こんにちは、「ほぼ日」の奥野です。
ふらっと入ったちいさな映画館で、
偶然のように観たドキュメンタリーが、
どーんと心に迫ってきまして。
舞台となった場所を見学してきました。
滋賀県にある、やまなみ工房。
NYタイムズで紹介された恐竜の絵や、
完成まで何年かかるかわからない布や、
5万体ものお地蔵さんなど、
さまざまな創造物が、
あかるくたのしく、うまれていました。
迎えてくださったのは、
やまなみ工房の山下完和施設長と、
映画を監督した
アートディレクターの笠谷圭見さん。
全7回にて、お届けします。
映画の名前は『地蔵とリビドー』です。

山下完和さんプロフィール笠谷圭見さんプロフィール

山下完和(やました・まさと) 

1967生まれ。三重県伊賀市在住。
社会福祉法人やまなみ会 やまなみ工房施設長 
高校卒業後、
プー太郎として様々な職種を経た後、
1989年5月から、障がい者無認可作業所
「やまなみ共同作業所」に支援員として勤務。
その後1990年に
「アトリエころぼっくる」を立ち上げ、
互いの信頼関係を大切に、
一人ひとりの思いやペースに沿って、
伸びやかに、個性豊かに
自分らしく生きることを目的に
様々な表現活動に取り組む。
2008年5月からは
やまなみ工房の施設長に就任し現在に至る。

笠谷圭見(かさたに・よしあき)

RISSI INC. クリエイティブ・ディレクター。
1969年生まれ。
広告・グラフィック・空間演出等、活動の幅は多岐に渡る。
2011年より
知的障がい者による創作物の魅力を発信するプロジェクト
「PR-y(プライ)」を主宰し、
海外のギャラリーや研究機関等との橋渡しを手がける。
2013年より
「DISTORTION」というコンセプトワードを掲げ、
写真・映像・ファッション・インスタレーションなど、
さまざまな領域で
障がい者とのコラボレーションによる表現活動を行っている。

第2回 インクマン、NYタイムズ、サッポロ一番しょうゆ味。
──
こちらは「専用ルーム」なんですか?
スタッフの方
はい、そうです。

映画の中でインクマンと呼ばれている
岡元俊雄さんの創作部屋です。

MAN 男の人/OKAMOTO Toshio 岡元俊雄/1087×767mm/Paper, India ink/2014

──
ここで、こうして、寝っ転がって。

割り箸で墨汁を塗りたくるように、
制作されているんですね。
スタッフの方
はい、これが、いつものスタイルです。

もともとは作品倉庫で、
足の踏み場もない状態だったんですが、
ここがいちばん、
俊雄さんがリラックスできたんですね。
──
倉庫がよかったのは‥‥。
スタッフの方
誰にも邪魔されることなく、
大好きなアンパンマンのうたを、
爆音で聴けるんです。
──
アンパンマン。
スタッフの方
はい、爆音で。
──
愛と勇気の歌を聴きながら、
このような、すごい迫力の作品を。

はあ、見入ってしまいます。

モナリザ(Monna Lisa)/ 2012 / 紙、墨汁(Paper, India ink)/ size : 540×380mm

スタッフの方
次のグループに、まいりましょう。

こちらの班では、地域の駅や
公園のトイレの清掃作業と平行して
創作に取り組んでいます。
──
なるほど。
スタッフの方
絵を描かれるかたもいらっしゃれば、
ダンボールのトラックを、
毎日たくさん制作されるかたもいて。
──
うっわー、すごい数‥‥の、トラック。
スタッフの方
こちらの鵜飼結一朗さんの作品は、
海外で大人気でして、
NYタイムズにも掲載されたんですよ。
──
えっ、すごい!
スタッフの方
いまはボール紙に描いておられます。
1枚90円くらいの。
──
はあ、お安い。
スタッフの方
昨年、それが1枚「90万円」で売れました。
ニューヨークで。
──
お高い!
90円の紙に描いたものが、90万円。
スタッフの方
しかも、ぜんぶで9枚売れました。

DINOSAURS 恐竜/UKAI Yuichiro 鵜飼結一朗/544×767mm/Cardbord, Ballpoint pen, Color pencil/2015

──
9かける9っていうことは‥‥。
スタッフの方
1日2時間ほど取り組まれるんですが、
1枚につき、
1カ月くらいで完成させています。
──
1日に、ほんの2時間。
あ、トイレの掃除もありますしね。
スタッフの方
はい、トイレ清掃が大好きで、
本人にとっては、どちらも
楽しくて仕方のない仕事のようです。
──
NYタイムズとか、90万円とか、
それがすべてじゃないでしょうが、
でも、すごいことです。

MONSTERS 妖怪/UKAI Yoichiro 鵜飼結一朗/735×825mm/Cardbord, Ballpoint pen, Color pencil, Marker pen/2016

スタッフの方
それでは続きまして、
こっとん班のご案内をいたします。

こちらは、女性ばかり18名の班で、
絵のかたもいらっしゃいますが、
布や糸を使った表現のかたが多くて。
──
なるほど。それで「こっとん班」。
スタッフの方
たとえば、瀧口真代さん。

