横尾忠則さんは過去の糸井重里との対談で、
「生活と芸術は切り離して考える」と
発言なさっていました。
芸術の達成を、人格や人生の達成とするのは、
勘違いである、と。
では「美術家・横尾忠則」の生活とはなんなのか?
糸井重里とのおしゃべりのなかに、
そのヒントが見えるかもしれません。
過去のふたりの打ち合わせと対話の音声を
いま掘り起こし、探っていきたいと思います。
▶︎横尾忠則さんプロフィール
- 糸井
- 横尾さんは、お子さんが小さいときは、
どんなふうに関わっていらっしゃったんですか?
- 横尾
- ほとんど関わらないよ。
- 糸井
- そうなんですか?
それで通せたのがすごいですね。
- 横尾
- まぁ、子どもは子どもなりに、
親にどういう対応をすればいいのか、
いろいろ考えるでしょ。
それはつまり、
それなりに教育しているということじゃないのかな。
ぼくが手を加えないで、
向こうが「こうなんだろうな」と思うことによってさ。
- 糸井
- 子どもが歩み寄ることで。
- 横尾
- ま、歩みは寄らない。
ある種の距離はずっととってたね。
- 糸井
- 猫も、そんな感じでしたか?
- 横尾
- きっといまじゃもう、
猫とのつきあいのほうが濃密ね。
- 糸井
- 横尾さんにとって、猫は生活ですか?
- 横尾
- 猫は、大生活。生活必需品。
- 糸井
- 猫はやっぱり、
ものすごく大事なものなんですね。
- 横尾
- 子どもはひとりの人間だから、
分身って感じがしない。
けれども猫は、自分の分身という感じがします。
子どもを産んだのはうちのかみさんだから、
かみさんはきっと
子どもを分身だと思ってるでしょうけども。
- 糸井
- だけど横尾さんは
猫を産んだわけじゃないですよ。
- 横尾
- まぁ、そうだけどさ。
いま世の中は猫ブームだけど、
猫の絵はアートになりにくいよね。
ぼくは、死んだ猫の肖像画を何枚も描いてるけど、
あれは作品にしようと思って
描いてるわけじゃないんだよ。
- 糸井
- あれは遺影なんですか?
- 横尾
- まぁ、レクイエムですね。
- 糸井
- けれども、ほかの人は
あの絵を横尾さんの作品として見ますよね。
- 横尾
- 作品として見たとしても、
なんだか写実的な絵でしょう?
なんの工夫もないし。
- 糸井
- 横尾さんは、
ほかにそんな絵を描かないですもんね。
- 横尾
- うん。
様式も写実だし、工夫もない。
おもしろくもおかしくもない。
- 糸井
- だけど横尾さんはいま、
猫を描きたいんですよね。
- 横尾
- そうね。
十和田市(現代美術館)で、
40点ぐらい並べたんです。
あの展覧会には、ほかにもたくさん
絵が飾ってあったのに、
その部屋がいちばん人気があるって言うんだよ。
- 糸井
- ありゃあ。
誤算ですね。
- 横尾
- ぼくは別に計算してないけれども、
学芸員はきっと「あたった」と思ってただろうね。
しかし、猫の絵はアートではない。
絵画としての主張は何もない。
現代美術の学芸員なんかが見ると、
あまりにも「芸術をやってない」という
ことになるんだよ。
でも、芸術をやってないことに、
妙な芸術性を感じる、ということらしいの。
なんだかわかんないけど。
- 糸井
- ああ、それは、ありえますね。
- 横尾
- そうなんだろうね。
世の中ぜんぶが芸術芸術したものばかりだし、
そこにまったく芸術していないものを、
芸術の殿堂みたいな美術館に並べたら、
意味が出てくるのかもわかんない。
- 糸井
- 横尾さんは、写実的にしか猫を描いてないんですね?
ほかの方法で、猫は描いてないんですね?
- 横尾
- 描いてない。
オノ・ヨーコさんがアトリエに来たときに
「横尾さん、この猫の絵、どうするの?」
って訊いてきたわけ。
「これは猫のレクイエムのつもりで描いているだけで、
べつに作品のつもりでやってない」
って答えた。
そしたら、あの人、まじめだからこう言うの。
「何言ってるんですか。
これこそ立派な作品じゃないですか」
「え、なんで?」
- 糸井
- おおお。
- 横尾
- 猫に対するレクイエムを、
愛情のつもりでぼくは描いてる。
そりゃそうだ、
オノ・ヨーコさんに言わせたら、
「芸術とは愛」ですから
「これこそ芸術です」
ということになるんです。
なんていったって「ラブ&ピース」の人だからね。
- 糸井
- 説得力ありますねぇ。
- 横尾
- ぼくが「芸術じゃない」と言えば言うほど、
ますます、真剣になってくるんだよ。
- 糸井
- つまりその絵は、
率直に出る言葉と同じですものね。
- 横尾
- そうね。
- 糸井
- 「アイラブユー」ですよ。
- 横尾
- だから、誰がそういうふうに、
猫の絵は芸術ではないと言い出したんだか、
ちょっとわかんないけども。
- 糸井
- 自分ですよ。
- 横尾
- ん?
- 糸井
- 横尾さんだけですよ、
「芸術じゃない」って言ってるのは。
- 一同
- (笑)
- 横尾
- だけど、一般の人も、関係者も、
それが芸術だと思って見てないよ。
新しい様式でもないし、主題ったって猫だしさ。
でも、あの猫の絵を見て泣く人がいるらしいんですよ。
- 糸井
- その猫の絵は見に行きたくなりますねぇ。
いちばん人気なのもよくわかる。
- (木曜につづきます)
2017-10-02-MON
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