横尾忠則さんは過去の糸井重里との対談で、
「生活と芸術は切り離して考える」と
発言なさっていました。
芸術の達成を、人格や人生の達成とするのは、
勘違いである、と。
では「美術家・横尾忠則」の生活とはなんなのか?
糸井重里とのおしゃべりのなかに、
そのヒントが見えるかもしれません。
過去のふたりの打ち合わせと対話の音声を
いま掘り起こし、探っていきたいと思います。
▶︎横尾忠則さんプロフィール
- 横尾
- 今日は電話を新しくするんだけれどもね、
iPhoneにね。
みんな文字を電話で、
指を上にあげたりどうのこうのと
操作しているけれども、
まず今日のところはカメラ専門にしとくわけ。
- 糸井
- 文字はすぐ打てますよ。
iPhoneに50音表があるのを見ますか?
- 横尾
- いや、今日はいいよ。
糸井さんは、この操作を誰にも教わらないで、
ここまで実力をつけてきたわけ?
- 糸井
- ぼくには実力も何もないです。
- 横尾
- そうかなぁ。
(急に咳き込む)
いけない、iPhoneを買ったために、
誤えんになってしまった。
- 糸井
- 操作しはじめるとむせちゃいますね(笑)。
でも例えば、いま描いている絵の途中のようすを
iPhoneで写真におさめておくと、
おもしろいと思うけどなぁ。
- 横尾
- iPhoneを持っているけれども、
やり方がわかんなくなった人っている?
そういう人に会ったことある?
- 糸井
- 自分ですね。
- 横尾
- 自分?
- 糸井
- 自分にそういうことがありました。
- 横尾
- 「もう、こんなの持たなきゃよかった」
と思う時期はあった?
ま、糸井さんの場合はないよね、
あっても1時間ぐらいだね。
- 糸井
- そういうときは会社の誰かに質問します。
だから横尾さんも困ったら
事務所の人に訊けばいいですよ。
- 横尾
- うちの事務所のみんなは、
ぼくの事務所に入ってからiPhoneを買ったんだよ。
ぼくは教えてないのにさ。
ま、教えようがないんだけど(咳き込む)。
- 糸井
- iPhoneを持ってると、
誤えんが深まるのかも。
- 横尾
- これを持ってると、
だんだんモノを言いたくなくなるのかも
しれないね。
(箱にしまう)
- 糸井
- ああ、開封したばっかりなのに。
- 横尾
- うちの事務所の人たちはなんでもできるんだよ。
自転車がパンクしてもすぐ直す。
ぼくなんか、電球がひとつ切れようもんなら、
どうしていいかわからずに大騒動だよ。
電球を替えればいいということが思い浮かばない。
- 糸井
- そうなんですか。
- 横尾
- 前ね、うちの複写機が作動しなくなったの。
近くの電気屋さんを呼んだら、
ご主人が来てくれたんだけれども、
ただコンセントが抜けてるだけだった。
「いくらお支払いすればいいですか」
と訊いたら
「こんなもんにお金とれますか」
って言われてさ(笑)。
- 糸井
- でも、電気屋さんが呼び出されるうちの
何パーセントかは、
コンセントが原因だっていいますよ。
よくあることです。
- 横尾
- そう?
それで彼はそこにあったストーブを見て
「こんなストーブは危険ですよ」と言うから、
ぼくはストーブ買わされた。
- 糸井
- (笑)
- 横尾
- (iPhoneを箱からもういちど出して)
しかし、だんだん生きにくい世の中に
なってきたような気がするね。
- 糸井
- うん‥‥いや、実際そうなんですよね。
- 横尾
- 世の中が生きやすくなるとさ、
生きにくくなる人間がいるということは
覚えておいてもらいたいよね。
- 糸井
- 誰に言ってるんだかわかんないけど(笑)、
そうですね。
- 横尾
- 糸井さんに言っておけば、
どこかで重要な人に伝わるんじゃないかと思ってさ。
- 糸井
- でも、横尾さんと同じことは
ぼくもしょっちゅう思ってますよ。
発達と不便、両方がありますよね。
例えば、新幹線ができて、
遠くに速く行けるようになったけど、
電車の窓は開かない。
- 横尾
- そうね。
- 糸井
- そういうことだらけです。
横尾さん、いまはiPhoneじゃなくて
あんパンでも見てたらどうですか。
(そこに置いてあったあんパンを差し出す)
- 横尾
- うんそうだね。
しかしこれもだんだん、
「どうやって食べればいいのか」なんて思って
iPhoneで調べたりしてさ。
- 糸井
- (笑)マンガみたいだけど、
iPhoneを持ってたらそうなりますね。
- 横尾
- もっとも今日的なあんパンの食べ方というものが、
調べたら出てるかもわからない。
- 糸井
- 調べてみましょうか。
- 横尾
- そうしたら、その食べ方をやってみたくなる。
自分の意思じゃなくて、
iPhoneの意思に従うことになる。
- 糸井
- そういう人はいっぱいいますよ。
- 横尾
- でもまぁ、研究心が旺盛になることは確かだね。
- 糸井
- 「あんパンを劇的においしくする、
ちょっと手間のベスト4」
- 横尾
- あ、出てるの?
- 糸井
- 出てます。
- 横尾
- 「あんパン買ってきて、15分間じっと眺める」
とか、そういうこと?
「あんパンに念を込める」
とか。
込めた念によってあんがだんだんおいしくなって‥‥。
- 糸井
- まず4位が「クリームチーズを挟む」。
3位が「つぶして食べる」。
- 横尾
- それは、誰が言ってるの?
- 糸井
- 誰かです。
1位が「あたためる」。
- 横尾
- あんパンは絶対にあっためたらダメ。
まずくなるよ。
電子レンジであっためるともっとまずくなる。
電子レンジが発信してるエネルギーが、
味を殺すんだよ。
こうして調べれば調べるほど
「あんパンを食べるのをやめましょう」
ということになる。
- 糸井
- 横尾家のiPhoneはこれからどうなるんでしょう?
- 横尾
- 何ヶ月後かにまた糸井さんに会うときに
いろいろテストしてもらうといいだろうね。
iPhoneでカラオケはできるの?
- 糸井
- カラオケは‥‥できるかな?
- 横尾
- これでカラオケをやるということになると、
著作権はどうするの?
iPhone自体は、著作権を持ってるの?
糸井さん、さっきからこんなことやってるけど、
何をやってるわけ?
- 糸井
- いま横尾さんに
「カラオケができるの?」と訊かれたので、
調べてるんです。
- 横尾
- ああ、そうか。
iPhoneがあるとさ、
大学の受験をする必要がなくなるね。
だって、みんなこれ持ってって、
試験会場でバーッと調べて、
調べ方が合っていた人だけ
入学させればいいわけでしょ。
- 糸井
- そういうわけにもいかないと‥‥。
- 横尾
- 糸井さんはいろんな人たちと
交流があると思うけれども、
そういった人たちの知識は、
ここから来てるものが大半ですか?
- 糸井
- 大半ですね。
- 横尾
- 自分で考えた話はないわけ?
- 糸井
- 自分で考えたと思ってて、他人の意見を借りてます。
- 横尾
- そうよね。
そうなるとますます、
これは人間をダメにしたね。
- 糸井
- (カラオケのアプリをさがしあてる)
♪上野発の夜行列車おりた時から~♪
- 横尾
- 歌ったらどうなるの?
- 糸井
- なんだか点数が出るようなんです。
- 横尾
- そんな歌い方じゃ、点数悪いわ。
- 糸井
- そう言われても。
- 横尾
- もっと本格的にやらないと。
- 糸井
- そう言われても。
- (次回水曜日は最終回です)
2018-03-05-MON
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN