第12回 《 おさがり 》 |
|
成人式には出なかった。
引っ越し好きの家に育ったから
幼稚園や小学校からの いわゆる
“地元のともだち”という人がいない。
一人で成人式に出席するなんて
考えつくこともなく
いつもよりすこしばかりのお洒落をして
渋谷のファミレスに中高のともだちと
だらだら半日入り浸っていた。
ニュースに出てくるような
荒れた新成人にはほど遠かったが
お店にとっては地味に迷惑な
お客だったかもしれない。
20歳の誕生日に お母さんから
指輪を受け継いでいるともだちがいた。
“なにそれ そんなことみんなしてるの?”
みんなというわけではないが
指輪だとか時計だとかを
受け継いでいる人がいた。
その特別感がかっこよくて羨ましくて
横尾家もしくは島村家にもなにかないかと
しがみつくように母に尋ねてみたが
『そんなもんあるわけがない』
軽く腕を振り ぽーんと突き放された。
山下さんは千葉県野田市にある
醤油の醸造を営むお家に
生まれ育ったそうだ。
いまは弟さんが16代目として
継がれている老舗のお醤油屋さんで
おじいさまの代までは
“山下平兵衛” という名前を
代々襲名してきたという。
『歌舞伎みたいでしょ』
そういって山下さんは笑っていたが
受け継ぎに憧れるのあるあたしは
“襲名” この言葉に胸がときめいた。
グラフィックデザイナーである
山下さんのすっと気持ちよいデザインは
老舗に生まれ育ったことと
なにか関係はあるのだろうか?
うちは両親ともお店を始めたのは
ほんの数年前だし 父の店は閉店したし
母の店だっていつまで続くかわからない。
老舗に生まれ育つということに憧れがある。
鮮やかな花柄にパールのようなボタンが
印象的なブラウスを 山下さんから預かった。
普段の山下さんから受ける印象では
山下さん=鮮やかな花柄ブラウス
とはならなかったが 話を聞いて腑に落ちた。
時間の経過によって襟にシミの出来た
ブラウスは お母様からのおさがりだった。
〈母から娘に受け継がれたブラウスは
花も茎も 長い年月をかけて成長し
身頃を飛び出し襟にまで
つよく静かに増殖し続けている〉 |