偏差値76とか、世界史で偏差値52を
出したのはショックでした。
東大を受験するような生徒の
平均を上回ったということです。
世界史なんて、知ってることを、
ただ並べたみたいな答案しか
書いてないんですよ、うちの子。
糸井
「うちの子」!
早野
ものすごくかわいがってるふうに見えますね。
かわいいですか?
新井
ですけど、でも、受験生、
こいつに負けたのかって思うと‥‥。
早野
まずいですね。
ところで、東ロボくん、
世界史はデータ検索で答えるのでしょうけれど、
数学はちゃんと数学基礎論に基づいて解くんですか?
新井
はい。
糸井
数学だったら満点ってことあり得るわけですか?
今後。
新井
いや、ないです。確率とか無理なんです。
糸井
そうなんですか!
新井
問題が読めないんですよ。
確率とか統計はリアリティだから。
「こういう状況を設定をします」
みたいなところから話がはじまるわけですよ。
物理もそう。リアリティだから。
早野
意味がわかっていないと、解けないってことですね。
新井
解けません。
たとえば、一番嫌なのが点々なんですよ。点々。
早野
点々?
新井
あとは同じように続く、
というのを「‥‥」と書くでしょう。
早野
以下続く、の点々。
あとは察しろっていうやつですね。
新井
そうです。
私たちは「ああ、そうね」って思うでしょ。
見た瞬間に。でも、東ロボくんに
「ああ、そうね」はない。
糸井
そっか。点は点でしかないんだ。
新井
宇宙人に「1、2、3‥‥」を教えても、
「‥‥」がわからない、というのと同じです。
糸井
ははは。
新井
もうひとつ嫌なのがね、物理の振り子問題。
プログラムをかなりつくりこんだんですけど、
嫌なのは、「過去に起きたこと」と
「今起こっていること」と「未来に起きること」が
一緒に書いてあるような図なんです。
早野
あーーーー、はいはいはい。
新井
「振り子をこうやって離しました」みたいにね。
「こういう状態になりました」とか書いてあるわけです。
すると、うちの子は「丸が2つあります」と認識する。
糸井
大変だーこりゃ!
新井
すごい大変。
糸井
漫画を読ませるしかないですね。
新井
そう。絶対無理なのは
『ジャンプ』を読ませることなんですよ。
似顔絵とかもダメ。
比喩とか、意図とか、すごく難しいんですよ。
ほんとに嫌!
糸井
嫌なんですか、それ。
新井
嫌ですよ、やっぱり。
糸井
その「嫌」っていうのおかしい(笑)。
「つりあったら動きません」
早野
解けなかった問題は、どうするんですか?
手作業で修正するわけじゃないですよね。
新井
数学の場合、図は使いません。
数学は図は使わなくても解けるようになってるんです。
でも、物理はそうじゃないから、
手作業で図に意味をつけてあげないと無理でした。
やっぱりリアリティを表して
「わかるよね」っていう前提があるんです。
早野
ありますね。
新井
しかも高校物理って、
いろんなことを「考えない」ようにするんですよ。
高校物理のレベルできちんとやるのは無理だから、
とりあえず「考えないことにしましょう」という
暗黙の約束がある。
早野
お約束がたくさんありますね。
新井
たとえば、すごく嫌だったのが、
鉄の玉があって、棒があって、
クルクル回る車輪がある。
で、つりあっている状態から離すと、
グルンと回りましたと書いてある。
そしたらね、東ロボくんは、
「つりあったら動きません」と考える。
早野
なるほど。「動きません」ってね。
新井
「どっちかに傾いてない限り、動きません」
と考えるわけですよ、東ロボくんは。
こっちとしては、「そうだね」としか言えませんよね。
早野
うん。そうだね。
新井
さらに、東ロボくんは、
「ここの摩擦係数はいくつですか」と聞いてくるんです。
東ロボくんに搭載しているのは、
車のシミュレーションをするような
高度な物理モデルなので、摩擦係数を知りたくなる。
でも、高校物理を使った入試問題なんだから、
摩擦係数はないことにして考えないといけない。
だから「ゼロです」って教えると、
「そんなことはあり得ません」と答える。
そんなことがたくさんありました。
早野
うーん。大変だ(笑)。
糸井
言ってることは正しいけれど、
それを言われても困るってことですね。
早野
おもしろすぎる!
糸井
でも、そういう人いますよね。実際に。
あらゆる場面で。
早野
確かに、そういう人います。
新井
空気読まないんですよ、うちの子。
前に、どうして「東ロボちゃん」じゃなくて
「東ロボくん」なんですかって聞かれたんですよ。
フランス人ジャーナリストに。
糸井
なぜ男か? と。
新井
「女でこんなKYいないから」って答えました。
(つづきます)
2018-05-16-WED
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