第37回 《 梅雨の島 》 |
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ぐぅっと体が壁に押しつけられ 薄目を開ける。
機体が大きく右に旋回していた。
台風による視界不良で 一度目は失敗
二度目にむけて着陸態勢を整えているのだと
眠りの向こう側で 機内アナウンスが流れている。
徹夜で乗り込んだ頭では恐怖をたいして感じない。
再びまぶたが落ちてくる。ドシン。
無事着陸を遂げた合図で目を覚ます。
到着ロビーでホワイトボードに弱々しく書かれた
“横尾様” の文字を見つけ お世話になりますと挨拶をする。
同じ飛行機で到着した40代後半と思われる夫婦と共に
ホテルの送迎車に乗り込んだ。
運転中のホテルの青年に 夫婦は島のことを色々質問し
青年はゆったり穏やかな口調でそれらに丁寧に答える。
狭い車内の空気を乱さぬように バックミラーを意識して
ふむふむと小さくうなずくが とにかく眠たい。
『あと少しですからね』 という声にハッとして
全然起きてます みたいな素振りで窓の外を見るが
洗車機の中を走っているかのように 雨のヒダしか見えない。
青年のハブ話が熱を帯びてきた頃
“ハブ 対 眠気” は眠気に軍配が上がっていた。
少し広めの道を走っていた車が 突然左折する。
さっきまで薄グレーだった雨のヒダが 深い緑色に変わる。
まさか…山道を登っている。ぐんぐんうねうね 登っている。
きっと眺めはすごくいい。いいのだけれど 困る。
もうこのあたりで勘弁してくださいと思った頃
高台に建つ 客室5部屋の小さなホテルに辿り着いた。
車のないあたしには立地こそが最大の難点と思われたが
部屋に案内してもらい それが間違いだったと気がついた。
…どうしたことだろう…なんと部屋に窓がない。
一日一回しか外に出ないような ひとり合宿には
部屋からの眺めは やる気にかかわる
重要ポイントなはずなのに 確認を怠った。
その部屋の窓は お風呂場にひとつっきりだった。
次のホテルにうつるまでの5日間 雨はよく降り続き
土砂降りの中 心臓破りの山道を往復する姿を想像しては
ミスタードーナツとダイエーのはしごという
ささやかなたのしみすら あきらめる日もあった。
本当に本当の カンヅメひとりぼっち合宿。
10日間の滞在を終え 東京に帰るその日
奄美地方の梅雨明けが発表された。
*グラフィックデザイナーの田部井さんの
白地にカラフルな幾何学模様がちりばめられた
夏らしくたのしいスカートは後ろ中心が裂けていた。
模様の中の色を使って小さなマチを編む。
柄の中から一本棒をマネして編み
隠し窓(マチ)を留めるフックをつけた。