HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
 
お直しとか
 
横尾香央留
 
 
 第9回 《 まっかなくつした 》


『そらのうえにも マツヤ ってあるの?』
枕元に置かれたプレゼントの包みを開けながら
そう聞く5才くらいのあたしを
言葉に詰まった両親がじっと見ていた。
当時 我が家は買い物といえば
銀座松屋だったため 幼いながらも
デパートの包み紙として覚えていたのだ。
あたしはサンタクロースは
空の上に住んでいると信じていた。

10才くらいのあたしは
12月29日生まれの父に
なにをプレゼントしようかと悩んでいた。
『サンタさんに聞いてみたら?』
母や姉にいわれ 素直に手紙を書き
枕の下に しのばせた。
目覚めるとプレゼントよりも
先に手紙をさぐりだし パッと開いて
返事が書かれてあることだけを確認すると
すぐに隠し なにごともなかったように
プレゼントに関心をうつした。

父が出かけてから 母と姉は
サンタさんの返事を聞きたがった。
ほんとはあまりみせたくなかったけれど
隠した手紙をそっと開く。
『お父さんのたんじょうび日プレゼント
 なにをあげたらいいとおもいますか?』
手紙の下に余白を作り
ここに答えを書くようにと
わざわざ矢印で指示した場所には
《まっかなくつした》と書いてあった。

すべてひらがなで書かれたその文字は
小刻みに震えたように波打っていて
くつしたの “く”の字は反転された文字だった。
母と姉は“えー真っ赤な靴下?”と
手紙の中身に不満そうであった。
あたしは胸の中でなにかが
さーっと ひいて行くのを感じていた。

『これ…お父さんの字に似てない?』
すごく聞きにくいことを
母のいないところで 5才上の姉に聞いてみる。
『なに? かおるちゃん
 サンタさん信じてないの?!
 じゃー 信じなきゃいいじゃん!!』
姉はすごく怒っていた。
ふれてはいけない気がして
口にはしなかったけれど
まちがえちゃった“く”の反転文字が
とてもわざとらしく思え そしてそれは
父がもっともやりそうな演出だった。

11才のあたしは
これで手紙を書くと
“サンタクロースから返事が来る”
という便せんキットを買って手紙を書いた。
この頃には周りのともだちはほとんど
サンタクロースの存在を信じていなかった。
それでもあたしは信じたかった。

“みんなはいないって言うけど
サンタさんはいますよね? 信じてます”
というような内容の手紙を書き送ると
しばらくして待ちに待った手紙が届いた。
印刷された冷たい文字で
地球温暖化のことなどが書かれていた。
おそらく小学校高学年用に書かれた
定形の内容であろう手紙。
何度読み返してみても
あたしの質問への答えはどこにもなかった。
こんなにがっかりするのなら書かなきゃよかった。

12才のあたしは
ついに聞きたくない言葉を聞かされた。
my first SONY という
ソニーが子供向けに作ったシリーズに
手元のパネルに絵を描くと
接続したテレビにその絵が映し出される
という 夢のような おもちゃがあった。
あたしはそれがどうしても欲しいのだと
熱っぽく伝えると 強い口調で母は言った。
『だめ! 高い!
 わかってるでしょ!
 サンタクロースはいない!』

あたしはわんわん泣いた。
泣き声を聞きつけた姉が
母に事情を聞いて怒っていた。
『まだ早いよ!』
『あんただって小6ではもう知ってたでしょ?』
『もっとあとだよ! かわいそう!』
ふたりのやり取りを聞きながら
欲しいおもちゃがもらえない悲しさ
やっぱりいないのかという悔しさ
でもようやくはっきりしたという清々しさ
いろんな感情が混ざり合ってしばらく泣いた。

32才のあたしは
じつはいまだに
サンタクロースはいると思っている。
ほとんどの子供のことは
親や周りの大人に任せているけれど
小さな街の 小さな地域のこども達にだけ
いまでもプレゼントを配っている。
そんな気がしてならないのだ。

*クリスマスツリーを飾るとき
 毎年最後にのっけた わたの雪は
 最初はふわふわだったはずなのに
 年月を重ねるたび 少しずつ
 変色しながら 小さな塊になっていった。
 井上さんから預かった白くてかっこいい
 シャツの襟首にはキズがあり
 どうしようかと見つめていたら
 モケモケがキズをかばうように生えてきた。
 このモケモケはあの わたの雪に似ている。
 肩につもった溶けない雪。

 
 
2011-12-19-MON
 
 
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写真:ホンマタカシ
デザイン:中村至男