伊藤 | 嘉戸さん、お仕事場を拝見しても? |
嘉戸 | なんにもないですけど、 それでよければどうぞ。 こちらです。2階なんですよ。 |
伊藤 | (2階に上がる) わあ、ここでつくっていらっしゃるんですね。 道具を説明していただいてもよいですか。 これは‥‥ |
嘉戸 | こちらは版木の上に絵具を置くための道具です。 |
伊藤 | こういう道具類は御自分で? |
嘉戸 | 木工の作家さんに言って作ってもらうんですよ。 あとは自分の手に馴染ませていくように削ったりします。 ただ、ぼくの悩みは、新しい道具って、 色気がないってことなんですよ。 職人さんの道具ってすごい色気があるじゃないですか。 |
伊藤 | ああ! |
嘉戸 | 唐紙の工房では特に自分用の道具が 決まってる訳ではないんです。 普通、たいがい職人さんて、これ、自分の刷毛とか、 決まってると思うんですよ。 だからその人の手に合った 道具になってるはずなんですけど、 唐紙の場合は特別自分専用の道具がない。 だから自分で始めようと思うと全部新調するんです。 ぼくの場合、まだ使い込まれてないから、 ますます色気がない。 こうして工房をお見せするのに、 みなさんの期待はずれになっちゃうんで恥ずかしい(笑)。 それにこの広さだと、襖でいえば一気にできるのが、 4枚分ぐらいなんです。 広い工房があればもっと沢山一気に作れるのですが‥‥。 |
伊藤 | いえいえ、こんなふうに、こぢんまりした、 ここさえあればできるっていう場所も素敵ですよ! 嘉戸さん、版木はどのように? |
嘉戸 | 基本的には、柄をぼくが考えて、 それを彫り師さんに託します。 けれども最近はいろんな作家さんと 一緒につくることも多くて。 これは彫刻家の須田悦弘さんとつくりました。 |
嘉戸 | 留柄(とめがら)と呼ぶものもあるんです。 |
伊藤 | 留柄? |
嘉戸 | 個人の所有の版木で、 そのお施主さん用に起こした版木のことです。 うちの見本には入らないんですよ。 これは個人的な意見ですけど 本来、全部そうやったと思うんです。 お施主さんがお金払って版木を作ってるはずなんで、 本当の所有権というのはお施主さんのはずなんですね。 あくまでも個人的な意見です。 |
伊藤 | そっか、うんうんうん。 |
嘉戸 | そのへんがちょっと曖昧になってきてるんで、 ぼくはそっちの方に、 つまり昔こうやって仕事してはったんちゃうかな、 っていうふうに戻していってるんです。 |
伊藤 | 版木はかならずこのサイズなんですか? |
嘉戸 | そうです。決まりではないんですけど、 ぼくがいちばん好きなサイズです。 京間の襖って、3尺6尺で、 900×1800って大きさなんですよ。 それをちょうど12等分した大きさで、 一尺五寸の一尺、つまり45センチの30センチ。 |
伊藤 | この、繰り返しのパターンを つなげていくのは‥‥。 |
嘉戸 | 紙に、縦の寸法なら30センチずつ、 見当を付けるんですね。 で、作業台には版木の横幅の見当を付けるんです。 したら1回、絵具をここにのせて、1枚刷る。 そして、版木を45センチずらして、また刷る。 1列刷ったら、こんどは紙を30センチずらして、 2列目を刷る。そういうふうにやっていきます。 つまり、手動のインクジェットプリンタのようなものです。 よく、このちっちゃい版木で どうやってあんなおっきいの作るのって 言われるんですけど、 そういうふうにつくっているんですよ。 |
伊藤 | その、「絵具を置く」というのがわからなくて。 |
嘉戸 | 刷毛に絵具をつけて、 まず、こちらの木の道具の 全面に塗るんですね。 それを、版木に移すんです。 |
伊藤 | なるほど! ありがとうございました。 |
嘉戸 | 降りるとき気をつけてくださいね。 階段が急ですから‥‥。 |
伊藤 | (階段を降りて壁紙を見る) あ‥‥、見え方がちがう! 夕方になって斜めに日が入って。 すっごくきれいですね。 |
嘉戸 | ありがとうございます。 |
伊藤 | 嘉戸さんはほんとうに白を使うのが上手ですね。 |
