第3回エリナ
ひざに大きな穴が空いていた。
持ち主は12才の女の子。エリナ。
添えられた手紙にはこのようなことが書いてあった。
《みんなはジャージを着ているけど
わたしは好きじゃない。スウェットの方が好き。
なんの変哲もないけれど 私にとっては
大切なこのスウェットを直してもらいたい。
そして スペシャルになった私のスウェットが
遠く日本の美術館で展示されるとしたら
こんな素敵なことってないわ! 》
カルストゥラでのお直し滞在は 個人的な修行に近く
ただ “行って直す” ということしか考えていなかった。
そこに舞い込んできた 美術館での展示のお話。
普段 お直しが終われば依頼主に返してしまうため
展示できる物は手元に残っていない。
どんな展示にしようかと悩んでいたところ
「そういえば 今度フィンランドへお直しの旅に出ます」
打ち合わせの途中 ぽろっと発した一言をきっかけに
お直し募集の条件の中に
〈1年半ほど借りられるもの〉が加わった。
大切なものを遠い異国に1年以上も持っていかれて
さらには 展示されるだなんてイヤかな…
そう思っていたのに 12才の女の子から
こんなうれしい言葉を聞けて 驚いたのと同時に
彼女に寄り添ったお直しをしようと強く思った。
12才…そうか 12才か…
その年頃の気持ちになって考えてみる。
うぅむ そのくらいの年頃だったら
膝を抱え 人知れず涙する日もあるかもしれない。
そんな時 ひざからなにか生き物が出てきて
なぐさめてくれたらいいね。
ポッケの内袋をひっぱりだすと鼻面になるように編み
アンティークのボタンを先っちょに付けると
ツチブタのような生き物になった。
目を刺繍してみるが 何度やり直してもうまくいかない。
やさしく女の子をなぐさめる生き物にしては
どうしても意地悪な目になってしまうのだ。
わたしの中の邪念が原因だろうか…一晩置いてやり直す。
ツチブタの鼻面を内側にいれてしまうと
黄色い耳と目 顔の輪郭が残る。
それがどうも うろ覚えのピカチューにみえてくる。
似ているような気もするし 似ていないような気もする。
数年前にフィンランドでも流行ったと聞いたことがあり
『ちがうよ 別に “こどもはこういうのがいいんでしょ”
とか思ってやったんじゃないんだよ!
意識したわけじゃないんだよ!
“いまさら?” とか思わないで! たまたまなんだよ!』
疑われる前から弁解の準備をして エリナの家に向かう。
まさに “外国の女の子の部屋” といった感じの
ピンク色でいっぱいのエリナの部屋。
ベッドの上にはぬいぐるみが並び カーテンは星柄。
チュチュ付きのレオタードや 麦わら帽子が壁に掛けられ
机の上には たくさんの写真立て。
よくみると ぬいぐるみも写真も馬が多い。
そういえば乗馬グッズもいくつか見受けられる。
“もしや 馬好きだったのか…”
出来上がったスウェットを手渡すと 案の定
『これ 馬!?』キラキラ目を輝かせながら聞いてくる。
『ちがうよ 馬でもピカチューでもないよ ツチブタだよ』
などと言えるわけもなく
『ん?…あぁ、そうそう…馬です』と思わずうなずくと
彼女は ぎゅうっとスウェットを胸に抱えて
上半身をブンブンひねったり 飛び跳ねたりして
よろこびを表現した後 それでも足りなかったのか
お手製の馬のおもちゃにまたがって
ぴょんぴょん跳ねながら 家中を駆け回った。
2015-01-08-THU