かみ添さんと白い紙
 その2

伊藤まさこさんのプロフィール

第4回 白でとどめておくのは難しいけれど。

嘉戸 こういう伝統技法の唐紙が、
今の住環境に合うかはわからないです、正直なところ。
たとえば子供部屋には明るい部屋の方がいい。
無理矢理張ることはいいとは思わない。
せっかくやるんやったらここも、ここもって
なるんですけど、でもここはやめた方がいいですよと、
ぼくら、お客さんにも言います。
それよりもちょっと灯りを落として楽しめる空間に
張らはった方が絶対いいなぁと思いますし。
伊藤 きっとそうですよね。
嘉戸 こういう時代、節電て言うじゃないですか。
何かがまんしてる感じがしますよね。
けれどもちょっと光落とした空間を
そのまま楽しんじゃえと思ったら、
こういうものって、すごくいいと思うんですね。
電気をあまり使わない生活を我慢するっていう感覚と、
それを楽しむっていう感覚では全く見え方が変わるんで。
そういうとき、きら刷りしたものが、ね。
白って汚れやすいし、
扱いにくいことは扱いにくいですけどね。
伊藤 そうなんです。白は汚れやすいから嫌、
っていう人が多いことに気付いて。
でも汚れが目立つからいいじゃない?
という考え方もありますよね。
美佐江さん そして、汚れないようにしますよね。
嘉戸 そう、汚れやすいから
丁寧に扱うっていうのもありますね。
美佐江さん 襖もちゃんと引き手に手を置けば
汚れないものですし。
嘉戸 大概そうですよ。
加工してくれって言わはんのは
汚れにくくしてくださいとか、
水を弾くようにしてくださいというのが多いです。
それはそれでもちろんすばらしいと思うんですけど、
そうしていくとどんどん、
いろんなものがおおいかぶさってきて‥‥。
それよりも本来のもののあり方の方が
あまりエネルギーもかからへんし、
いいんかなと思うんですね。
伊藤 張り替えられるし。
嘉戸 ほんとにね、
白い紙を白で染めるとすごくいいんですよ。
ぼくら、「紙に化粧する」って言うんです、
白い紙をわざわざ白でもっかい化粧。
ちょっと紙に傷があったとしても
上から顔料でひいてやると、
それをまた使える紙にしてくれるし。
紙に化粧するってすごいええ言葉やなと思いますね。
伊藤 強くもなるし。
嘉戸 そうですね。
ぼくら、白といったら2つあって、
ほんとに白い色の白と、素材の白。
たとえばこの和紙の白はこうぞの白じゃないですか。
胡粉で染めた白は全く違うんです。
そういう使い分けとかもすごい面白いですね。
伊藤 どんな紙を使うかは、お施主さんと嘉戸さんの
どちらが決めるんですか。
嘉戸 ぼくの仕事って、こっちから提案するのって
ほとんどなくて。
伊藤 そうなんですか。
嘉戸 お客さんがこんなんほしいって言わはったら作る感じです。
たとえばこれやったら、料理屋さんに出入りしてる
表具屋さんが、襖紙じゃなくて、和紙、
こうぞ紙の表情の紙がほしいって言ってはったんで、
それにきらをのせた。
たとえばこれとかやったら、周りがしっくいの白なんで、
しっくいの壁に鳥の子色って、
黄色さがあまりにも目立つから、
もっと白い紙がほしいと。
それやったら漂白した純白の鳥の子があるんで、
それ、使いましょうってなって、
伊藤 確かにねぇ。
嘉戸 今までぼく、漂白した白って、
素材っぽさが抜ける感じがするので
使ったことなかったんですよ。
伊藤 それはやだなぁと思うときとかって、
もちろんありますよね?
嘉戸 ありますね。
伊藤 そのときはどうするんですか?
嘉戸 けれども基本的にぼくの仕事って
自分を表現する仕事ではないので。
やっぱり襖張る人がそこにいはって使わはるものなんで、
お施主さんがこんなものがいいって言わはったら
それがいちばんいいかなと思います。
伊藤 うんうん、じゃあ、提案を求められたら。
嘉戸 もちろん提案します。
そこは日の照りがすごいから紙傷むし、
やめといた方がいいとか、
トイレの扉はすぐ汚れますよって、
そこはやっぱりやめた方がいいですよと。
また、紙の使い方にしても、
紙って表裏があるんです。
表ってつるっとしてて、裏ってざらざらしてるんですよ。
紙の表情がもっとほしい場合は敢えて裏面使ったりします。
