横尾忠則さんは過去の糸井重里との対談で、
「生活と芸術は切り離して考える」と
発言なさっていました。
芸術の達成を、人格や人生の達成とするのは、
勘違いである、と。
では「美術家・横尾忠則」の生活とはなんなのか?
糸井重里とのおしゃべりのなかに、
そのヒントが見えるかもしれません。
過去のふたりの打ち合わせと対話の音声を
いま掘り起こし、探っていきたいと思います。
▶︎横尾忠則さんプロフィール
- 糸井
- 書評をそんなにまじめにやるのは、
ほんとうにたいへんだから、やめてもいいと
ぼくは思います。
- 横尾
- まじめだけれども、
結局は自分の話にしちゃうから、
エッセイみたいなつもりで書いてればいいわけ。
本には密着してないです。
本からくみあげた、
違うことを書いているんだよ、ぼくは。
- 糸井
- だからこそおもしろいし、
続けられるのかもしれませんね。
しかも、ご自分の興味ある本しか選んでないから、
それがとてもいいと思います。
- 横尾
- でもさ‥‥、
書評の本が出て、自分で読んでみたわけよ。
それがまた、おもしろくって、おもしろくって。
なんでおもしろいかというと、
「次の行は何を言うんだろう?」
と、自分でわからないからなんです。
- 糸井
- ああ(笑)、横尾さんはいつもそうですね。
次に何を言いだすのかわからない。
- 横尾
- 「次どう言うんだろう?」
「怖いな、怖いな」
「変なこと言ったら怖いな」
と、自分で読んでいっちゃうわけ。
- 糸井
- それは全体的に、横尾さんの特徴です。
絵だってそうじゃないですか。
「次どこ行くんだろう?」
- 横尾
- 絵はもっとわかんないね、
迷ったまま出ていくからさ。
誰がどう見るかという客観性もない。
文章は編集者もいるし、
チェックする人がいる。
そこを通り抜けなきゃいけないから、まだいいよ。
絵の場合は、学芸員も文句言わない。
- 糸井
- たしかに。
でも、おっしゃっていることも、
ふだん書いておられる文章も、
横尾さんの「次」は
いつもわからないですよ。
- 横尾
- だから、自分で読んでいるのに、
書評もおもしろくって、
夜の2時か3時までかかって読んだ。
だけどね、もしぼくが書評をやってなかったら、
百何冊か忘れたけど、あの本は、
もし本屋さんで見つけても、
ぼくはぜったいに読んでないですよ。
- 糸井
- それはとてもよかったですね。
そもそも本を読まない人だったんだから。
- 横尾
- 最初引き受けるときは、喧嘩でしたよ。
- 糸井
- 最初も喧嘩ですか。
- 横尾
- ホントの喧嘩です。
あれは電話だった。
「ぼくは書評をやったことないから、できません」
「そんなことないです、できます」
向こうはぼくに自信をつけるようなことばっかり
言うわけです。
それが、だんだん腹たってくるわけ。
「そんなこと言ったって、あなた、
ぼくの書いたエッセイを全部
読んでるわけじゃないでしょう」
「いや、読みました」
延々つづいて、もうぼくは、
途中で電話を切りたいわけよ。
けれども、切ると失礼にあたるからさ。
- 糸井
- そういうことは考えるんですね。
- 横尾
- そのまま「うるさい!」って、
ガチャンと切ってもいいんだけど、
それは失礼でしょう。
- 糸井
- まぁ、そうですね。
- 横尾
- 「どうしたらいいかなぁ」と思ってたら、
パッと、
「この電話は切れない。引き受けるしか」
と思った。
- 糸井
- 思うつぼですね。
- 横尾
- 引き受けないかぎりは、
彼と延々喧嘩しなきゃいけないし、
向こうもしんどい。
「引き受けて、2~3回書いて、やめればいいんだ」
と思いました。
そしたら、最初に書いたミステリーかなんかが、
けっこうおもしろかったの。
- 糸井
- やってみたらおもしろい、と。
- 横尾
- ミステリーなんて読んだことないからさ。
2回目も小説で、おもしろかった。
そこからはじまっちゃった。
- 糸井
- そもそも本はほんとうに
読んでなかったんですか?
- 横尾
- 日本デザインセンターにいた頃、
お昼になると永井一正さんが
「横尾さん、食事にいこう」って誘ってくれて、
帰りに必ず本屋さんに入るんです。
ぼくにとって彼は上司だから、
本屋さんから彼が出るまで
じーっとしてなきゃいけないの。
彼はなんか探して買って帰るから、
ぼくも買わなきゃいかんかなぁということで、
買ってはいたんだけど、
本を真剣に読みはじめたのは45歳くらいからです。
- 糸井
- 絵描きさんになってからですね。
- 横尾
- そう、画家宣言のあとです。
しかし、ぼくよりもっとさら上がいたわけ。
50歳になってはじめて、
本を読みだした人がいるんだよ。
- 糸井
- 誰でしょうか?
- 横尾
- その人が、なぜ本を読みだしたかというと、
不眠症だったから。眠れなかったの。
友達から「本を読んだら眠れるよ」と言われて、
本を読みだした。
フェデリコ・フェリーニだよ。
- 糸井
- 映画を作ってたときも、
本は読んでなかったんですか。
- 横尾
- 50までは読んでない。
フェリーニは、なんの趣味もない人なの。
旅行も嫌い、どっか変わったところに行くのが嫌い。
映画の関係者しか会わない。
- 糸井
- はっはぁ‥‥、映画しかやってなかったんだ。
- 横尾
- 毎日、家から出て、
近所でタクシーの運転手さん相手にお茶飲んで、
そのタクシーの運転手さんの車で
チネチッタまで行く。チネチッタは撮影所ね。
そこでスケッチブックに
漫画みたいな絵コンテを描いて。
- 糸井
- ああ、うまいですよね。
- 横尾
- うまいよ。
それで帰ってくる。
明けても暮れてもそればっかり。
パートナーだったジュリエッタ・マシーナは、
よう勉強する人。
いろんなことを知ってる。
フェリーニは、
ジュリエッタ・マシーナには興味あるけども、
本読んだり勉強したりするマシーナには
あんまり興味ない。
すぐ家を出て、タクシーの運転手さんと
下世話な話ばっかりしてさ。
彼は、見たり聞いたり会った人たちを、
ほとんど全部映画の中に登場させた。
そういう人もいるから、
上には上があるんだなと思ったよ。
- (月曜につづきます)
2017-10-08-SUN
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