横尾忠則さんは過去の糸井重里との対談で、
「生活と芸術は切り離して考える」と
発言なさっていました。
芸術の達成を、人格や人生の達成とするのは、
勘違いである、と。
では「美術家・横尾忠則」の生活とはなんなのか?
糸井重里とのおしゃべりのなかに、
そのヒントが見えるかもしれません。
過去のふたりの打ち合わせと対話の音声を
いま掘り起こし、探っていきたいと思います。
▶︎横尾忠則さんプロフィール
- 糸井
- 本は読まなかったかもしれないけど、
横尾さんは、美術史に、
ものすごくくわしいですよね。
- 横尾
- 美術史については、東野芳明さんに
言われたことがちょっとあってさ。
ぼくが画家に転向したとき、
メシ食いながら東野さんが
「横尾ちゃん、お前は画家に転向したけど、
画家としては成功しない」
と、いきなり言うわけよ。
「君は、いま世の中で起こってることにしか
興味を持っていない。
いま世の中に起こってることは、
それ以前の過去に、根拠が全部あるんだよ」
と言うわけ。
会うたびに何度も言うんだよ。
「ずらーっと順番に、美術の歴史があって、
いま現在のニューペインティングがあるんだよ。
君はニューペインティングにしか
興味をもたないかもしれないけれども、それだと
そこだけデジタルに切り取ることになる。
これは画家として成功しない」
- 糸井
- ほほぅ。
- 横尾
- ぼくは、それはホントだなと思ったわけ。
それから美術の歴史に興味を持ちだした。
- 糸井
- それは本で勉強したんですか?
- 横尾
- 画集。
本というより画集です。
- 糸井
- 画集、よぉーく見るんですか?
- 横尾
- 画集は見る。
美術論は興味ない。
- 糸井
- 横尾さんの絵の解説はものすごくおもしろいですが、
あれは美術論ではないんですね。
- 横尾
- 自分で考えたことを言ってるだけだからね。
東野さんの話には続きがあってさ、
ある日、
「横尾ちゃん、それは画家の名前?」
と東野さんが言ってきたわけ。
「ティツィアーノのことですか?」
「なんだ、そのティツィアーノって」
「ティツィアーノって、
ルネッサンスの絵描きさんじゃないですか」
「知らんよ」
- 糸井
- 東野さんが。
- 横尾
- また別の日に、
「川端龍子って、あれは男だって知ってた?」
川端タツコだと思ってたんだって。
東野さんは、その時点で、
美術評論家連盟の会長だったんだよ。
- 糸井
- へぇえ。
- 横尾
- 「会長が何を言ってるんですか」てなもんだけれども、
東野さんは、専門が、
現代美術のデュシャンと
ジャスパー・ジョーンズだったでしょう?
だからいつも
「自分は勉強しないといかんな」と思ってて、
それをぼくにもやらせようとして、
言ってくれたんじゃないかと思うんです。
- 糸井
- そして、横尾さんはまじめだから、
きちんとやったわけですね。
- 横尾
- うん。
それ、やらないとダメだったよ。
ホントにダメだった。
東野さん、うまいこと説得してくれた。
- 糸井
- よかったですね。
- 横尾
- 東野さんのおかげだね。
- 糸井
- だけど、その勉強のしかたが
画集だというのがおもしろいです。
絵を見て自分で画家の考えを組み立てていくのは、
ほんとうに「たどる」ということですもんね。
- 横尾
- そうね。
例えば誰か、評論家が、
ゴッホについて書いたとする。
その人は、ゴッホの周辺に起こった
いろんなことを研究して
書いてるかもわからないけれども、
そんなこと、知っても知らなくてもいいわけですよ。
- 糸井
- そのとおりだ。
- 横尾
- むしろぼくは、ゴッホの生き方に
興味があるわけだから。
ゴーギャンがどう生きたかに興味がある。
それは、その人の絵をじーっと見てればわかる。
いろんなものがわかるじゃないですか。
- 糸井
- 描く者同士だということは、すごく大きいですね。
- 横尾
- 美術館へ絵を見に行ってもそうで、
何が描いてあるかなんて興味ない。
ぼくが見てるのは、いつも絵の具の表面です。
表面だけを見ています。
- 糸井
- それは、書の先生が、
昔の人の書を見るときに、
頭のなかで筆を追っかけて書くのと
似ていますね。
- 横尾
- あ、それに近い。
ぼくも絵を、頭のなかで描きますよ。
だから、絵を見るとすごく疲れる。
疲れるけどもね、
「ここにキュウリか何か描きゃもっとおもしろいのに」
と、思ったりするわけよ。
- 糸井
- どこで悩んじゃったのかも、
わかっちゃいますよね。
- 横尾
- わかるよね。
結局、それでいいんじゃないかと思う。
その人の人生の背景、
何年に生まれて、親父さんの職業がなんだとか、
そこから解き明かさなくてもいい。
そんなもんどうでもいいわけ。
- 糸井
- 横尾さんが、現代の作家についてパーンと、
「ピカソって」と、
友達のように批判することがありますよね。
まるでピカソを、隣にいる人のように扱う。
- 横尾
- そうかなぁ。
ピカソはそら偉大な人で、尊敬してますよ。
- 糸井
- それはそうだけど、
同じ人間として「ここで苦しんだろうな」と、
横尾さんはわかっています。
そこが、読んでてものすごくおもしろいんですよ。
- 横尾
- 物知り博士になるんだったら、
学芸員になればいいわけよ。
- 糸井
- 横尾さんが、小さいときから
「模写をやってきた」ということが
強く関係していますよね。
- 横尾
- ああ、模写は。
- 糸井
- 模写って、見ることでしょう?
- (木曜につづきます。次は最終回)
2017-10-09-MON
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN