横尾忠則さんは過去の糸井重里との対談で、
「生活と芸術は切り離して考える」と
発言なさっていました。
芸術の達成を、人格や人生の達成とするのは、
勘違いである、と。
では「美術家・横尾忠則」の生活とはなんなのか?
糸井重里とのおしゃべりのなかに、
そのヒントが見えるかもしれません。
過去のふたりの打ち合わせと対話の音声を
いま掘り起こし、探っていきたいと思います。
▶︎横尾忠則さんプロフィール
- 糸井
- 横尾さんは装丁のお仕事も
たくさんなさってますよね。
- 横尾
- そうね。なんていうのかな、
絵は、本業という感じはしないわけよ。
絵でメシ食ってないから。
- 糸井
- えっ?
- 横尾
- もしも絵が全部売れて、
経済生活のすべてができるんだったら、
絵は本業と言えるんだろうけどね。
だからぼくは、
絵が本業とは言えないです。
- 糸井
- 知らなかった。
- 横尾
- だって、描いてるうちは
どれが売れるのか
全くわからないからさ。
しかし、デザインの場合は100パーセント、
買い手がつくでしょう?
- 糸井
- デザインは誰かに頼まれてやりますからね。
- 横尾
- それはもう、はっきりと、
ビジネスですよ。
絵の場合、ビジネスじゃないです。
- 糸井
- はい、なるほど。
- 横尾
- だけどね、絵だって、
たまにはオファーがあるんですよ。
「肖像画を描いてください」なんて
言ってもらえることもあるから、
それはビジネスだったりします。
- 糸井
- ああ、そういうこともあるんですね。
- 横尾
- だけど、そのときは、
そんなには力を入れて描かないようにしてるの。
力を入れちゃうと、たぶん
頼んでくれた人が、嫌がるから。
- 糸井
- わかる、わかる。
- 横尾
- なるべく力を抜くようにして、
誰が描いたかわかんないような、
その人に似ている絵を描きます。
それが結局、いちばん喜んでくれるよ。
ホント、そうなのよ。
- 糸井
- だけどそのほかは、仕事じゃない絵を
描いてらっしゃるわけですよね。
その絵は、通常、アトリエにたまっていくんですか?
- 横尾
- うん、たまっていきます。
時間が経って、展覧会などで発表したときに、
「買いたい」という人が出てくるかもしれない。
ま、出てこないことのほうが多いです。
買う人のスピードに追っつかないぐらい
たくさん描いてるから。
- 糸井
- とにかく横尾さんは、作ってますからね。
- 横尾
- 買う人のスピードなんて、ないも同然だよ。
描くほうはスピードですよ。
- 糸井
- 買い手というのは、
美術館がメインになるんですか。
- 横尾
- 一般の方に絵そのものが売れるということは、
ほとんどないなぁ。
でもときどき、展示を見て、
「ここにあるのは大きすぎるから、
こういう感じの絵を
小さいサイズで描いてくれますか?」
と言われることもあります。
そういうこともあって、
ぼくの反復作品は増えていくわけ。
- 糸井
- そうか、そうか。
横尾さんは以前、
反復をテーマにした展覧会をやりましたよね。
反復をおもしろがっているようにも思いましたが。
- 横尾
- 反復で数が増えていくおもしろさはありますよ。
ひとつの絵で
7~8点描いてるのもあるんじゃないかな。
- 糸井
- 版画で刷っているわけじゃなくて、
ひとつずつ0から描いてるんですよね。
- 横尾
- うん。
- 糸井
- そういうことをやってる画家は、
歴史的に、いるんですか?
- 横尾
- 例えば、モネ。
モネなんか、ルーアンの教会や、
女の人が傘をさして堤防の上に立ってるやつとか、
同じ絵をけっこう描いてるんじゃないかな。
ぼくは人からの要請で描く場合もあるけれども、
同じテーマでもう1回描いてみたい気持ちはわかる。
誰だって、自分の作品の系列に
入ってないようなものは、
なるべくやりたくないわけよ。
- 糸井
- でも、横尾さんはいつも新しいことを
やってるじゃないですか。
- 横尾
- 新しいことを考えるのは好きなんだけど、
それと同時に、いつもどこかで
努力しないことを考えてるわけ。
努力しない努力論って、あるじゃないですか。
- 糸井
- ものすごく難しいけど、わかる気はします。
- 横尾
- みんなが努力をしているけれども、
ぼくは、できれば努力したくない。
努力しないで成功した人は、いっぱいいます。
アンディ・ウォーホールなんて、
あんまり努力してないでしょ。
- 糸井
- 歌手が、新曲ばかり出すようになっているけど、
ときどき昔の歌をうたうこと、ありますよね。
お客はそれを喜んだりするし、もしかしたら、
古い歌から見つかる何かがあるかもしれない。
その歌に、何かがまだまだたっぷりあるんです。
反復はそのこととなんだか似ている気がします。
- 横尾
- うん、そうね。
歌の場合にはなんだっけ?
リメイクじゃなくて、なんだっけ?
- 糸井
- リバイバル?
- 横尾
- リバイバルっていうんだっけ?
- 糸井
- リミックス?
- 横尾
- いや、そんな難しい言葉じゃない、
もっと簡単なやつでさ。
- 糸井
- カバー?
- 横尾
- カバーか。カバーだ。
- 糸井
- カバーでいいですか? セルフカバー?
- 横尾
- そうね。
美術界はカバーなんていわないだろうけど、
やってることはカバーみたいなもんです。
自分のカバーをやることもあるし、
誰かをカバーする場合もあります。
- 糸井
- ああ、そうですね。
横尾さんは両方、やってらっしゃいます。
- 横尾
- 絵は、いってみれば全部が未完成です。
どっかで手放さないと、終わらない。
だからぼくは、
一生のうちに一点の絵だけを
毎日描き続けるのも、
おもしろいと思う。
今日と昨日と明日の絵が変わるでしょ?
それを写真だけで記録しとくの。
- 糸井
- それはおもしろいでしょうね。
- 横尾
- キャンバスを買うお金がなかったら、
さらにいいよね。
- (日曜日につづきます)
2017-09-21-THU
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN