- ──
- 改めて、完成した会場をごらんになって
どう思われますか?
- 上田
- 正直、今の自分の渾身の一発なんですが
だからこそ
まだまだ、何もできてないなと感じます。
- ──
- そうですか。
- 上田
- 単純に、もっと撮らないとと思うし。
- ──
- え、ほんとですか。
- 上田
- はい、怠け者だなあって思ってますので。
もっともっと、写真を撮りたいです。
- ──
- 次のテーマって、決まってるんですか?
- 上田
- ひとつには人物のポートレイトですね。
だいたい10年に一度くらい、
定期的にポートレイトを撮りたくなって
バーっと撮るんですけど
すぐにまた、何年も撮れなくなるんです。
- ──
- おもしろいですね。
- 上田
- その「人物ポートレイトを撮りたい波」が、
久しぶりに、もうれつに高まっていて。
- ──
- 楽しみです。
- 上田
- 当たり前の話ですけど、
人って、誰にも似てないじゃないですか。
人の前に立つと実感するんですが
ひとりひとり、ぜんぜんちがうんですよ。
- ──
- 人物の場合って、風景や静物とちがって
撮られているときに
向こうも何かを考えているわけですよね。
- 上田
- ええ、そうですね。
- ──
- そのことが、写真に影響したりしますか?
- 上田
- コミュニケーションですから、もちろん。
- ──
- 人の顔って、どういうものでしょうか?
- 上田
- 「そこに、ぜんぶ出ちゃうもの」ですね。
閉ざしている人は、閉ざした心が出るし。
- ──
- なるほど。
- 上田
- 仮に「本当の自分」というものがあるとして、
それが写真に映るってことは
おそらく、滅多にないことだと思うんです。
- ──
- はい。
- 上田
- でも僕は、少なくとも
そのことを撮りたいなあと思っています。
そんな大それたことが簡単にできるとは
思わないけど、
その人のぜんぶを、写し込むというか。
- ──
- アンディ・ウォーホルさんとか
北野武さんとか、
有名なポートレイトも撮影されていますし
『PORTRAIT』(ポルトレ)という
ポートレイトの写真集も出されていますが
そんな上田さんでも‥‥。
- 上田
- 簡単じゃないですよ。
でも、
そういうポートレイトが撮れたらなって、
いつも思ってます。
- ──
- 定期的に撮りたくなるんですね。
- 上田
- ええ。で、定期的にイヤになる(笑)。
「ああ、これ以上は無理だ」と思うんです。
- ──
- 良くも悪くも、「人」って、被写体として
「強い」ってことでしょうか。
- 上田
- 強いです。
だから、しばらく人ばかり撮っていると
目いっぱいになっちゃって、
しばらくの間、撮ることができなくなる。
でも、また10年くらいしたら
ぜんぜん足りてないくらい撮りたいって
思うようになるんですよね。
- ──
- これはずっと思っていたことなんですが、
写真って、どうして
「せつない感じ」がすると思われますか?
- 上田
- やっぱり「二度と再現することができない」
という一点じゃないでしょうか。
永遠に失われてしまった時間が、写ってる。
たしかに存在した場面なのに、
それは、今では
跡形もなく、なくなってしまってるから。
- ──
- なるほど。
- 上田
- しかも、ものすごく克明に、
細部まで、
そのときの状態のまんまが、写っている。
そのことが、よけいに、
見る人を
せつなくさせる理由なのではないかなと
思います。
- ──
- 写真って「見のがし」なく、
その場の「すべて」が写るんですものね。
- 上田
- それが、写真の根源というか、
魅力の大元なんだと思います。
- ──
- 上田さんがこの展覧会に寄せた文章中に、
「写真に出会ってよかった」
というような意味のことが書いてあって、
ごくシンプルで、
何の飾り気もない言葉なんですが
何と説得力のある言葉なんだろうと思いました。
- 上田
- 写真に出会って、本当によかったです。
そのことについては、
この先も変わりようがないと思います。
- ──
- ここから10年、20年、30年、
まだまだ撮っていかれるわけですけど。
- 上田
- だって僕、写真やカメラのことを
いまだに
すごく不思議なものだと思っているんです。
- ──
- 不思議なもの?
- 上田
- とんでもなく不思議なものだと思っていて
そして
その不思議は乗り越えられないなって思う。
この先も「え、こんなふうに写ったんだ」
「わー、すごいな」って(笑)。
- ──
- そんな感じで、ずっと続くと。
- 上田
- そうでしょうね。
- ──
- 写真が「もう、わかった」という瞬間は、
来ないんでしょうか。
- 上田
- 来ないと思います。
すべてを自分のワクのなかに閉じ込めて
「これしか撮らない」って決めて
「ほら、撮れたでしょ」という写真ほど
つまらないものは、ありませんし。
- ──
- なるほど。
- 上田
- 当たり前すぎて、
それができたところで何なんだって言うか、
感動も何もないと思うんです。
もちろん、写真をはじめたころのような
「写った!」というよろこびは
もう、とっくの昔にありませんけど‥‥。
- ──
- ええ。
- 上田
- それでも僕をヘコましてくれるような、
「うわあ、かなわない!」というおどろきを
フィルムに定着できたときには
もう「見入る」しか、なくなってしまいます。
- ──
- 見入るしかない。写真に。
- 上田
- そういうおどろきがやってきてくれたら、
自分が撮った写真でも
第三者のように「いいな」って思えるんです。
- ──
- そのためにも、上田さんのおっしゃる
「世界に開かれた態度」が、重要なんですね。
- 上田
- そうかもしれないです。
- ──
- ちなみに、
いわゆる「上田義彦が撮った写真」として
有名な写真でも
ここに選ばれていなかったりしてますね。
- 上田
- ええ、やっぱり、
今でも、ドキドキできるかどうかですので。
自分が飽きていたら、
どんなに評価され、人に知られた写真でも
選ぶことはできませんでした。
- ──
- 改めて、この場に集められた写真は
上田義彦さん35年のキャリアのなかでも
「ドキドキした写真」ばかりだと。
- 上田
- そうですね、写真展を見てくれた人に
「これはいったい何なの?」
って聞かれたら
「ぼくがドキドキした結果のものです」
としか‥‥言いようがないです。
何だか無責任だし、
何だかバカっぽくもあるんですが(笑)、
それが、正直な気持ちですね。
<おわります>
(2015-05-07-THU)