第6回
私は勃たない、という大思想(前編)
私は勃たない、という大思想(前編)
橋本 |
平賀源内が、40代の後半ぐらいに書いた、 『痿陰隠逸伝(なえまらいんいつでん)』 っていうのがあって。 |
糸井 |
戯作? |
橋本 |
うん。それをここで言ってしまっていいのか、 っていうような、ちょっと内容、 ためらわれるような。 フロイトが読むとびっくりするような内容なの。 つまり、男の権力欲を、 ぜんぶセックスの比喩に例えてて。 天下というのが女性器で、 男の権力欲というのは男性器で、 豊臣秀吉も犯したんだ、とかっていう、 そういうような話なの。 |
糸井 |
えっ? それは、その時代に、 平賀源内のオリジナルでできてるの? |
橋本 |
書いてるの。 |
糸井 |
すごいねぇ。 |
橋本 |
うん。そんで、私は勃たないチンコだ、 って言ってるの。 つまり、入れてくれるところがないんだから、 勃ちようがない、っていう。 俺、その1行で、平賀源内は思想家だと思うもん。 |
糸井 |
それは、感心した。 戯作の中にそれが書いてある? |
橋本 |
そう。 |
糸井 |
誰に読ませるんだ? いったい。 |
橋本 |
わかんない。 |
糸井 |
思想書じゃん、もう。 |
橋本 |
うん、しかも、日本史の始めから中国の歴史まで、 ぜーんぶそういう、性ことごとの、 チンコとマンコの比喩だけで、 ずーっと書いてったという。 |
糸井 |
すごい。それがいちばんすごい作品じゃないか? |
橋本 |
うん、いちばんすごいと思うよ。 ほんで、しかもあの人はゲイだから、 私は女のマンコの中に入れないで、 若い衆のお尻の中に入れている、 それで自分のチンコは無駄になっているから、 だから勃たないんだ、っていうの。 それは、俺が、江戸時代における、 個人と社会との関係っていうのを もっとも端的に表した、 すごいもんだと思うもん。 |
糸井 |
平賀源内展は、 その思想の部分っていうのを‥‥。 |
橋本 |
うん、ないよ。 |
糸井 |
出しにくいんだろうね(笑)。 |
橋本 |
出しにくいんだよ。 |
糸井 |
現代日本においてね。 でも、この場で、この発言の中で 出てきたっていうことで救われたね。 |
橋本 |
うん。ほんとさ、江戸時代の人って、 自分の経験しないことはわかんないわけさ。 だから、平賀源内は、 自分の不遇みたいの、ぜーんぶ経験してて、 ほんで、なんだっていったって、 人間て、腰のあそこでしょ? 男は腰のあそこでしょ? だったら自分というものが、 そこでシンボライズしてもいいわけですよ。 それの文章に書けば、 戯作というカテゴリーにしか入らないけども、 それは、発表するジャンルとしてあるんだから、 私は書くよ、って。 |
糸井 |
だんだんすごくなってきたじゃない。 |
橋本 |
うん。でも、でも、そこで終わりなんだよ。 |
糸井 |
問題は、その思想が、 伝授もできなければ、 広がりもしなかったっていうことですか? ふつうだったらさ、俺らは今の時代に、 すげぇ! って言ったけど、 その時代のお友だちたちはどう思ったんだろうね。 |
橋本 |
話題になんないんじゃないかな、と思うよ。 |
糸井 |
こないだ芳賀先生とお話してたときに、 源内は、とにかく好かれてたっていうことを ものすごくおっしゃるんですよ。 |
橋本 |
詳しくは、僕も知らない。 |
糸井 |
杉田玄白とかが、平賀源内のことを 書いてるものを見ると、 明らかに好いてますよね。 で、男色関係だけじゃなくて、 好いてたと思うんですよ。 で、そういう友だち連中みたいなものを、 惹きつける力っていうのは、 今の大思想の中にこめられて‥‥? |
橋本 |
いや、たぶん、大思想を出すと、 なんか、嫌われるかもしれない。 平賀源内が、人に好かれるんだとしたら、 空気みたいに軽いヤツだから 好きだっていうことじゃないかな。 うっかり中身出しちゃうと、 男同士だからぶつかり合っちゃうんだけど、 そういうので平賀源内って中身が空だから、 スーッと入っていっても大丈夫って、 包容力みたいなものもあって好かれて、 っての、あるかもしれない。 |
糸井 |
‥‥今、ちょっと、 自分に通じるものを感じましたね。 |
橋本 |
うん、通じてきますよね。 カルチャーっぽいっていうかね。 |
糸井 |
ねぇ。「中身が空だから」ってあたりね。 その戯作の話っていうのは、 何で知ったんですか? それを読んだんですか? 誰かの紹介ですか? |
橋本 |
岩波の一昔前の、 日本古典文学体系の風来山人集って中に 入ってるんですよ。 それで、それをやってるのが中村幸彦っていう、 ちゃんとした偉い先生で、 『痿陰隠逸伝』っていうのは、 今まで、わい雑なようで評価されてなかったけど、 平賀源内の晩年ぐらいの心情を 表明しているんでないか、 みたいに書いてあったから読んでみたら、 俺、それでのけぞったの。 のけぞって、『江戸にフランス革命を』 っていう本をまとめるときに、 その文章を、もうそのままに全文紹介して、 訳もつけます、みたいなことをやったのね。 |
糸井 |
『江戸にフランス革命を』って、 そういうことで書いたんだ。 |
橋本 |
うん。っつうか、まあ、やってるうちに、 けっきょく江戸時代に 何が欠けてるのかっていうと、 個人がいない──っていうと、 また、近代がうんぬんになっちゃうけど、 肉体を持って生きている個人がない、 つまりそれは、 平賀源内が勃たないチンコだ、 って言っているっていうようなかたちで、 自分がないっていうことなんじゃないか、 みたいのがあって。 だから、江戸には肉体がない、 イコール、肉体にまつわるさまざまがない、 っていうような、 許されてはいたんだけどない、っていうね。 |
糸井 |
あ~。 |
橋本 |
つまり、吉原はあるわけだし、 ポルノ禁止されてるわけじゃないから、 セックスは自由じゃないですか。 それにも関わらず、 これは勃つ場所がないから勃たないチンコだ、 って言ってるっていう、そのことがね‥‥。 |
糸井 |
その状況の中で、 それに気づいた平賀源内っていうのは、 やっぱりとんでもないよね。 |
橋本 |
うん。だから、それなりには 経験してたんだと思うよ。 |
糸井 |
痛い目にあってたってこと? |
橋本 |
うん、だからその、フリーで、 どこにも仕えて‥‥ほんとは、平賀源内も、 どっかに就職したかったんだと思うよ、 大名家に召し抱えられて。 それも駄目、あれも駄目‥‥。 |
糸井 |
つまり、文化の妾になって、 妾としての嫁ぎ先を求めてたわけですよね。 |
橋本 |
いや、でも、妾じゃなくて、 もっと信じてたと思う、自分のやってたことを。 つまり、その、信じてる分だけ バカだったかもしれないけど、 私のやってることは役に立つんだから、 絶っ対にお得なんです、っていう。 だから、そこらへんは、 都知事になっちゃった青島幸男よりは 俺は上だと思うんだけど。 |
糸井 |
う~ん‥‥。 |
橋本 |
平賀源内の使い方が下手だったのかもしれないよ? だってさ、その、鉱山開発で呼ばれても、 うまくいかなかった、みたいなのがあってさ。 そうすると、平賀源内は 山師としては大したことはない、 っていうふうに言われちゃうの。 平賀源内って、有名人だったんですよ。 でも、鉱山開発も、 人間として我が方に仕官しないか? あなたの仕事のためには、 我が方からこれだけの援助をするから、 1回目駄目だったとしても、 次にやるときに、 どういう勉強をすればいいかっていうことの、 必要な資料は我が方で整えますよ、 みたいなふうになったら、 平賀源内だってどうなったかわかんないですよ。 |
糸井 |
そうだね、うんうんうんうん。 |
橋本 |
でもけっきょく有名人にならなくちゃ 食ってけないわけでしょ? だって、戯作者っていうのは、 お金は入らないわけだからさ。 平賀源内であることで、 お金が発生しないことには、 職業はないわけだし、 所属してる身分もないわけだから。 そうすると、平賀源内で 食ってかなきゃいけないっていうのは、 食っていけるという事実もありながら、 食っていけないっていう現実もあり、っていう、 そういう不思議なあり方をしちゃったのは、 たぶん、平賀源内が最初なんじゃないかなぁ。 |
糸井 |
今そのものだね。 |
橋本 |
うん、そうだよ。 |
(つづきます。) |
2014-12-27-SAT
タイトル
橋本治と話す平賀源内。
対談者名 橋本治、糸井重里
対談収録日 2004年3月
橋本治と話す平賀源内。
対談者名 橋本治、糸井重里
対談収録日 2004年3月
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