HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
 
お直しとか
 
横尾香央留
 
 第11回 《 5つの山 》


『あ、それ 今年いちばん最初に
 うたった歌になっちゃったねぇ』
年越し番組をみてから
適当にチャンネルをまわしていると
姉が流れてきたCMソングを口ずさんだ。
『うわっ かおるちゃんって
 ほんとにイヤなこというよね…』
あたしはそんなドジはしないよ と
“歌い初め”の曲を毎年真剣に考えた。

いつまで家にいるのだろうと
心配していた5つ上の姉が
ようやく出て行った年齢を
あたしはとうに越えてしまった。
姉はいま遠く島根に住んでいて
小学校の先生をしている旦那さんと
まだ小さな三人のこどもと暮らしている。
お正月だからといってなかなか
帰ってくることは出来ない。

和菓子屋に勤めている兄は
お正月は忙しくて休めないそうだ。
少し時間が経ってから お嫁さんと
小さい頃の兄に笑っちゃうくらい
そっくりな息子を連れて
きれいな上生菓子とともに
ちらりと挨拶にやってくる。
そもそも 兄と一緒にお節を食べたり
初詣に行ったりしたのは
いつが最後だっただろう。
覚えていないほど遠い記憶。

『だーかーらー宛名面を見て分けてよ』
お雑煮の準備がすすむなか
年賀状を郵便受けから取ってきて
うれしそうに分ける父に
あたしは毎年毎年怒っていた。
その度に父は聞こえない振りをしたり
“はっ? ”という顔をしてとぼけた。
文面をじっと見て くるり
ひっくり返して宛名ごとに分ける。
新年早々あたしが
いちいちうるさく言うのは
無駄な動きにいらいらしたからじゃない。
ハガキとはいえ そこに書かれた
無防備な短い手紙を読まれたくなかったから。

5つあった 年賀状の山は
ひとつ またひとつと減っていき
今年は喪中を知らなかった数枚で
ちいさな山が3つ出来る。
来年には2つの山になるだろう。
いや、もしかしたら
1つになるかもしれない。

あたしが出て行く予定はいまのところ…ない。
もう何年も前から一人暮らしをしたがっている
母が出て行く方が先な気がしてならない。
彼女はなんの相談もなしに本気で
冗談みたいな行動を突発的にとるから恐い。
去年のお正月には考えられなかった
今年のお正月のことを思うと
来年のお正月はどんなことに
なっているのかなんて 想像できない。

ちょっと前まで 三が日は
どこの店も閉まっていたはずなのに
今年は元日からいつもの店で珈琲が飲める。
ありがたいけど 働き過ぎじゃないの?
お店の人を思うと心配になる。
あたしも今年はもうすこし 働こう。

*おっとり柔らかな口調でお話をする
 編集者の山崎さんの華やかなバッグは
 持ち手のヒモが切れていた。
 本体に使われている配色でグルグルとまとめて
 モチーフの赤い花一輪を模写して編み留めつけた。
 このバッグは着物にとても似合うと思う。
 いつかお正月に着物をさらりと
 着れるような女性になりたいが
 そうなれる予定もいまのところ…ない。

 
 
2012-01-02-MON
 
 
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写真:ホンマタカシ
デザイン:中村至男