嘉戸 | 紙のベースが白ですしね。 |
伊藤 | でも、紙の色も顔料も、色を使おうと思えば‥‥。 |
嘉戸 | ぼくが単純に白が好きっていうのもありますし、 胡粉地にきら(雲母)ってのが 基本のものとしてあるというのも理由です。 白地がね、いちばん難しいんです。 |
伊藤 | 白地がいちばん難しい。 |
嘉戸 | もともと、何で白に染めてるかといったら、 デザインでも何でもなくて、 単純に紙を補強するためと聞いた事があります。 |
伊藤 | へぇー! |
嘉戸 | 紙の強度を上げるため。 要は和紙をそのままべっと張るのと、 胡粉で1回染めた和紙を張るのとでは もちが全然違います。 日焼け具合とか、 そして防虫作用があるんで、虫に食われにくい。 |
伊藤 | ただ単に柄をつけるとか、色をつけるとかじゃなくて! |
嘉戸 | 個人的な解釈ですが、唐紙の歴史で 最初によく使った顔料が たぶんこれやと思うんですよ。 胡粉ときら。 胡粉は貝殻で、きらは雲母、花崗岩ですね。 この2つは、どんな色作りでも絶対使う絵具です。 |
伊藤 | なるほど。 嘉戸さん、まず「単純に白が好き」って おっしゃったじゃないですか。 実用面、歴史的なこと、いろいろおありでしょうが、 嘉戸さんが白が好きというところを もうすこし聞かせていただけますか。 なぜ惹かれるんでしょうね。 いろんな表情とかがあるからかな。 |
嘉戸 | うーん。こういうことは妻のほうが よくわかっているかもしれないです。 |
美佐江さん | はい(笑)。 和紙って皆さん、真っ白いものを イメージされると思うんです。 昔からお金を包むものとしても白。 やっぱり浄化されるものですし、 白いものって、 憧れの気持ちがすごくあったと思うんですよ。 結婚式の姿にしてもそうですしね。 |
伊藤 | そうですね。白無垢で。 |
美佐江さん | そういう力ってあると思うんです。 わたしたちにも最初はお色があるものを求められる方も 多かったんですけど、 「白」で行きたかった。 やっぱり「好き」なんだと思うんです。 だんだんと、白いものが増えていき、 気付いたら真っ白になりました。 やっぱりひとつひとつの素材を触って、よく見ると、 白いものの中でも違いがすごくわかってくると思うんです。 白いものになればなるほど、その光り具合、 触った質感とか、薄さとか、すごく敏感になっていく。 全然和紙を知らない方でも わかっていただける素材なんですね。 それを色でおおいかぶせるのは すごくもったいない気がするんです。 |
伊藤 | なるほど‥‥。 こうしてやわらかな光のなかで 唐紙を見せていただくと、 その表情のゆたかさって とってもよくわかる気がしますね。 薄暗いからこそ、みたいな。 |
嘉戸 | 昔って、電気がない生活ですものね。 朝は太陽が上がって、昼間はてっぺんに太陽があって、 夕方、日が沈む。で、お月さんが出る。ろうそく点ける。 唐紙のベースできら刷りがあるのは、 きらの表情が、光でものすごく 変わるからなんだと思います。 テレビもない時代、居間は、 本読んだり、誰かと話して お茶飲んだりする空間ですよね。 そんななかに、時間で表情が変わるものがあるって すごい贅沢なことやったと思うんですよね。 だから、きら刷りの襖って広がったと思うんですよ。 |
伊藤 | こんな素敵な唐紙が張ってあったら お家にずっといたくなっちゃうかも。 |
嘉戸 | たぶんまさに、もともと、そのために きら刷りってあったんちゃうんかなぁっていう。 |
美佐江さん | 昔の家の中って暗いもんですよね。 今、ちょうど夕方で、このくらいの状態が たぶん昔の光り具合だと思うんです。 ですから今いちばん表情出してると思いますよ。 蛍光灯で青い光を当てると ただの白い紙にしか見えないんです。 日が当たる位置だとか、そういったもので 家の中で時間の経過がわかるというか、 朝なら、壁の表情を見て、 あ、もうそろそろ起きなきゃ、 みたいな感じだったんじゃないかしら(笑)。 |
嘉戸 | 昔の人の知恵でしょうね。 空間をいかに楽しむか。 |
2012-11-15-THU