横尾忠則さんは過去の糸井重里との対談で、
「生活と芸術は切り離して考える」と
発言なさっていました。
芸術の達成を、人格や人生の達成とするのは、
勘違いである、と。
では「美術家・横尾忠則」の生活とはなんなのか?
糸井重里とのおしゃべりのなかに、
そのヒントが見えるかもしれません。
過去のふたりの打ち合わせと対話の音声を
いま掘り起こし、探っていきたいと思います。
▶︎横尾忠則さんプロフィール
- 糸井
- 横尾さんの展覧会は、
前の町田(町田市立国際版画美術館)もよかったし、
神戸(横尾忠則現代美術館)の
旅のテーマのもよかった。
それぞれの美術館のキュレーターの方が
楽しんでやってる感じがしました。
- 横尾
- うん。
「何をやってもいいんだ」ということを、
最近わかってもらえたと思います。
- 糸井
- ああ、きっとそうですね。
- 横尾
- 学芸員は本来、
「何をやってもいい」という考えはないんですよ。
なんでも白黒つけないといけないし、
その根拠がないとダメです。
けれどもぼくの作品には、根拠は要らない。
目的も結果も考えなくっていいんだから、と、
彼らにその都度一所懸命言うんだけど、
なかなかわかってもらえなかった。
- 糸井
- それがいまはもう、
すっかりわかったんでしょうね。
- 横尾
- わかったというより、
「ちょっと暴走してんじゃない?」
と言いたくなるときもあるよ(笑)。
- 糸井
- 神戸の美術館の展示では、
横尾さんの持ってるレコードを飾ってるだけの部屋も
ありましたよ。
あちこちまったく違う展開をしてて、
よくアイディアが出るなぁ、と感心しました。
- 横尾
- 学芸員の人たち、おもしろくってしょうがないんだよ。
- 糸井
- そりゃあ、おもしろいでしょう。
- 横尾
- よその美術館じゃ、
あそこまで遊べないかもしれないね。
以前、温泉をテーマにした展示のときは‥‥。
- 糸井
- ああ、ありましたね。
- 横尾
- ぼくは温泉地ではいつも、
行く先々でソフトクリームを買うわけ。
ほら、温泉に行くとあちこちに
ソフトクリームの看板があるでしょ?
あれ見るとすーっと引きずられてしまう。
だから、温泉がテーマのぼくの展示に
ソフトクリームがないのはおかしいじゃないか、と
彼らに言ったの。
- 糸井
- それは「作品」じゃなくて「看板」ですよね。
- 横尾
- そう。
でも、ソフトクリームの看板を飾ると、
雰囲気が出るわけよ。
- 糸井
- いいですねぇ。
そのくらい自由にやっていい、と。
そういえば‥‥横尾さんは
「アリを踏まないように」の活動は、
まだやってらっしゃるんですか?
- 横尾
- やってるよ。
アリは、今年はあんまり出なかった。
- 糸井
- 横尾さんのアトリエの入口にアリの巣があって。
- 横尾
- そう。
- 糸井
- それを知らない人が
横尾さんのアトリエを訪問すると、
アリの行列を踏んでしまう。
だから、人が来そうな時間になると、
横尾さんはあらかじめ入口で待ってて
「踏まないで、踏まないで」と言うんですよね。
- 横尾
- しかも、アトリエの入口には
アリに注意の交通標識もかけてあるからね。
- 糸井
- 帰りも踏まないように、見送ってくれます。
- 横尾
- そういえば、ヒアリ、あれどうなった?
あんまり最近は言わないね。
- 糸井
- そうですね。
- 横尾
- 全部絶滅したのかな。
- 糸井
- そうはいかないでしょう。
ニュースのネタとしての時期を
過ぎたということなのかなぁ。
- 横尾
- アリじゃあんまりニュースにならないってこと?
- 糸井
- テレビはひところ騒いでいましたね。
- 横尾
- 週刊誌だと、アリじゃトップニュースにはならない。
- 糸井
- 週刊誌向きではありませんね。
- 横尾
- 入院しているときは時間があったから
週刊誌をよく読んだよ。
書評もしなくちゃいけないから、本も読むけどさ。
- 糸井
- 横尾さんの書評については、奥さまが
「あれだけ本を読まなかった人が読むなんて」
とおっしゃってましたよ。
- 横尾
- 月に1~2冊、
書評用の本を読むだけであっぷあっぷなのに、
年末になるとさらに
「今年読んだ本でよかったやつを3冊挙げてくれ」
なんて言ってくるんだよ。
だから、書評した本をもう1回出すことになる。
そんなことする人、ほかにいないでしょ。
- 糸井
- 横尾さん、ものすごくまじめに読んでますよね。
- 横尾
- まじめに1冊、まず読むでしょ?
ところが、読み終わったというのに、
内容を覚えてないわけ。
だからもういちど読みます。
2回目には、線を入れていったりする。
- 糸井
- ああ、それはたいへんでしょう。
- 横尾
- 書くよりも、読むほうに
ものすごくエネルギーを取られちゃう。
- 糸井
- あの書評の本は、ものすごく立派です。
横尾さんはまじめな人だと思いました。
あんなたいへんなこと、ふつう引き受けませんよ。
- 横尾
- だけど、書評家の人って、
みなそれをやっているわけでしょう?
新聞の書評を引き受けて、
1か月に4回掲載されるとして、1年に50回。
2年単位で引き受けるから、100回だよ。
- 糸井
- ま、みんなはそれが仕事なんでしょうけどね。
- 横尾
- 仕事というのは
自分で決めるものだけれども、
よっぽど暇なのか、
書くことでギャランティがほしいのか。
- 糸井
- でも、書評をする人たちは、
あんまり全部は読んでないかもしれませんよ。
少なくとも、横尾さんみたいに、
そんなにまじめに読んでない。
ときどき「ここ読んでないな」なんて
わかるときもありますよ。
- 横尾
- そうだよね。
ある批評家に
「読むのがたいへんだ」とこぼしたことがあるの。
そしたら彼はやっぱり
「そんなまじめに読む必要ないですよ」
と言ってた。
「あなた読まないの?」「読まない、読まない」
- 糸井
- アドバイスとしては、そう言いますよ。
2回も読んでたら無理ですよ。
- 横尾
- 本を読み慣れている人は、
めくっただけでパッパッパッとわかるんだろうね。
- 糸井
- あの仕事を、本業をしながら、
よくやりましたね。
- 横尾
- やめさせてくれないんだよ。
2年終わるたびに、何回も喧嘩状態です。
- 糸井
- わはははは。
- 横尾
- だけど8年間続いてるの。
もうここまでくるとクセとしか
いいようがない。
- (日曜につづきます)
2017-10-05-THU
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN