横尾忠則さんは過去の糸井重里との対談で、
「生活と芸術は切り離して考える」と
発言なさっていました。
芸術の達成を、人格や人生の達成とするのは、
勘違いである、と。
では「美術家・横尾忠則」の生活とはなんなのか?
糸井重里とのおしゃべりのなかに、
そのヒントが見えるかもしれません。
過去のふたりの打ち合わせと対話の音声を
いま掘り起こし、探っていきたいと思います。
▶︎横尾忠則さんプロフィール
- 糸井
- 『うろつき夜太』を連載していたときは、
ふたりともずっとホテルにいたんですよね?
- 横尾
- そうそう、缶詰めになってね。
週刊誌でやってたわけだから。
- 糸井
- 柴錬(柴田錬三郎)さんが小説書いて、
横尾さんが絵を描いて。
- 横尾
- 柴錬さん、原稿ギリギリなんだよ。
だけど、ギリギリでも、遅い人ではないんです。
締切にはちゃんと間に合う。モラリストです。
編集者はそういう意味ではあんまり苦労しなかったよ。
野坂(昭如)さんみたいに、
どこかに飛び出していっちゃうとか、
そんなことはなかった。
- 糸井
- だけど、横尾さんの絵のほうが
柴錬さんの原稿より早くできちゃうんですね。
- 横尾
- だって、6ページ分の絵を描かなきゃいけないから、
早く描かないと間に合わないわけ。
だいたいぼくは時代小説なんて
それまでやったことなかったから、
最初は断ったんだよ。
でも、編集者が
「横尾さんね、柴錬さんと仕事するってのは
大変なことですよ。
ああいう人といっしょにやるってだけでも、
魅力的じゃないですか」
なんて言うの。
そりゃぼくも柴錬さんには会いたいけども、
時代ものって、独特のタッチがあるでしょう。
- 糸井
- しかも、その時代をよくわかってないと
描けないですよね。
- 横尾
- そうそう。デッサンできるだけじゃダメなわけよ。
着物をどう着たとか、
刀の持ち方とかちょんまげの結わえ方とか、
そんなのぜんぜん知らないからさ。
しかも最初は、1ページだけの、
白黒の仕事だったんですよ。
「これ、画期的ですよ」って編集の彼は言うわけ。
確かにページを全部使った絵を描くのは、
当時の週刊誌にとっては画期的だったんです。
- 糸井
- しかし結果はそれどころじゃないですよね。
- 横尾
- それなんだよ。
- 糸井
- なんですか。
- 横尾
- ぼくはその話を断る手段として、
「全部カラーだったら描いてもいいけどね」
って言ったの。
- 糸井
- あちゃあ。
- 横尾
- そしたら断れると思ったわけ。
「そんなムチャ言わないでくださいよ~」
なんていって、おしまい。
電話切って、しばらくしたらかかってきて
「やろうじゃありませんか」
と編集の人が言うわけよ。
- 糸井
- しまった(笑)。
- 横尾
- 「全部カラーでいいですよ」
しかも見開き3つ、6ページのカラーです。
- 糸井
- それは現在でもありえない量ですね。
- 横尾
- 困ったなと思ったわけよ。
カラーで、時代劇でしょ?
白黒ならごまかせるけど、
えらいことになってしまった。
それでまた別の条件をつけることにしてさ。
「モデルがいないとぼくは描けません」
- 糸井
- えぇぇぇ?
- 横尾
- しかも、田村正和で。
- 糸井
- えぇぇぇ?!
- 横尾
- モデルを編集者がやったって、
描く気がしないからね。
そうしたら、田村亮さんならOKです、と
またこういう返事が来たんです。
- 糸井
- すごい。
- 横尾
- そうやってどんどんどんどん
向こうが条件をクリアしてしまった。
- 糸井
- それはもう、やるしかないですね。
- 横尾
- そしたら編集の人が最後に
「こちらからもひとつ条件を出していいですか?」
と言ってきたの。
興味あるから
「どんな条件?」
って訊いたら、
「柴錬さんと横尾さんのおふたりには、
1年間、高輪プリンスホテルに
缶詰めになってもらいます。
でも、普通の缶詰めじゃなくて瓶詰めです」
なーんて言うわけ。
- 糸井
- 瓶詰めってなんですか。
- 横尾
- 「缶詰めは、外から穴を開けなきゃいけない。
瓶詰めは内側からもフタが開く状態のことです」
- 糸井
- なるほど、なるほど。
- 横尾
- それが向こうの条件で、
それでふたりとも瓶詰めになって。
- 糸井
- 柴錬さんも、よく引き受けましたね。
- 横尾
- 柴錬さんは、あそこから坂を
トコトコ降りたところが
自分のとこの家だったからね。
だから、なぜ近所のホテルに缶詰にするのか、
そこまでやる必然はなかったと思うんだよ。
だけどまぁ、小説をしょっちゅう書くんだから、
ご家族と毎日顔をつき合わせるのも、
めんどくさいかもしれないでしょ。
- 糸井
- うーん、横尾さんにしても、
1年間も缶詰じゃ、たいへんですよね。
- 横尾
- だけど、瓶詰めだから、
家に帰ろうと思ったら帰ってもいいんだよ。
旅行いってもいいし、どこいってもいい、
よその仕事してもいいですよ、って言うからさ。
- 糸井
- 見開き3つ分は、缶詰になっていると、
旅行いったりしても描けちゃうもんなんですか。
- 横尾
- 描けますよ。
3日も4日もかからない。
1日で描けちゃうよ。
だけどね、ぼくはこういう話自体、
あんまり興味がないんだよ。
だって、ぼくは何度もこのことを
糸井さんにしゃべってるからさ。
- 糸井
- え?
- 横尾
- この話、今日がはじめてじゃないから。
- 糸井
- この話?
- 横尾
- 前もしてるはずなのよ。
- 糸井
- いや、そうかもしれないけど、
きっとそれぞれにどこかがちょっと違うんですよ。
- 横尾
- いや、
ぼくは同じ話をしてるんだけども、
聞く側が違う、
ということなんだと思う。
- 糸井
- ああ、なるほど。受け手の聞き方が。
そうかなぁ。
- 横尾
- うん、ぼくは全く同じ話をしてる。
- 糸井
- ホントかなぁ(笑)。
- 横尾
- ホントですよ。
言葉づかいが違う程度でさ、
中身はそのまま同じにしゃべってるよ。
糸井さんは、その間(かん)にさぁ、きっと。
- 糸井
- 違う興味になってるんでしょうか。
- 横尾
- そうだよ。
- (木曜につづきます)
2017-09-18-MON
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN