しずかな瀬戸内海とオリーブ畑にかこまれた、岡山。
そこにアトリエを構える木工作家、
山本美文さんをたずねました。
ちいさな木の匙から、お皿やボウル、そして家具まで、
いろいろな「木」の作品をつくる山本さんの、
代表作のひとつが「白い漆」のうつわなのです。
「漆」なのに、カジュアルなそのたたずまいは、
ふだんの料理を盛るのにもぴったりで、
伊藤さんも愛用しているうつわのひとつ。
きちんと手入れされた道具に囲まれた、
すみずみまできれいにととのった工房で、
いろいろなお話をうかがってきました。
伊藤まさこさんのプロフィール
その1 必然というかたち。 2015-03-20-FRI
その2 小さな木も大きな木も。 2015-03-23-MON
その3 雑貨のような漆。 2015-03-25-WED
その4 和にも洋にも。 2015-03-27-FRI
その5 「脇役」をつくる。  2015-03-30-MON
その5 「脇役」をつくる。
──
漆には、伝統もありますし、
使い方にも厳格なルールといいますか、
あるていどの教養が必要だと思い込んで、
億劫になってしまうところがあります。
カジュアルに使おうと思っても、できない。
けれども山本さんの白漆は、
そういう制約から自由ですよね。
山本
そうですね、僕としても、
「こう使ってほしい」というのはありません。
ものを作る時って、いつもそうですが、
自分が作ったものは「道具」。脇役です。
うつわも、形の美しさを一番にしていません。
使われる方のセンスを信じたい。
そんなふうに、いつも思ってるんですよ。
伊藤
──多いですよね。
自由に盛ったらいいと思うのにな。
武井さんのような料理好きな方は
そんなことないかもしれないけれど。
武井
そうですね、
僕は何を盛るか考えて、うつわを買います。
でもなんとなく形が好きだからという理由で
買ったものって、使わなくなるんですよ。
それがもったいなくって。
「形が好きだけど、どうしよう?」っていうときは、
必死で料理を考えたりしますよ。
「そうだ、アレだ!」って思いつけば大丈夫です。
飯椀って書いてあっても、
「これは麺用にしよう」とかもあります。
伊藤
うんうんうん。
私の家にある山本さんの飯椀も、
麺やスープ用に使ったりしています。
ちょっとエスニックっぽいにゅうめんに、
もやしを乗せてもいいし、
ポタージュとかでも合うし。
山本さんの白漆は、口当たりもいいですよ。
手入れもそんなに気を遣わなくていい。
山本
漆ですから、強いんですね。
木地を活かしたものは、
どうしてもザラッとしやすいので、
時々オイルを塗ったりしないといけないけど、
漆のものは、そんなにザラッとしないですよ。
伊藤
漆ってすごいですね。
そういえば、お箸も漆ですね。
山本
利休箸ですね。
木は、地元のものじゃなく、吉野の杉です。
利休箸って、千利休が材質を指定しているんですよ。
伊藤
形も山本さんが?
山本
いえ、千利休の考えたままです。
利休箸を作る前は、
普通の自分のオリジナルの箸を
何膳か試作してみたんですけど、
利休箸を使ったら、
「これよりいい箸は作れない!」って(笑)。
最初は自分で削っていたんですが、
いまは、吉野の職人から取り寄せた利休箸に、
白漆を塗っています。
伊藤
白漆をほどこしたことで、
イメージが全然変わるんですね。
自分で削らなくなったのは、なにか理由が?
山本
それをやっているとお箸専業になってしまうから。
こういうものって、
ついつい「それだけ」になってしまうんです。
2、3年前かな、気付いたら1年間、
木の匙ばかり作っていたことがあって。
うつわを作る時間がまったくなくなっちゃった。
伊藤
え? 木の匙ばっかり?
山本
はい。たくさん注文をいただくようになって、
オリーブの匙は製材から手で削るところまで
全部自分で加工するので、
時間がかかってしまうんです。
それで、「これはいけない。これだと、木の匙以外、
何も作れなくなるぞ」と思って。
いまは、3、4人、
週末にアシスタントに来てもらい、
下地づくりをしています。
もちろん最後は、僕が仕上げるんですけど。
伊藤
この、山本さんならではのノミ跡とかが、
その仕上げの工程で生まれるんですね。
山本
はい。効率もあがりました。
そうすることでまた
うつわを作る時間が取れるようになりました。
伊藤
アシスタントのみなさんは、
お弟子さんということですか?
山本
いや、木工が好きで、
やりたいっていう人たちなんです。
平日は本業をもっているから、土日だけ。
以前は、弟子みたいな形で、
毎日来てもらっていた人もいました。
けれども、毎日顔をつきあわせて
ものづくりをするから、
自分のものづくりに集中できなくなっちゃって。
彼らが独立するまではと教えていたんですけど、
ひと区切りしたので、工房のシステムを変えました。
伊藤
では、家具のような大きなものは、今は?
山本
オーダーを受けて作っています。
やはり自分ひとりですべてをやるには手が足りないので、
僕がデザインをして、材料を選んで、
アシスタントたちに組み立ててもらいます。
伊藤
なるほど。材料選びは山本さんが。
山本
まだ木工を始めたばかりの人は、
技術はあっても、素材選びの経験値がないんですね。
材木を見た時に、どの部分を何に使えばいいか、
「木取り」っていうんですが、それができない。
「この木は、こういうふうに反るだろう」とか、
「あそこは割れそうだ」とか、
そんなことも考えなくてはならないですし。
伊藤
えぇ? それがおわかりになるんですか。
山本
だんだんわかるようになるんですよ。
今まで失敗を何回も繰り替えしてきてるから、
「あそこを切ったら、そこが右に反って、
 あの辺は割れやすい感じだなぁ」とか。
でも、最初は、僕もそうでしたけど、
効率良く順番に「木取って」いってしまう。
それで何回も失敗するんです。
どこかが割れてきたり、木が反ったり。
その失敗を繰り返してるうちに、
どこを天板に、どこを脚にしたらいいのか、
だんだんわかってくるようになるんですよ。
だから、「木取り」は僕がしておきたくて。
伊藤
もうデザインもできているし。
山本
機械で加工するのは、
これから育つ若い人に学んでもらって。
時間が経てば「木取り」も
自分でできるようになると思うんですけれどね。
伊藤
経験と、失敗を、いろいろして。
山本
はい、失敗しないとわからないことが、
いっぱいありますから。
伊藤
そうですね、たしかに、なんでもそうですね。

ああでもないこうでもないをくりかえし、
時間をかけてゆっくりと
「ほんとうに必要だから生まれた」
暮しの道具を作ってこられた山本さん。
山本さんの白漆の器は、
ご本人もおっしゃるように、
たしかにどこか雑貨のような雰囲気があります。
なんだかかわいらしくて、
手に取りやすい。
私の食器棚の中でも、
漆器や和の器の棚ではなくて、
フランスのヴィンテージの白いお皿や
ピッチャーなんかが並んでいる棚に
ぽんと置いてあるのでした。
白漆の器は、
目立つ存在ではないけれども、
ひとつ置いてあると、
テーブルの上がなんだかほっと温かくなる。
あるとないのとでは大違いなのです。
あ、これが山本さんのおっしゃる
「しずかにがんばる」ってことなのかもしれないなぁ。
そんな風に思ったのでした。

伊藤まさこ

 

2015-03-30-MON
 

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写真:有賀傑