彼女の作品は、
布をつまんで糸で縫っていくので、
生地がだんだん‥‥。
──
縮んじゃう。
スタッフの方
ええ、このように。
──
本当だ‥‥ちぢこまってます。

MONSTER かいじゅう/TAKIGUCHI Masayo 瀧口真代/470×230mm/Cloth, Thread/2017

スタッフの方
瀧口さんの場合は、
1着につき、
1年から2年くらいの時間をかけて、
仕上げられています。
──
作品名が、どれも「かいじゅう」だ。
スタッフの方
ひとつの作品に手間暇がかかるので、
作品の数自体は少ないです。

瀧口さんの作品も、出展依頼があり、
展覧会で展示されていたりします。
──
アートとしてはもちろんなんですが、
単純に、お洋服として、
とても、おしゃれなものに見えます。

着れるかどうかわかりませんが‥‥。

MONSTER かいじゅう/TAKIGUCHI Masayo 瀧口真代/820×670mm/Cloth, Thread/2014

スタッフの方
お次の方は、清水千秋さんと言って、
糸で絵を描くかたです。

ハリウッド俳優をモチーフにしたり。
ジョニー・デップさんだとか。

ジョニーデップ(Johnny Depp)/ 2015 / 綿刺繍糸、綿布(Embroidery Thread, Cotton cloth)/ size : 500×740mm

──
カリブの海賊ですよね。
やまなみさんのサイトで見ました。

壇蜜さんとか日本の芸能人から、
ピカソのゲルニカの刺繍もあって、
見ていて、おもしろかったです。

DANMITSU 壇蜜/SHIMIZU Chiaki 清水千秋/770×1220mm/Cloth, Embroidery thread/2015

スタッフの方
はい、ありがとうございます。
それでは、次の女性‥‥。
田中
田中乃理子です。
スタッフの方
はい、田中乃理子さんです。
田中
わたしがつくっている刺繍です。

五色の色とその他の色(5 colors and other colors)/ 2012~ / 綿刺繍糸、綿布(Embroidery Thread, Cotton cloth)/ size : 1480×2130mm

──
えっ、これ、ものすごい緻密‥‥!
田中
赤、黒、青、黄色、水色‥‥。
スタッフの方
田中さんは、7色の糸を1組として
一筋ごとに色を変えて、
こうやって布に縫いつけていきます。

この作品で、何年目ですか?
田中
5年です。
──
この作品、5年かかってるんですか。
田中
あと何年かかるかわからないんです。
──
そうでしょうね。
だって、ここでまだ5年ですもんね。
田中
はい。あと何年かかるやろう。
──
はー‥‥。

SEVEN COLOERS AND OTHER COLORS 七色の色とその他の色/TANAKA Noriko 田中乃理子/1480×2130/Cloth, Embroidery thread/2012~

スタッフの方
最後は、河合由美子さんの作品です。

河合さんは、布に、糸を、
ぎっしり、みっちり。
サークル状に縫い込んでいく表現で
創作しておられます。

CIRCLE まる/KAWAI yumiko 河合由美子/410×340mm/Cloth, Embroidery thread/2015

──
いや、おそろしい密度です。
ウズが、立体化しちゃってますもんね。
スタッフの方
これまでは、真っ直ぐ縫えるようにだとか、
縫い目が揃うようにだとか、
製品にするために、まるで訓練かのように
取り組んだこともあったのですが。
──
ええ。
スタッフの方
それだと、なかなか
おもしろく取り組むことができず、
「それなら、好きなように縫ったら?」
と促したら、
誰に言われることもなく、
いつしか「丸」に行き着いたそうです。

糸をぐるぐると縫い込んでいくことは、
彼女にとって、
安心できる行動のひとつのようですね。
──
心が、落ち着く。なるほど。
スタッフの方
ご案内するのは、この部屋で最後です。
──
失礼します。
スタッフの方
まずは、鵜飼裕之さんの作品です。
──
はい。
スタッフの方
鵜飼さんは、感情が波立って
ストレスを感じているとき、
こうして紙に黒のボールペンで
ぐるぐると描くことで、
自分自身を落ち着かせているんですね。

タイトル不明(Unknown)/ 2014 / 紙、ボールペン(Paper, Ballpoint pen)/ size : 256×364mm

──
穴に‥‥吸い込まれそうです。
スタッフの方
鵜飼さんの作品も、
かっこいいお洋服の模様になって、
海外で販売されております。

たまに日本の芸能人の方も、
TVで着てくださっていたりして。
──
でも、障がいのある人の作品を
洋服の柄に使ってますとは、
ブランドさんのほうでも、
とくに、言ってないんですよね。
スタッフの方
そうですね、単純に、
作品を評価していただいているんです。

それが、なんだかうれしくて。
──
つまり、洋服に載せたときに、
純粋に「カッコいいもの」として。
スタッフの方
最後、酒井美穂子さんをご紹介します。

酒井さんは、一日中、こうして
ラーメンの袋を触っておられるんです。
──
はい、存じ上げています。
が、えーっと、それも創作なんですか。
スタッフの方
わたしたちは、
いちばんその人らしくいられる活動や、
誰にもゆがめられず、
ご自身の世界を築くことが大切だって
思っています。

それがアートかどうかはわからないですけど。
──
なるほど。
スタッフの方
酒井さんは、この20年以上、
ラーメンの袋を
片時も離さず触っておられるんですね。
──
この「サッポロ一番 しょうゆ味」を。
20年以上も‥‥毎日毎日。

これ、しょうゆ味じゃないと‥‥。
スタッフの方
ダメなんです。
──
「サッポロ一番」といえばの
「みそ」や「塩」じゃダメなんですか。
スタッフの方
そうなんです。

毎日ひとつ、新しい「しょうゆ味」を、
ご自宅から持って来られています。
──
で、その酒井さんの触った「しょうゆ味」を、
こちらでは、日付を振って、
ずっと何年も保管されてきているんですよね。
スタッフの方
当初は、別の活動を提供しようと
はたらきかけていたんですが、
酒井さんにしてみたら、
ずっと「しょうゆ味」を触っていたいんです。
──
ええ。
スタッフの方
つまり酒井さんは、ただ単に、漫然と
ラーメンの袋ばっかり触っている人ではなく、
「サッポロ一番 しょうゆ味」に
「いつでも触っていたい人」だったんです。

つまり「しょうゆ味」を触ることは、
彼女の意思表示なんだと、気づいたんですね。
──
なるほど。
スタッフの方
私たちにとっては意味のないことであっても、
彼女にとっては
何より大切なことなんだろうなって。

ならば、私たちのすべきことは
彼女が「しょうゆ味」を存分に触れる環境を
整えることなんだ‥‥と。
──
酒井さん、おいくつのころから?
スタッフの方
はい、17歳のときに、ご自宅にあった
「サッポロ一番 しょうゆ味」
に出会って以来、ずーっと‥‥ですね。

なので、正確には「23年」になります。
いま、40歳なので。
──
はー‥‥。
スタッフの方
ラーメンの数は、
すでに「8000個」を超えているんです。

福島県はじまりの美術館に展示されている
酒井美穂子さんの「サッポロ一番 しょうゆ味」

<つづきます>

2019-07-12-FRI

作品展示+映画上映! 7/18(木)→ 7/28(日)「地蔵とリビドー」展@TOBICHI2

やまなみ工房のアーティストの作品を、
TOBICHI2に展示します!
山下完和(まさと)施設長はじめ
やまなみ工房のみなさんが、
滋賀から車で運んできてくださいます。
やまなみ工房まで行かずとも、
直に作品を鑑賞できる貴重な機会です。
また会期中は連日、
19時30分~20時30分のスケジュールで
『地蔵とリビドー』を上映します。
会場はTOBICHI2で、料金は1000円。
料金の中に山際正己さんの作品
「正己地蔵」代が含まれていますので、
当日ご観覧くださったかたは、
お好きな「正己地蔵」をお持ち帰りいただけます!
今後、東京近郊での上映は未定なので、
どうぞ、おみのがしなく。
ぜひ、展示作品を鑑賞したあとに、
ドキュメンタリーを観て帰ってください。
初日18日(木)の上映終了後には
山下施設長と
映画を撮った笠谷圭見さんの
アフタートークを開催(30分の予定)。
詳しいことは、
こちらの特設ページでご確認ください。

連載「心が芸術をうみだしている」連動企画 「地蔵とリビドー」展
会期
7月18日(木)~28日(日)
時間
11時~19時 ※会期中無休
会場
TOBICHI2
住所
東京都港区南青山4-28-26 MAP
料金
無料
「地蔵とリビドー」上映会
会期
7月18日(木)~28日(日)
時間
19時30分~20時30分 ※1日1回上映
会場
TOBICHI2
住所
東京都港区南青山4-28-26 MAP
料金
1000円(正己地蔵1体つき)

参加方法など詳しくは、こちらの特設ページで。

協力:RISSI INC

「地蔵とリビドー」上映予定

8月24日(土)~8月30日(金)
「地蔵とリビドー」上映 
@京都シネマ:20時20分~

※初日のみ、笠谷監督・山下施設長の舞台挨拶あり

〒600-8411
京都府京都市下京区水銀屋町620
COCON KARASUMA3F
https://www.kyotocinema.jp

「地蔵とリビドー」上映予定

8月24日(金)25日(土)
DISTORTION3 2020SS 
@しまだいギャラリー:11:00~19:00
〒604-0844
京都府京都市中京区 仲保利町191
http://shimadai-gallery.com

「地蔵とリビドー」上映予定

8月16日(金)~8月26日(月)
「いのちといのちーやまなみ工房のいとなみ」
川内倫子写真展 
@アンテルーム京都:11時~21時
※17日(土)17時より18時30分まで
川内倫子と施設長・山下完和のトークショーあり
〒601-8044
京都府京都市南区東九条明田町7
https://hotel-anteroom.com/