要はちょっとぼこぼこしてる方が
光に反射して光沢を生むんで、
ちょっと光の表情がもっと出る。
伊藤 ほんとに光と密接な関係にあるんですね。
歩いてるときとか、敏感になります?
あ、今、いい光だなとか、穏やかだな、とか。
嘉戸 歩いてるときより、同じここの空間にいるほうが。
どっちかっていうと敏感になります。
いつもの景色でも、春と夏と秋と冬で全然違うし。
曇りの日と腫れの日と全然違うんで、
それこそきらの表情とかってわかるんで。
伊藤 なるほど!
この、いま壁に張っている最初の壁紙ですが、
この柄を選んだ理由って何ですか?
嘉戸 それは、妻のアイデアなんです。
最初に仕事やるときに、ぼくらには版木がない。
版木がなければつくれないんですね。
で、彼女の中で、水玉とボーダーは永遠のモチーフで、
それだったら自分でもできる。
まず、できるものからやろうと、
いちばん最初につくったのがこれなんです。
で、最初に張ってあると、面積もおっきいんで、
イメージがついたんです。
かみ添イコールこの壁って。
それで結構いろんなところで紹介してもらって、
これがいちばん売れたりするんですけど。
ただ、単純に水玉だけでは面白くないので、
不規則に見えるよう丸を配置しました。
線上に並べないとか、1個、敢えて仲間外れつくって、
むりやり余白を大きく取るとか、
180度回転させたら余白のところに
また水玉がきれいにすっぽり入るようになるとか。
古典の文様でそういう意匠があるのを、
グラフィックデザインの経験とかけ合わせてる感じです。
そういうの考えるときは
ちょっとグラフィックの頭になります。
しかし白で行くのはある意味むずかしいですね。
どんどん足していくのってできるんですけど、
白でとどめとくのってなかなか難しくて。
みんな、やっぱり色の強いものを求めはるし、
刺激が強いものに慣れてると、
やっぱ白ではものたりなかったりするんですけど、
こういうものってやっぱり素材の色とか、
もとにある白い色のよさっていうのは伝わると思うんで、
ぼくはその点でやっぱり白いものをたくさんつくろうと
考えているんです。
伊藤 嘉戸さん、ありがとうございました。
最後に、嘉戸さんは襖紙や壁紙だけではなく、
封筒やポチ袋も作っていらっしゃって。
すべて手づくりなんですよね。
嘉戸 紙漉きは、さすがにしていませんけど(笑)、
それから型抜きは外でやってもらっていますが、
あとは全部自分とこでつくってます。
伊藤 便箋に模様があるじゃないですか。
その上からペンとか筆とかで書いた時に
はねたりしないですか?
嘉戸 顔料のところはにじみます。
けどそういう紙なので。
伊藤 それが味わいということですね。
嘉戸 妻のアイデアですが、
ふつうの便箋に手紙を書いて、
この唐紙を1枚しのばせるといいですよ。
伊藤 あ! それは嬉しいですね。

プロダクトデザインからグラフィックデザイン、
そして唐紙の修行‥‥
「できることをやっていったら今に至った、
 じつは消去法なんです」
ご自身の今の仕事の形についてそう語ってくれた嘉戸さん。
時には間を置いて、
時には少しずつ言葉をえらびながら
話してくださった嘉戸さんのお仕事は、
「消す」というよりも、
繊細な濾紙で
すこぉーしずつ、すこぉしずつ漉していったら
今の形として残った、
そんな気がするのです。
嘉戸さんの手でお化粧されたり、
版木で刷られてできあがった白いものたちは、
まるでさらさらの水のよう。
そんな印象を受けました。

最後に、
「嘉戸さんとって白ってどんな存在?」とうかがったら、
照れながらこんな風に答えてくださいました。
「一番手がかかっていないように見えるけれど、
 じつは一番気を使う色。
 汚れやすいし、手間もかかる。
 でもその分、すごく愛おしい」
愛おしい!
「いやー、こんなこと恥ずかしくて
 あの人(美佐江さん)の前じゃ、
 絶対に言えないですけどね」ですって。

フフ、いい話し聞いちゃった。
(伊藤まさこ)

2012-11-20-TUE


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写真:有賀傑