第4回「天才っていうのは」

誰でも75点まではいけるとすると、
その正反対というか、
誰もがいけないような場所にいる人の代表が、
イチロー選手だと思うんです。
ああ、もう、完全にプロの世界ですね。
で、あの人も、ぎりぎりのところまでは
自分で説明する人なんですよ。
はい、はい。
だから、話を聞くのはすごくおもしろいんだけど、
彼が言ってることって
じつは終わったことばっかりなんです。
いま問題として抱えていることって
来年くらいに言うんですよ。
あ、そうなんですか。
それは自分で乗り越えたあとで
発表するってことですかね。
そうなんですけど、
それは出し惜しみしているわけじゃなくて、
やってる最中っていうのは、
やっぱり言葉にできないところで
もがいてるんだと思うです。
たとえ、イチロー選手であっても。
そういうときって、あのレベルでの話ですから、
きっと相談相手もいないし、
過去の自分に話が訊けるわけでもないし。
それを乗り越えた先輩もいないですもんね、きっと。
そういうことなんですよね。
ね。王さんに訊いても、
もう論法が違うんでしょうしね。
まあ、精神論としては話してもらえても。
うん。だから、イチローさんは、きっと、
やったことないことについて、
その都度、その都度考えてて、
きっと大丈夫だろうっていう勘を働かせたり、
ほんとにだめになっちゃうかもしれないという
ギリギリのところを彷徨ったりもしながら、
シーズンが終わって、ようやくそのとき、
「あのときはね、絶好調と言われてたけど、
 ぼくはほんとに悩んでたんですよ」
とか言うわけですよ。
ああ‥‥いいっすね。
だからやっぱりそういう意味でいうと、
イチローさんですら、
「天才」ではないのかもしれないですね。
いや、ぼくはだから、
そのイチローさんの話を聞いて、
「天才っていないんだ」って思った。
本当に天才という人がいるかいないかじゃなくて、
「天才っていないんだ」と思ったほうが、
いろんなことが全部よくわかるというのかな。
うん、うん。
きっとね、モーツァルトとかでも、
もし生きてて話をしたらね、
「いや、そんなことないよ、イトイちゃん」
みたいなこと言うと思うんだよ。
(笑)
そんなこと言っちゃうと
身も蓋もないかもしれないけど、
天才がいるっていう考え方って、
やっぱり、なんていうかな、
観客の遊びなんじゃないかな。
はい。あの、世の中って、
とくに日本がそうなのかもしれませんけど、
何かが出てきたときに、まず置き換えるんですよ。
「昭和の何々」と「平成の何々」を置き換えたり、
韓国の女性シンガーが出てきたときに
「韓国の安室奈美恵です」って言うてみたりとか。
日本人だと「和製マドンナ」とか。
ああ、はい、はい。
なにかにまず置き換えるんです。
それはなぜかというと、
自分の理解の範囲の中で済ませようとするから。
そうだね。
なにかそういうことに置き換えてた方が
まあまあ、みんなわかりやすいんで。
たとえばぼくらがデビューしたころは、
なんか、チェッカーズと米米クラブ足して
割ったようなバンドだといわれたんですね。
(笑)
違うねんけどなあと思いながら(笑)。
でも、ま、言われるぐらい、
ええかと思ったんですけど。
で、なにをどう表現していいか
わからへんかったようになったときには、
ほとんどの人は「天才、現る!」って言うんですよ。
うん、うん。
自分の言葉で置き換えられへんから。
ちょっとそれはずるいなと思うんですけど、
「天才」という言葉で
解決しようとするんですよね。
「天才」というブラックボックスに
放り込んじゃうんですよね。
はい、はい。
で、多くの人が、そこに放り込んで
それで解決してしまおうとする一方で、
そうじゃないぞって考える人もいて、
その人だけが、その理解できない人の
そばまで行けるんでしょうね。きっとね。
ああ、はい、はい。
「天才」っていう言葉は
それ以上考えさせないっていうことですから。
あの、だから、違う言い方をすると、
人々は、いてほしいんだと思うんですよ。
「天才」に。
うん。魔界からやってくる人として。
ああ。
つまり、たとえばいまは
「郷ひろみ」っていう人は
普通の人に見えますけど、
あの人がものすごく売れていたときなんかは、
どっかからやってきた人に見えましたよ。
テレビに郷ひろみの
お父さんとお母さんが出てるのに
「この人たちの子じゃない」って見えましたよ。
つまり遺伝とか出産とかと関係ない人に見えた。
なるほど、なるほど(笑)。
どこかから違うものが
ぽーんと出てきたような感じで。
天から落ちてきたみたいにね(笑)。
いや、もうそんときは、
そのブロックで丸ごと別に考えないと
やっぱ、わかんないですよね。
そういう子っていますよ、やっぱり。
孫悟空が花果山の岩から生まれたみたいに。
そう、そう。
本当の本当はそんなことないんだけど、
そう思いたいっていうところにみんなが収めて、
そういうのがいるっていうことで
世界っていう物語を構成してる。
はい。
いるって思わないと
自分の世界が壊れちゃうから。
そうですね、解決できなくなってしまう。
怖くて恐ろしくて、「天才」って言わないと。
そうですね。
あの、たとえば、松浦亜弥っていう子は、
デビューしたときに「誰々」って
たとえられなかったんですよね。
うまくたとえが出なかったんだと思うんですよ。
あのスピード感とか、器用さっていうのは。
「機械みたい」とは言われたけど。
「アイドルサイボーグ」とかって
言われてましたよね。
そうそう。
まあ、森高(千里)さんも
言われてたと思いますけど。
あ、言われてましたね。
誰もあの子を安室奈美恵さんだったり、
浜崎あゆみさんに置き換えようとは
しなかったと思うんですよね。
うん。「天才扱い」でしたね。
ええ。あの子は、たしかに器用で、
頭もいいんですけど、
じつは、どんくさいところがあるんですよ。
で、そういう人にありがちなことなんですが、
自分がつまづかないために、
無駄な動きをどんどんはしょっていくんです。
それが、あのスピード感につながってるんですけど。
へええ。
それが、どこかの拍子で
「つまづいてもオッケー」ってなって、
ようやく最近は、
「オトナになった松浦亜弥」とか
「セクシー松浦亜弥」みたいな、
わかる言葉にやっと置き換えて
もらえるようになったというか。
ああ。
それはすごくいいことだと思うんですよね。
たしかに、デビュー当初のあの子は
ものすごく個性的で、
過去になかった存在だったと思うんですけど、
「天才」と呼ばれる人たちは、
どこかで人間にならないと
あんまり長続きしないと思うんですよ。
ああ。長続きは人間の仕業なんだ。
最初のインパクトは「天才」であるほうが
みんなは納得するんだけど。
はい。
「天才」と言われた者が終わってしまうと、
あの、お金も儲からへんし、
幸福な感じがしないんですよね。
「天才」として生まれただけだと、
仕事になる前に終わっちゃうのね。
はい。
はあ、ほんとにそうですね。
つくづくおもしろい分析だなあ。
そんなこと、いつわかったの?
(笑)
(続きます)

2006-12-19-TUE

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(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN