かみ添さんと白い紙
 その2

第2回  白い紙の上に、白をのせる。

伊藤 伝統的な文様を新しい解釈で使うことも?
嘉戸 はい、たとえば、
天神通りの割烹料理屋さんの例ですと、
唐草文様を作ったんです。
唐草って2つのベクトルがあって、
ひとつは蔦が絡まってる唐草、
もうひとつは龍が空を舞ってるさまを
意匠にしたという謂れがある。
天神唐草っていう古典の名があるほどなんです。
伊藤 へぇー!
嘉戸 天神通りは龍が通る道ですから、
その唐草を思いついた。
ただしそのままではいけない。
梅で有名な北野天満宮の参道にあるとこやし、
その天神唐草に梅を散らして
オリジナルの紋を作りました。
自分で線を引く場合もありますし、
ものによってはぼくの知ってるイラストレーターに
線を描いてもらったりもします。
いろんなやり方でやっています。
それはぜんぶ、ぼくからしたら、
グラフィックデザインをやってるようなものなんです。
伊藤 納得! 修業先で学んだデザインは
古典柄、伝統柄なのだけれど、
それをそのまま使うことはないわけですね。
そこで吸収したものをベースにして
アレンジしていく‥‥。
嘉戸 古典文様にはそれぞれ意味があるんです。
たとえばこの柄はお茶関係の柄とか、
この柄はお公家さんの柄とか、この柄はお寺の柄とか。
伊藤 へえー!
そういうことをを知ってるのと知ってないのとでは
全然、見方も、つくり方も変わりますね。
嘉戸 古典文様ってあまりに古すぎるんで、
じつは意匠がないんですよ。
けれども、古い唐紙の文様を写したりコピーして
印刷していいのかというと、
そうではないとぼくは思います。
そして、あたらしいものをつくるときには、
やっぱり文様の意味合いが大事です。
たとえば「双葉葵はどう?」って
言わはったお客さんに対して
双葉葵は上賀茂神社や下鴨神社の
ご神紋として使われているんですよ と。
伊藤 そのまま使うのはやめましょうという提案ですね。
その知識というのは、
修業をなさっていた時代、
手を動かしながらいろいろ教えてもらったことなんですか?
嘉戸 教えてはもらえないです。
仕事をやってる間に、ぼく、
ずっとワークショップ担当してたんですよ。
そんなんで勉強していったのと、
どういう過程でこういう意匠になったのか、
それで自分で調べたり、
逆に全然第三者に聞いたりとか。
ぼくは最初にプロダクトデザインを学んで、
1回、クッションとしてグラフィックのことを
やってから伝統の世界に入ったんで、
ほかの人たちと、面白いと思うポイントが
ちょっと違ったんかもしれないですね。
けれども、そこもやっぱりつながっていて、
つくった唐紙は、襖(ふすま)になって立ち上がる。
そこの素材には、紙も木も、金属もあります。
それをひとつにどうまとめるかと考えるのは、
プロダクトデザインと同じなんですよ。
いまやってることは、ぼくの中では
全てがつながってるつもりなんです。
伊藤 伊賀の土楽の福森雅武さんのお家の
襖の貼り替えをなさるとか。
嘉戸 はい、まずは間仕切り4枚からですけれど。

福森さんのところへ初めてお伺いしたときに
柿渋のもみ紙をお渡ししたんですね。
紙ですけども、渋で染めて強くなって、
面がめっちゃ強いんです。
昔、これで織りを作ってはったし、
座布団も作ってはったし。
番傘とかも紙やし。

福森さんは「これ、誰が作ってんねや」
っておっしゃるので、
あ、ぼくが作りましたって言ったら、
「こんなん、誰もかれもがつくるんか」と。
ぼくが言ったのは、
誰でもやろうと思ったらできるんですけど、
誰もやらないだけですと。
たぶん、こういうのはやる人が単純にいないんですね。
やりたい人はいっぱいいるんでしょうけれど。

もみ紙って本来の職人さんが、1人しかいないんです。
その方はもう年なんですが、
その方のとこに行って教えてくださいって言ったら、
もうこんなん、誰でもできるから適当にやれって言われて。
伊藤 うーん!
嘉戸 いや、それはわかりますけど、とりあえず見せてくださいと
1回見せてもらって、あとはもう自分で自由にやれと。
これ、実際、ほんとに、誰でもできるっちゃ
誰でもできる仕事なんです。
伊藤 えぇ? そんなことはないですよ!
嘉戸 要はもめばいいんで。ま、細かいこと言えば
いろんなもみ方があるんですけど。
福森さんはこれを見て、
「こんなん、まだ自分でやってる人がいるんや」
っていうので、喜んでくださったんです。
こういうものは、もともとはどっちかっていったら
田舎臭いというか、おじいちゃん、おばあちゃんが
つくってはる感じですよね。
けれどもこういうもんが新しく見えるのか、
ああ、もみ紙ねってなるのかって、
誰が提案するかとか、どうやって人に見せるかで、
がらっと変わるんですよね。
伊藤 そういう客観的なものの見方って、
アメリカに行かれたことで
身に付いたのかもしれないですね。
嘉戸 そうかもしれませんね。
日本の大学にいるときは
授業で出されるのって西洋のものですよね。
近現代でもピカソとかウォーホールとかコルビジュエとか。
アメリカに行けばさらにホンモノに触れられると思ったら、
真逆で、枯山水とか葛飾北斎とか浮世絵とか、
横尾忠則とか、ばんばん出てくるんですよ。
西洋の人は日本のものを見て、
そこからインスピレーションを得て
いいものをつくってはるんです。
伊藤 アメリカと「唐長」さんを経験して独立なさって、
嘉戸さんがいちばん最初につくったものは、
何だったんですか。
嘉戸 壁紙です。この壁にあるのとおなじものなんですよ。
伊藤 こちらですね。わあ!
間仕切りにしてもよさそう。
嘉戸 そう、リビングの間仕切りにもうまいこと使えるんですよ。
こっちが洋間やったら洋間用の紙を張って、
裏っ側に和のテイストの紙を張れば和室にも対応できます。
伊藤 光の入り方で
見え方が変わるんですね。
嘉戸 見る角度でも全然変わりますよ。
伊藤 ほんとだ。
白い紙の上に、白がのっていますね。
嘉戸 胡粉地にきら(雲母)押しっていう、
いちばんベースの仕上げです。
伊藤 うちには襖がないんですが、
いいでしょうねえ。
嘉戸 襖って、けっこうな面積がありますよね。
それだけに、貼り替えることでいろんな表情が出る。
既成の紙を張っとくだけではあまりに勿体ないです。
伊藤 建て売り住宅の襖も張り替え可能ですか?
嘉戸 ああいうところの襖に
張りたいって言ってくださるお客さんもいて、
襖、預かるじゃないですか。
そしたら縁も取れへんし、
下地が発泡スチロールやし‥‥。
そんな襖もありますよ。それはどうにもできない。
傷んじゃったら捨てたらええわってな
感覚になっちゃってるんでしょうね。
普通の襖やったら、
縁取って、紙、「浮け」っていって浮いて張ってるんで、
下にカッター入れたらびっと剥がれます。
で、張り替えて、縁戻して納めることできるんですけど。
伊藤 うーん、残念ですね。
そういうお宅には襖ではなく
絵を飾る感覚で唐紙を飾るのも
いいかもしれないですね。
嘉戸 お店の人とか事務所の人は唐紙で
パネルをつくってくれはったりもしますよ。
伊藤 やっぱり!

2012-11-13-TUE

 

 

まえへ
このコンテンツのトップへ
つぎへ
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN