勝川俊雄+糸井重里 対談
日本の魚は「世界一」じゃない!?
 
第2回
個別漁獲枠制度。
糸井 漁獲量を管理するルールがなかったために
世界の漁場が、
ずいぶん荒れてしまった‥‥と。
勝川 そこで各国は、1970年代から
「200海里の排他的経済水域」を設定します。

これまで「3海里」だったものを
200海里まで広げて、
その内側は
沿岸国が排他的に利用するという枠組みです。
糸井 教科書とかに出てくるやつですね。
勝川 それまで
「公海自由の原則」でうまくやってきた
日本の漁業の仕組みが、
ここで、崩れてしまったわけです。

海の資源が生み出されるためには
栄養塩があり、光合成できる浅さで
プランクトンが発生して‥‥などの条件が必要で、
そういう好漁場というのは
ほとんど
どこかの国の200海里内にあるんです。
糸井 ああ、そうなんですか。
勝川 だから「誰でも自由に捕っていい」のは
砂漠みたいなところだけに、なってしまった。
糸井 世界の漁業のルールが、変わったんですね。
勝川 これまで「早い者勝ち」だったのが、
各国が「自分の庭」を持つようになりました。

そうなると、自分の庭をきちんと手入れして、
持続的に利益を出せるような
漁業の仕組みに
各国は切り替えていく必要が出てきたんです。
糸井 なるほど、なるほど。
勝川 言い換えると
「持続的に漁獲する」という考えかたが
ここで、はじめて出てきたんです。
糸井 逆に言うと
「持続性」についての心配って、
それまで、まったくなかったわけですか。
勝川 漁業のテクノロジーが未熟だった時代には
海の生産力に、
人間の漁獲能力が追いついていなかった。

ですから、昔の漁師にしてみたら
海は「無尽蔵」で、
いくら捕っても無くならなかったんです。
糸井 でも、捕りきれる時代になってしまった。
勝川 そうなんです。

だからこそ「漁獲規制」というルールが
必要になってきているんです。
糸井 昔は、人間の技術力が
資源を枯渇させるまで進化しちゃうことを
想像できなかったけれど、
漁獲能力が格段に上がった今、
きちんと魚を残すルールや仕組みづくりが
必要になってきたってことですね。
勝川 その点で、漁獲規制・資源管理の方向へ
いち早く舵を切ったのが、
ノルウェーとニュージーランドです。
糸井 えっと、その2国だったっていうのは、
なにか、理由が?
勝川 あります。
ともに漁業が「崖っぷち」だったんです。
糸井 ほう。
勝川 それまでニュージーランドでは
一次産業を
手厚く税金で保護していたんですが
国家が、財政破綻寸前まで行ってしまった。

そのために「むしろ税金を払ってくれ」と。
糸井 お金のなかった一次産業にも。
勝川 そうです。そこで、
漁業も自立していかなければならないと
「個別漁獲枠制度」を導入したんです。

ようするに
「船ごとに漁獲枠を割り当てる制度」の
ことなんですが。
糸井 貧乏しちゃったせいで
改革せざるをえなかったんですね。
勝川 はい。また、ノルウェーの場合は、
第二次世界大戦までは
貧しい国ではあったんですけど、
油田が発見され、
国家財政が潤いはじめるんですね。

で、当時の政府は
そのお金を気前良く配ったんです。
糸井 へぇー‥‥。
勝川 「漁業の人たちも、困っているんだね。 
 じゃあ、わけてあげます」と。

そうしたら、みんな漁船の装備を強化して、
もう、あっという間に
ニシンがいなくなっちゃったんですよ。
会場 うわー‥‥。
糸井 ‥‥お金って怖いですね。
勝川 ほんと、怖いです(笑)。

よかれと思ってお金を配ったら、
自国の水産資源を潰してしまう寸前にまで
事態が進んでしまったわけです。
糸井 でも、そこから立て直したんだ。
勝川 数年間、漁獲をほとんど停止にするような
厳しい規制をして、ニシンを復活させました。
糸井 はー‥‥。
勝川 で、復活させたあとも、
魚を捕りすぎてしまわないよう規制しながら
漁業者の生活も成り立たせるよう、
漁獲量を管理しています。
糸井 ニュージーランドも、ノルウェーも、
貧しくなったおかげで改革できたんですね。
勝川 だから、われわれ日本の漁業も、
いまこそ、水産資源を管理する方向へ
舵を切らなきゃならないんです。

でも、そのことを言うと
反対するんです、水産業界の人たちは。
糸井 なぜでしょう。
勝川 だって、いっぱい捕りたいじゃないですか。

これまで、好きなだけ捕ってよかったのに
漁獲量を規制されるのは、嫌なんです。
糸井 まあ‥‥そうですよね。
勝川 ただでさえ生活が厳しいのに、
その上、漁獲量の規制なんてとんでもないと。

そう思ってしまうのは、無理もないことです。
これまで、日本では
資源管理という考えも知られていなかったし。
糸井 ええ、知りませんでした。
勝川 そこでね、ぼく、調査しに行ったんですよ。

ニュージーランドやノルウェーでは
誰がどうやって漁業改革をはじめたのかと。
糸井 ええ、ええ。そうしたら?
勝川 漁業者がやろうと言いはじめた国は、ない。
どこの国も、漁業者は大反対。
糸井 ああ‥‥やっぱり。
勝川 ニュージーランドで
当時、漁業改革を担当した官僚から
話を聞いたのですが
説明会へ行くたびに罵声を飛ばされ、
トマトを投げられ、
ミナミマグロの冷蔵庫に閉じ込められ‥‥と。
大変だったらしいです。
糸井 冷蔵庫に‥‥。
勝川 命がけですよ。
糸井 ほんとですね。
勝川 ニュージーランドの漁業者も
ノルウェーの漁業者も
もう死にものぐるいで抵抗していました。

でも、結果として
両国とも、資源管理を導入できたんです。
糸井 それは、なぜですか?
勝川 国民世論です。

結局、
国民世論が「乱獲」を許さなかったんです。
糸井 なるほど。
勝川 このままでは
自分たちの水産資源が枯渇してしまうなんて
けしからんと
国民世論が盛り上がって、
国も規制せざるをえなくなったんです。
糸井 でも、日本の場合は‥‥。
勝川 日本では、そういう情報が
漁業関係者以外に届いていないのが現状。
糸井 ですよね。
勝川 いま、変えなければならない問題が、
日本のまわりの海で起こっていることを
みんな、知らないんです。

<つづきます>
2014-06-17-TUE
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