糸井 「遅咲きだ」ってご自分でおっしゃってますよね。 デビューが遅かったっていう言い方をよくなさいます。 やなせ すごい遅いのよ。俺はほら、才能はないしね、 ひじょうに凡庸な人間だから遅いんだよ。 人が10日でできることが、俺は１年ぐらいかかる。 遅いんですよ。ひじょうにのろいんです。 糸井 その分、長続きしますよね。 やなせ そうね、いま振り返ってみると、 ぼくらの頃には加藤芳郎とか荻原賢次と、 横山泰三、それから手塚治虫。 群雄割拠というか、すごかったんですよ。 俺なんか、翳（かす）んでたんだよね。 しかし、ふと気が付いてみるとね、 誰もいないんだよ、もう。 俺みたいなバカは、 ただ生き残ってるというだけです。 何となくいつの間にか。 残っているのは、俺と、水木しげるだよね。 糸井 そうですね。 やなせ 水木しげるも、あいつ、寝てばっかりいるから 生き延びてしまったんだよ。 水木しげるというのはすごいですよ。 小学校の時から寝てばかりで、学校へ毎日遅刻するんで、 成績もすごく悪かったんだけれど、 絵の成績だけよかったっていう人なんです。 ぼくは小学校の時から遅刻するということはなかったな。 水木しげるは大人になっても寝てばかりで、 「俺は寝てたからこうやって長く生きられた。 　あとのやつは、石ノ森にしろ、手塚にしろ、 　昨日は徹夜３日目だとか何とか威張ってたから、 　早く死んだんだ」って言ってるんだよね。 糸井 やなせ先生はよく寝るほうですか？ やなせ 俺もね、いまは寝てばかりいる。 糸井 仕事もして、寝てる。 やなせ ほとんど寝てね、たまに起きて仕事してる。 糸井 仕事、ほんとやめないっていうのがすごいなと思って。 頼まれるからなさるんですか。 やなせ 頼まれるとね、ひじょうに小心なので、 つい引き受けてしまうんだよね。 糸井 断ることはないんですか。 やなせ いまはちょっと断るね。 さすがに、できないんで、最小限にとどめて断ります。 けどね、たいていのことはやる。 ただし、人と会ったりするのはやらないし、 それからテレビ局へ来てくれとか、 そういうのは一切行かないです。 ラジオでもテレビでも。 糸井 いやあ、この勢いでずっと仕事してそうですね。 気を丈夫に持つ秘訣があるんですか、 心が丈夫だっていうのは、なにかあるんですか。 やなせ アホなんです。もう何ていうか、 人よりもアホなんでしょうね。 糸井 もっと聞かせてください。 その“アホ”の話、してください。 やなせ 俺は誰と比べても頭はよくないし、才能も少ない。 しかし、何となくやめないでやってるっていう、 それだけなんですよ。 それと、芸術家じゃないんだよね。 芸術をやろうと思ったことはない──あ、 若い時はちょっとそういう感じがあったかな。 若い時はね、高級なやつをやろうと思ってね、 そういう時代がありましたけど、 途中でイヤになりました。 糸井 役に立ちたいんですか、やっぱり誰かの。 やなせ ああ、そう、役に立ちたいしね、 人を喜ばせたい。 人が喜ぶのがいちばん好きなの。 糸井 わかります！ やなせ 喜んでもらうと嬉しいんでね、 ぼくはいまでもコンサートやってますけども。 糸井 先生、声がよく出てらっしゃいますものね。 やなせ 入場料はタダで、出演者のギャラはですね、 他のところよりもうちのは高いと思う。 なぜかと言えば、出演する人にも喜んでほしいから。 損するみたいだけど、自分の幸福といえば、 それが俺はできるじゃない。 できるということは、やっぱりそれは幸せなんだよ。 そう思いますよ。 この連中（キャラクター）が稼いでくれるんで、 それができるんですよ。 糸井 親孝行ですね。 「お父さん、ありがとう」ですよね。 やなせ まさかね、この連中に稼いでもらおうとは思わなかった。 ぼくはこの世界に入った時ね、ディズニーとか、 ああいうキャラクターを描いてる人を見て、 これはできない、これは俺には 絶対向かない仕事だと思ったんだよね。 こればっかりはやるまい、と思ってたら、 手塚治虫から突然電話かかってきちゃってですね、 「やなせさん、今度『千夜一夜物語』という 　アニメを作るんで、 　うちへ来てデザインをやってください」って。 虫プロでキャラクターを描くことになったんですよ。 やるまいと思った仕事をやることになったんだね。 糸井 いつもそうですね。 やなせ ところがね、やってみると、 意外とスラスラっとできるんだよ。 あーっと思ってるうちに、 俺はキャラクターを描く人になっちゃった。 わからんなあ。ほんとうにわからん。 （つづきます）

2013-08-13-TUE

(C) HOBO NIKAN ITOI SHINBUN