新井さんの研究の根底にあるのは、
家族や社会をなんとか助けたいという使命感。
東ロボ・プロジェクトの真の目的が明かされます。
- 糸井
- 『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』ですが、
東ロボくんを語った1部と、読解力を扱った2部、
重心はどっちにあるんですか?
今日聞いてる限りでは、
1部を利用しながら、
2部の話をしてるように思えるけど、
読者は1部のAIにひかれるんでしょうか?
- 新井
- いや、必ずしもそうでもないと思います。
子どもたちの読解力が危ういことに
危機感をおぼえている人は多いので。
- 糸井
- なるほど。
- 新井
- 私の本って、娘の年齢とともに上がっていくんですよ。
娘が小学生のとき『ハッピーになれる算数』を書いて、
その次に中学生向けの
『生き抜くための数学入門』を書いたんです。
娘が大学生になったときは、
『コンピュータが仕事を奪う』。
彼女が働くことを考えはじめたから。
- 糸井
- ああ、そういうのありますね。
- 新井
- その娘が
「このままだと、この国怖い」と言うわけです。
それに対して、なんとかしたいと思ったんです。
それが『AI vs. 教科書がよめない子どもたち』を
書いた出発点なんです。
社会が滅びゆくときって、
嫌な感じになっていくでしょう。
- 糸井
- よくわかります。
- 新井
- すごく嫌な感じ。
普通なら、ここまで下品なことしないよね、
みたいなことをやる人が出てくる。
それに対して何も言えない状態が起こると思うんです。
たとえば古代ギリシャとかローマ帝国や清の最後とか、
きっとそんな風だったんだろうって思うわけ。
日本がバブルのまっただ中だったとき、
私はアメリカの中西部に留学していたんです。
そのときアメリカはすごい不況で、
銀行がばたばた潰れていきました。
あのときの暗さを忘れることはないと思います。
- 糸井
- なるほどね。
- 新井
- 昨日まで絶対あり得なかったことが、
今日は〝あり〟になっちゃうような、
そういう〝コモンセンスがなくなった社会〟が怖い。
だから、何かできないかって考えました。
- 早野
- うん。
- 新井
- AIを止めることはできないから、
私にできることは何かを考えたわけです。
機械的な作業をやって稼いできた人が、
「あなたの仕事はAIがやるから、
今日からあなたはいりません」と言われたら、
その人やその家の子はどうするんでしょう?
「AIに代替されるような人だったからしょうがない」
一部の人はそう言うかもしれません。
けど、その人一人だけの問題じゃなくて、
仕事を奪われちゃった人の子どもが
学校に行けなくなったり、
奥さんが美容院に行かなくなるとか、
お金が使われなくなることで、
どんどん経済活動が少なくなっていく。
社会全体にマイナスの影響があるんです。
- 早野
- なるほど。
- 新井
- 私もあと10年で定年ですから、
自分にできる最後のおつとめはないかと思ったとき、
AIが来たときに、AIに使われるんじゃなくて、
AIを使う側の人を少しでも増やしたいと思ったんです。
それによって年収の中央値が
ちょっとでもあがればいいと思うんです。
それが、このプロジェクトをやった理由のひとつです。
- 早野
- なるほど。
- 新井
- もう一つは、
従来の資本主義経済の「一物一価」(*1)
みたいなものに収斂してしまわないような、
〝逃げ方〟みたいなもの。それを、
なるべくたくさん用意したいと考えたことです。
効率だけを優先して、大量につくられたものが、
どんどん安く売られるような社会だと、
人は機械に置き換えられてしまうだけになる。
そうではなくて、人が知恵を働かせて、
人でなくてはつくれないもの、
できないサービスを提供して対価を得て、
幸せに暮らす。
そんな方向に進みたいと思うのです。
糸井さんの「ほぼ日」の商い、
他のどこにもないものをつくって、
自分で価格を決めて売るようなことが、
良い例だと思うんです。
そして、AIに使われるのではなくて、
人が人として働いていける社会を
つくろうというときに、
みんなが話し合うための言葉をきちんと持って、
民主主義が成り立つ国にしたいと思ったんです。
この3つの理由から、本の後半部分、
子どもたちの読解力の問題を書いたわけです。
- 糸井
- そうか、みんなに伝えなきゃいけないという
意識だったわけですね。
研究者は〝坊主〟
- 早野
- ところで、AIという言葉は、
いまものすごく便利に使われているけれど、
中身はいろいろ混ぜこぜにして使ってますよね。
代表的なものとしては、IBMのワトソンとか、
アルファ碁みたいなもの。
まとめてAIと言って問題ないものですか。
- 新井
- AIというより、AI技術ですね。
大量のデータを使って統計で解くというのが主流です。
どれかひとつが頭抜けているというより、
問題によってどの方法を使うか選ぶ感じかな。
あくまでツールなんです。
でも、どうして「人工知能」っていう
「知能」だと思われちゃったのか‥‥。
たぶん、鍵は
「ニューラルネットワーク(neural network)」
という言葉だったと思うんです。
ニューラル(神経)って言うと、
まるでリアリティみたいな印象を与えたでしょ。
- 早野
- 脳を模倣したかのような。
- 新井
- そう。名付けの妙で、
リアルに感じてしまった人たちがいたんですね。
AIに関して、それがひとり歩きした感じはします。
- 糸井
- 世の中から期待されてたから、
肯定的な名前になっちゃったんでしょうね、きっと。
落ち着いて考えれば「これだけのこと」って
言えたはずなのに、
それを喋って仕事にしている人がすごく多いから。
- 新井
- うん、うん。
- 糸井
- 調子のいいことを言う人、お調子者は必要なんだけど、
よく喋る説明の上手な人が
ぜんぶ職業になってしまっている。
「ただ喋ってる人」の価値は
下がった方がいいと思います。
- 新井
- 私ね、
「研究者ってなんのために雇われてるのか」っていうと、
国のリスクヘッジのために雇われてきたと思うんです。
坊主みたいなもんです。
私は自分で坊主だと思っているんですよ。
- 早野
- 坊主!?
- 新井
- 坊主って隣の家の葬式も行くし、
総理大臣の葬式にも行くでしょ。
誰とでもフェアに接しますっていうのが
その役割だと思うんです。
それは何かと言うと、自分のことは考えないで、
科学をベースにして
「この判断ってどうすればいいですか」って
聞かれたときに、
専門と信念に基づいてフェアな答を言う人。
でも、「フェアな信念」はそれぞれの考えだから、
いろんな研究者を揃えておかないと
危ういと思うんです。
こうした意見をそれぞれ聞いて、
「なるほど、あいつはそう言ってるか」みたいな感じで
判断をすればいいと思うんです。
- 糸井
- そうですね、うん。
- 早野
- 研究者は奇特な存在なんですよ(笑)。
(つづきます)
2018-05-17-THU