HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
 
お直しとか
 
横尾香央留
 
 第36回 《 第二の足 》

平日の夕方 西友に買い物に行くというともだちが
お母さんの運転する車の中から手を振っていた。
車は土日に乗る特別なものだと思いこんでいたあたしは
その姿がうらやましく むかし走り屋だったという噂の
母に運転を頼んでは「もう乗れない」と突き放された。
“あたしだったら自分の子供を
 こんなにガッカリさせたりはしない”
幼心に大きくなったら免許を取るんだ と決意していた。

スイセイさんが運転免許を取得したのは5年前。
50才をすぎてからの教習所通いだった。
きっかけは 知らない国や町をレンタカーで
夫婦ふたり 走り回れたらというものだったと思う。
スイセイさんたちはいま 山の家を借りていて
そこへの足 そこでの生活に 車は大活躍のようだ。

スイセイさんはJEEPに乗っている。
JEEPを自分達のものにする前に
きちんと理解しなければとJEEPの展覧会に
夫婦揃って行ってきたという。
やっぱりこの夫婦はまっすぐでウソがない。
ぐーっとみつめられると
きっと全部お見通しなんだろうなと 縮こまってしまう。
そういうときは決まって自分が少し偽っている時だ。
あたしは2人が育て始めた まだ見ぬ山の家を想像し
あらためて真剣に免許取得を考える。

発明家であるスイセイさんは
切ったり縫ったり 自分仕様にズボンをお直ししていた。
縫い物をちゃんと習っていないからこそできる
その人なりの手のよさというものをうらやましく思う。
大事なズボンの脇が裂けていた。
スイセイさんの体に切り込みがあって
中を引っぱりだしてみたら
きっとこんな世界がどろっと溢れ出る。

 
 
2012-06-25-MON
 
 
まえへ ホームへ
つぎへ
 
写真:ホンマタカシ
デザイン:中村至男