第23回 《 ケントは健人と書く 》 |
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名前のひびきから ハーフなのかなと思ったら
純粋な日本人だった。
健人は小学生の頃はメガネだったのに
中学に入るとコンタクトにしたらしい。
小学校から上がってきた女の子達が言っていた。
あたしたちはすごく仲がよかったわけではないが
中学の卒業式後にだらだらと数人で
朝を迎えたマクドナルドで撮った写真にも
遊びにいった友人の家での写真にも
20才の頃行った 冷たい夜風吹く冬の海での写真にも
一緒に収まっているところを見ると
もしかしてけっこう仲が良かったのかもしれない。
健人はかわいい人見知りのネコを飼っていた。
恥ずかしがって教えたがらなかったそのネコの名前が
“ティンカー”だということをあたしは知っていた。
ピーターパンにでてくる ティンカーベルのティンカー。
高校に入ると健人や周りの男の子達は
いわゆるBボーイと言われるジャンルの格好をしだした。
だぼっとした服にキャップをかぶり腰履きのパンツ。
かわいらしかった 男の子達がそんなふうに
男子になっていくのはなんだかちょっと寂しかった。
土曜日の放課後 女の子数人で行きつけのパスタ屋に入ると
見慣れたBボーイの先客がいて その中には健人もいた。
『おぅ』と右手を上げて言うから
『おぉ』こちらもなれない右手を小さく上げる。
あの頃の気軽な挨拶が苦手だった。
“よっ”っていう感じに ふわっと自然に手をあげるあれである。
あれをやっても全然サマにならないことは
自分でもよくわかっているから 恥ずかしかったが
他に上手い返し方がわからず おずおず手をあげ真似をした。
『あの人達なんか浮いてるよねー』
友人にそう言われ 少し離れた席から
パスタが到着した Bボーイ達の席を眺めると
大股を開きながら ガハハと笑っている。
そしておもむろにフォークを手にすると
クルクルクルクル〜ッ
スパゲティーを一口分 華麗に巻き上げ
それを静かに口に運んだ。
あんな悪そうな格好をしているのに
健人もみんなも育ちの良さが出てしまっている。
その姿はとても微笑ましく そしてなぜか安心させた。
健人は大学を卒業すると 写真の勉強をするため
西海岸に留学し いつのまにかカメラマンになっていた。
本屋でぱらっと広げた雑誌の気になる写真に目をとめると
健人の名前を見つけたりもする。
そんな健人から 結婚パーティーの案内が届いた。
穴の開いたネルシャツ。
本体と同色の糸できれいに穴を修復し
残りの糸で花を編んで咲かせた。
あの頃の男の子達はこぞって
ネルシャツを着ていたように思う。
そんな男の子と付き合っていた
女の子もまた ネルシャツを着ていた。