YOKOO LIFE ヨコオライフ

横尾忠則さんは過去の糸井重里との対談で、
「生活と芸術は切り離して考える」と
発言なさっていました。

芸術の達成を、人格や人生の達成とするのは、
勘違いである、と。

では「美術家・横尾忠則」の生活とはなんなのか?
糸井重里とのおしゃべりのなかに、
そのヒントが見えるかもしれません。

過去のふたりの打ち合わせと対話の音声を
いま掘り起こし、探っていきたいと思います。

▶︎横尾忠則さんプロフィール

第3回 あとのことを考える。
横尾
光線絵画をやるためには、
アトリエの日当たりを改善しないといけないわけ。
だけどその分、冬は倍冷えるし、
夏は光が入りすぎて暑くなる。
糸井
いいこともあれば悪いこともある。
二重の窓にすればどうでしょう?
横尾
そこまでお金をかけたくないの。
自分のこれからの寿命を考えると、
この寿命に対して
これだけ金かける必要ないじゃないか、と思うから。
糸井
なるほど。
横尾
あと何年かなぁ、と考えると、
1年にかける費用をものすごく
少なくしたくなるんだよ。
糸井
でも、お金はかけたほうがいいんじゃないですか?
横尾さんより年上の人がもうひとりここにいたら、
「横尾くん、かけるべきだよ」って、
きっと言いますよ。
横尾
そうかな。
糸井
お金は持って逃げられないんだから。
横尾
でもやっぱり、年齢のことは考えますよ。
お金をかけて、リニューアルしようと思えば、
それなりのことはできるでしょう。
けれどもそのあと、ぼくがいなくなったら、
使いみちはないよ。
糸井
ありますよ。
横尾
こういうところは、家主がいなくなったらだいたい、
不動産屋さんにお願いして
更地にしちゃうものなんですよ。
次にここに来る人が、
自分のイメージで家を建てたがるんだから。
このあたりだと、十数年前に建てた家でも壊してる。
十数年前の家なんてのは、ほとんど新築に見えるわけ。
もったいないなと思うけど、壊してるよ。
糸井
十数年って、建って間もないですよ。
横尾
けれども壊して更地にしないと、
次の人が自分のイメージの家を建てられないんです。
まぁ、そういう人に限って、
自分バブルがはじけて、
またどこかに行っちゃうんだけれどもね。
糸井
それをずっとここで見てきたわけですね。
横尾
うちの自宅はぼくと同い年で、
ぼくは更地にはせず、利用しているの。
ぼくと同じ気持ちに皆がなりなさいといっても、
誰もならない。
糸井
ならないでしょうね。
横尾
「ぼくを見習いなさい」なんていったって、
誰も見習わないよ。
糸井
でも、横尾さんですから、
たとえば「横尾忠則の家」とか、
記念館のようなことをやろうと思えば
できるじゃないですか。
横尾
うーん、いや、そうするとね、
財団法人を作らないといけないでしょ。
糸井
めんどくさいですか? 
横尾さん、「めんどくさい」が好きだから‥‥。
横尾
政治力が必要だし、そんなことやりたくないよ。
職員さんとか、
そういう人たちも雇わないといけないし、
管理にものすごくお金がかかる。
人が来るっていったって、
ギャラリー作ったり入場料もらっても、
それだけではぜんぜん商売にはならないでしょう。
糸井
そうかなぁ。
作家蔵の絵を見にくる人も
いると思うんだけど。
横尾
ぜんぶの絵にサインしてないよ。
糸井
サインしないんですか?
じゃあ、未完成ということでしょうか。
横尾
いや、20世紀の美術はみなサインしたんだよ。
どういうわけかわからないけど、
20世紀の後半から、
つまり、現代美術の時代になってからは、
誰もサインなんてしなくなっちゃったんだよ。
版画にはしますけどね、タブローにはしなくなった。
だからぼくは、それに従っているだけなんだけど。
糸井
ところで横尾さんは、アトリエで
絵を描いてらっしゃるときには、
額のことは考えてないでしょう?
横尾
額?
糸井
絵は最後に額縁をつけられるから、
額が絵に食い込んでくるじゃないですか。
横尾
ああ、何ミリか、何センチか、
最終的に額が絵に食い込むってことね。
糸井
ご本人は、それをどう考えてるんですか?
横尾
それは買った人の責任ですよ。
お金を払われれば、絵は相手のものだから。
糸井
あなたのものだから。
横尾
燃やそうが破こうが、
それはもう、そちらの自由。
ま、なかなかそこまでは言えないけども、
「やめてください」も、
言えないんですよ。
(明日につづきます)
2017-09-10-SUN