横尾忠則さんは過去の糸井重里との対談で、
「生活と芸術は切り離して考える」と
発言なさっていました。
芸術の達成を、人格や人生の達成とするのは、
勘違いである、と。
では「美術家・横尾忠則」の生活とはなんなのか?
糸井重里とのおしゃべりのなかに、
そのヒントが見えるかもしれません。
過去のふたりの打ち合わせと対話の音声を
いま掘り起こし、探っていきたいと思います。
▶︎横尾忠則さんプロフィール
- 横尾
- 勇気というのは、
単にうまくなるだけのことじゃないんだよ。
いまこの絵のネコの後ろにぼくがいるんです。
- 糸井
- いまは顔のない「ぼく」ですね。
- 横尾
- この絵はここまで描けてるわけ。
これからだんだんしあがっていって、
もしかしたらこれは
「目鼻はちょんちょんと点をつける程度で
いいじゃないか」
という勇気が出てくるとする。
その勇気があれば、この顔は点だけでできるわけです。
その勇気がなければ、もしかしたら
写真とそっくりに描いてしまうのかもしれない。
- 糸井
- そうですね、
写実に逃げるという方法だってありますよね。
- 横尾
- そうなの。それが問題なんだ。
「写実」みたいなものがなければいいんだけど、
それがあるから、
絵を描く人はそこから自由になれない。
- 糸井
- 写実をますますスーパーリアリズムにしてしまって、
いまはそっちの居心地がよくなってますね。
- 横尾
- うん。日本全体に
スーパーリアリズム方面が流行ってるよね。
技術もすごいでしょ。
- 糸井
- それはそれでそういう考えなんだと思うし、
「お客さん」もいるんでしょうね。
- 横尾
- でもそれはあくまでひとつの「考え」だと
思ったほうがいいんです。
ぼくは子どものころ、写真を見ながら、
映画俳優の顔をよく描いていたんだけれども、
もう、写真か絵かわからないぐらいに描いてた。
「そういうふうに描きたい」という考えが
あるからそう描けたんです。
例えば石膏デッサンふうに描きたければ、
そうしようという考えがあればできます。
それがなければできない。
技術は必要なものだけれども、
技術からは自由になれなくなります。
ものすごい技術を身につけている状態だと、
やっぱりそれを自分で見たいし、
人にも見せたくなる。
- 糸井
- そうすると、
技術をつきつめるしかなくなりますね。
- 横尾
- 絵にしても何にしても、
才能というのはやっぱり、
「そうしようという考え」によって
成っていくんじゃないかな。
それにね、才能ということでいえば、
スポーツでも芸術でも、ある種、
偏っていないとできないんじゃないかなと思う。
あのクリクリと回転する子‥‥。
- 糸井
- 白井健三選手。
- 横尾
- そうそう、白井はそうだと思う。
- 糸井
- スケートの浅田真央ちゃんにも感じますよ。
対局中の羽生善治さんにも。
- 横尾
- うん。みんな、それとなくだけど、
じつは「自分がしたいことしかしない」という
タイプでしょう。
- 糸井
- そうですね。
- 横尾
- そら、妥協することもあるかもわかんないけど、
基本的には、やりたくないことはやらない。
やりたくないことをしない場合、
社会的には評価はされないよね。
- 糸井
- その人にまだ力がない場合はそうですね。
- 横尾
- たいていの人は評価されたいわけだよ。
まったく無名の人であっても、されたいわけでしょう。
しかし、ある程度社会的に認識された人であれば、
「自分はこうしたい」ということを
もっともっと求めていけるようになります。
ダメになるか、よくなるか、
そこで分かれていくんじゃないかなぁ。
- 糸井
- なるほど。
- 横尾
- 世間の欲に左右されて
ダメになっていく人だっているわけだよ。
かといって、最初はやっぱり
欲を持ってないとダメだとも思う。
- 糸井
- そうでないと、まずは
「やる理由」がなくなっちゃいますもんね。
- 横尾
- そうね。
野心とか野望とか、
競争意識は持っていたほうがいい。
ただ、それをどれだけ吐き出せるかが問題です。
吐き出しさえすれば、
社会的に評価されるなんてことは関係なくなる。
そして、吐き出しきった人は、
ある意味偏った、
人から理解されないかもしれない場所に行く。
そこから先に、今度は
「どうでもいい」という世界が待っているんだよ。
そうなると、技術はもう、
関係なくなるじゃないですか。
- 糸井
- うーん、そうですね。
- 横尾
- なにかをあらわしたいと思っている間はダメなんだ。
「あらわれた」というのはいいけどさ。
これは難しいですよね、難しいけども、おもしろい。
- 糸井
- 聞いてるだけでおもしろいです。
- 横尾
- だからね、ぼくは、
年齢的に長生きしないと損だと思う。
- 糸井
- それは思います。
- 横尾
- 長生きすればするだけ、
自分が新しいゾーンに入っていくからね。
知らないゾーンに入ったときは、
いつも初心者になれます。
そんなね、かんたんに
「初心に戻れ」ったって戻れないですよ。
- 糸井
- なのに、長生きするだけで
どんどん初心に。
- 横尾
- そうそう。
誰だって、先は見えないんだから。
- 糸井
- 未来が見えないという意味では、
全員が新人ですね。
- 横尾
- そらそうですね。
- 糸井
- 見えたつもりになってる人は山ほどいますが。
- 横尾
- 社会的に発言しなきゃいけない立場の人たちは、
「見えてます」というふうに見せかけるでしょう。
そうしてるうちに、だんだんその欺瞞性が
自分に乗っかって、
それとわかんなくなってしまう。
- 糸井
- そうなったら気づけないでしょうね。
- 横尾
- 気づかないでしょうね。
だって、みんなが評価してくれるんだから。
それが真実だと思っちゃうよ。
- (金曜日につづきます)
2018-02-28-WED
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN