横尾忠則さんは過去の糸井重里との対談で、
「生活と芸術は切り離して考える」と
発言なさっていました。
芸術の達成を、人格や人生の達成とするのは、
勘違いである、と。
では「美術家・横尾忠則」の生活とはなんなのか?
糸井重里とのおしゃべりのなかに、
そのヒントが見えるかもしれません。
過去のふたりの打ち合わせと対話の音声を
いま掘り起こし、探っていきたいと思います。
▶︎横尾忠則さんプロフィール
- 横尾
- カレーの食べ方についてはね、
あんまり人に広めたくないの。
- 糸井
- 伝わりにくいとは思いますが‥‥。
- 横尾
- 自分だけの秘密にしておきたいわけ。
- 糸井
- 心のね(笑)。秘伝として。
- 横尾
- うん。
ちかごろはだんだん、
自分に秘密がなくなっててさ。
いろんなところに書いたりして、
すっかり秘密がなくなってさ。
- 糸井
- そうですね、わかります。
- 横尾
- でもじつは、ツイッターにも
本にも新聞の連載にも、
どうでもいいことばっかり
書いてるんだけどさ。
本当の秘密はね、しゃべらないよ。
- 糸井
- それも、とてもよくわかります。
- 横尾
- 創作の秘密なんて絶対書かないもん。
- 糸井
- 創作の秘密は、あるに違いないですよね。
- 横尾
- そうですよ。
- 糸井
- あるに違いないんですよ。
でも、人から訊かれたときには、
「ちょうどいいところ」だけを
しゃべることになりますね。
- 横尾
- うん。
その先は想像させたり、あるいは、
自信をなくさせたりするわけです。
- 糸井
- そうですか(笑)。
絵を描く人同士の問答の場合には、
もっと自信をなくさせたりしますか?
- 横尾
- 絵を描く友達は、
ひとりもいないよ。
- 糸井
- え(笑)、でも、
グループは組んでたじゃないですか。
宇野(亜喜良)さんたちとやったり、
ほかにもいろいろあったでしょう。
- 横尾
- グループったって、
営業用のグループだからさ。
- 糸井
- ははぁ。
- 横尾
- 創作は、お互いバラバラにやってるんだよ。
ま、宇野さんの秘密とか、
和田(誠)くんの秘密がわかったからって、
どうってことないよ。
なにしろ、和田くんや宇野さんの絵なんて、
あんなの描けないしさ。
- 糸井
- なるほど。
- 横尾
- だけどね、そうやって自分では
絶対に秘密を言わないと思ってるんだけど、
それは人からすると、
たいした話じゃなかったりするんだよね。
- 糸井
- あんがい(笑)。
いやいや、
わかんないですよ、それは。
- 横尾
- 言わなきゃわかんないね。
でも、言わないから。
- 糸井
- 横尾さんは、
話す量は多いほうかもしれませんが、
秘密を漏らしてるかのように見えて、
けっこう黙っているのかもしれないですね。
- 横尾
- 秘密の手前まで書くのよ。
あと一行書けば秘密に行くんだけど、
手前でやめとこ、とかさ。
- 糸井
- いまふと思い出したことがあるんです、
吉本隆明さんの話なんですけどね。
- 横尾
- ほぉ。
- 糸井
- 綾戸智恵さんの歌を聞いて、
「この人は、あるときに
自分だけでわかったことがあったんですね」
とおっしゃったんですよ。
「それは誰にも言わないけど、
きっと自分ではわかってるんですよ」
と。
- 横尾
- 「自分だけで」って、それは、
綾戸さんがわかっている、ということ?
- 糸井
- そうです、そうそう。
- 横尾
- それを吉本さんがわかってる、ってことなんでしょ?
- 糸井
- 吉本さんが
その秘密をわかった、ということでしょうね。
誰にも言わないことだけど、
あきらかにわかった、というような。
- 横尾
- ‥‥同業者だったら、
その秘密に興味はあるだろうけど、
吉本さんみたいに、歌も歌わない人が、
歌うたいの秘密がわかったからってどうなんだろう?
自分にとってはなんの利益もないですよね?
- 糸井
- だけど、吉本さんもそれが何かは
わかってないんですよ。
綾戸さんが吉本さんに言う機会もないし。
- 横尾
- ですよね。
機会もないし、
聞いたからどうってことないし。
- 糸井
- そうですね(笑)。
- 横尾
- やっぱり思想家っていうのはさ、
そういうのを考える人たちなんだよなぁ。
残念ながら僕にはそういうことがないなぁ。
- 糸井
- 横尾さんはどういうときに
秘密のやりとりをするのでしょうか。
マッサージのときなんて、どうですか?
- 横尾
- マッサージをしてくれる人に?
- 糸井
- そうです。
お医者さんとか。
- 横尾
- マッサージの場合は、
ぼくが話すんじゃないんだよ。
いつもだいたい「1時間」でお願いしてるんだけど、
もうちょっとやってほしいなぁ、
というときあるでしょ?
そろそろ終わりそうだな、というときになると、
相手が気に入りそうな、
好きそうな話題を振っていくの。
- 糸井
- 横尾さんのほうからですか。
- 横尾
- そう。
その話題を、今度は相手がしゃべりだすわけ。
そうすると、話題が終わるまでは、
マッサージをやってくれるからさ。
- 糸井
- すごいテクニックですね。
- 横尾
- だいたい15分は引っ張ってくれますよ。
向こうも、引っ張られてることはわかってるの。
「わかってるけども15分超過してもいいわ」
みたいな感じだよ。
そのかわり、自分の話がしたいわけだから。
- 糸井
- いったい、どういう話を振ってるんだろう?
- 横尾
- だってさ、そうしないとおもしろくないじゃん。
- 糸井
- 向こうは毎日やってることですもんね。
- 横尾
- うん。
- (日曜につづきます)
2017-09-14-THU
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN